■第11話 “齟齬+疎通”

第11話-01 齟齬

 


 後始末人協会のコバヤシがヴィッシュの家を訪ねて言うにはこうだ。

「“樫鬼オーク”が湧きました。大規模な群生地コロニーです」

 ヴィッシュは地図を引っ張り出してきてテーブルに広げ、寝椅子に腰を下ろす。緋女が後ろから首を突っ込んできて、あごを彼の肩に乗せた。

樫鬼オークって?」

「鬼の一種だが特徴は植物に近い。サイズは小柄な人間程度。腕力も人間並み。皮膚は木質でかたい。知能は低く、言語能力は動物の鳴き声レベルだ。

 たいした魔獣じゃないんだが、最大の特徴は……自家受粉でえることだ」

「じかじゅふんか」

 緋女は真顔だ。真剣そのものだ。真剣に何も分かってない。

「種子だよ。花が咲いて種で殖える。しかも自分の花粉で自分のめしべに種を作れるんだ。つまり、一匹でも取り逃がすとまたくる」

「雑草みてーだな」

「雑草そのものだよ。悪いことに肉食で貪欲な、な」

 そう言ってヴィッシュはコバヤシを睨んでやった。毎度毎度めんどくさい仕事ばかり振りやがって、の意味でだ。もちろんコバヤシは涼しい顔をして地図に指を伸ばし、説明の続きにとりかかった。

「場所は“戦更いくさらん街道”北側のファトリ山。すでに周辺の農村がいくつか襲われてます。何かご質問は?」

「最近ちょっと報酬ケチくねえ?」

地方豪族スポンサー界隈が昨今どうにも不景気でして」

「不景気ってや片付くと思ってんだからな」

「かーじゅー! 仕事行くよー!」

「……ぅぇぇーい……。」

 屋根裏の勉強部屋からの眠たそうな声を聴きながら、ヴィッシュは重い腰を上げた。



   *



 街道沿いに旅して2日。宿場町で補給を済ませ、森に足を踏み入れ半日。現場付近に到着。

 最初に痕跡を発見したのは緋女だった。林の中に足跡があるのを見つけたのだ。

「おい、足跡だ!」

「大声出すなよ気付かれるだろ。カジュ周辺警戒」

「ねむい……。」

「徹夜ばっかしてるからだ」

「声出さなきゃ呼べねーだろーがァ」

 ヴィッシュが寄っていき、足跡に剣をあてがって歩幅を測る。緋女はふてくされて犬に変身し、そこらの残り香を探しに行ってしまった。

 歩幅の違う足跡が少なくとも5種類ある。つまり5人がここを歩いたということだ。人間とは全く足の形が違うから、狩人やら豚飼いやらと見間違えることもない。樫鬼オーク5体が連れ立って森の奥に向かって行ったことは確実だ。何か重いものを引きずった跡が並んでいるのを見れば、どうやら、どこかの村へ略奪に行った帰り道らしい。

 ヴィッシュは地図を取り出し、太陽の位置や周辺の地形を眺めながら現在地を算出し、足跡の向かう先から群生地コロニーの位置を推定する。

「よし。しばらく足跡を追うぞ。いつ遭遇するか分からん、気を付けとけ」

 仲間たちから返事はなし。ヴィッシュは溜息をついた。ウトウトしているカジュの背中を軽く叩いて起こしてやり、そのまま森の奥へ歩き出した。緋女は地面の匂いをしきりに嗅ぎとりながら、少し先行していった。

 しばらく斜面を登るうちに林が途切れ、低いやぶと切り立った岩が散在する山肌が見え始めた。

 行く手を眺め見ると、尾根のあたりで緋女がヴィッシュらを待っている。ぴんと耳を立て、地面に食いつくようにして身を低くかがめ、稜線の向こう側を睨んでいる。

 ――見つけたな。

 疲労困憊のカジュを励まし、緋女に追いつく。彼女の隣にヴィッシュもい、尾根の裏側をのぞいてみた。

 すると……いる、いる。斜面の中ほどに崩れかけた古城らしきものが建っており、その周囲に木製の等身大人形のようなものがたくさんうろついている。あれこそまさに樫鬼オークだ。数は見たところ20体以上といったところか。

 あんなところに古城があるとは知らなかったが、おそらく古ハンザ期のものだろう。傾斜のきつい斜面はほとんど断崖絶壁に近く、背後から攻めるのは困難。下から登って近づこうにも岩場ばかりで身を隠すところもない。戦国時代には要害として敵を苦しめたに違いない。

 よりにもよってこんな場所を群生地コロニーに選ぶとは、なかなかに面倒なことをしてくれる。知能の低い樫鬼オークのこと、ただの偶然ではあろうが。

「厄介だな。どう攻めようか……」

 ヴィッシュは顔を峰の手前に引っ込め、あぐらをかいて腕を組む。その隣で緋女がいきなり人間に変身した。

「おら! 行くぜ!!」

「ちょ!! ちょおい!!」

 勢いよく飛び出していこうとする緋女の太ももに、ヴィッシュは必死でしがみ付いた。緋女はすでに荷物を下ろして刀を抜き放ち、やる気満々の臨戦態勢になっている。なんたる早業だ。抜刀の動きが見えないどころか、音ひとつ聞こえなかった。

「待てって! 突っ込むなよ!」

「“パッ!”ってって“ガッ!”ってこーぜ!」

「ここは慎重に隙を見るんだ」

「山ごとふっとばそうよ。」

「めんどくさくね?」

「危険だろうがっ」

「山ごとふっとばそうよ。」

「ケンカは度胸! 初手でビビらすんだよ!」

「かけるべき手間は惜しむべきじゃない」

「山ごとふっとばそうよ。」

「「それはダメッ!!」」

 豪快な進言を繰り返すカジュに対して、しくもヴィッシュと緋女の意見はピッタリ一致した。

「そんなのつまんない! あたしが斬りたい!」

「城を離れてる樫鬼オークがいたら獲り逃しちまう!」

 一致してなかった。

「楽なのに……。」

 ふわ、とカジュがあくびを垂れる。ヴィッシュは難しい顔して腕を組んだ。

「場所を変えて夜を待つ。交代で見張りながら休息だ。日暮れまでに城を離れる個体がいたらこっそり始末な」

「へえへえ。あんたがボスだよ」

「ねっむ……。」

「カジュからまず寝ろ。まったく……」



   *



 城の周辺をあまさず監視できる位置に移動し、尾根のそばの岩場に身を隠してキャンプ。カジュに睡眠をとらせることを優先し、見張りはヴィッシュと緋女のふたりでこなした。

 日暮れ直前の時刻、ヴィッシュは温かい飲み物をれて、見張り番の緋女に持っていった。緋女は岩の上に寝そべり、遠くの古城をじっと睨んでいる。

「緋女、麦茶だ」

「また戻ってきた」

 と言うので、ヴィッシュも彼女の隣に並ぶ。見れば、樫鬼オークが3匹、さらってきた豚を城へ引きずっている。緋女に飲み物を渡してやると、彼女は岩の手前に引っ込み、あぐらをかいてすすり始めた。

「あちい」

「多分これで全部だな」

「なんで分かるの?」

「習性だ。樫鬼オークは光がないと動きが鈍る。狩場は日帰り圏内だけなんだ。

 念のため日没から少し待ったら仕掛けるぞ」

「はーい……あっつ! ベロ火傷した」

「じゃ冷まして飲めばいいだろ」

「熱いうちに飲みてーだろ」

「知るかっ」

 緋女が飲み終わるのを待って見張り役を返し、カジュにも指示を伝えに行く。すると彼女は、草地に布を敷いた上で仰向けになり、空中に向けて手をひらひらさせている。

 ――何やってるんだ? 魔法の儀式か?

 と、ここまで考えたところでヴィッシュは閃いた。

「お前、眠ってなかったな!?」

 カジュが寝返りを打ってこちらに背中を向ける。きまりが悪いときのお決まりの仕草だ。ヴィッシュは痛いくらいに頭を掻き、

「寝とけって言ったろう……」

「山ごとダメって言ったでしょ……。」

 返ってくるのは今にも眠りに落ちそうな声。寝ぼけているのか、全く受け答えになってない。

 溜息ばかりだ。ヴィッシュはあぐらをかいて、キャンプの撤収準備に取り掛かった。

 ――今日は、なんか、ダメだ。全然仲間と噛み合わない。こんな日もあるってことか……



   *



 日が西側の稜線に沈み、空が茜色から、波打つ赤紫、そして星散りばめた濃藍色に変わっていく。十六夜月いざよいづきが東の山際から昇りきる(午後7時前)のを合図に、狩人たちは動き出す。

「ふぁーぁぁー《爆ぜる空》ぁ。」

 口火を切るのは城の裏側の尾根に回り込んだカジュ。あくび交じりの術式が、城郭周辺の空気を可燃性の気体に変換し、

 着火!

 轟音。火炎が大輪の花開くように膨れ上がり、城の一角を粉々に打ち砕く。とたんに樫鬼オークたちが十数体も、あたふたと城からあふれ出てくる。そのまま爆発の反対側、斜面の下の林に逃げ込もうと走っていく。

 この動きはヴィッシュの読み通り。

 鬼どもがようやく林に駆け込んだところで、ふっ、と、風が吹き抜けた。

 赤い風――緋女!

 林の入り口に待ち伏せていた緋女が、犬の恐るべき速力で駆け寄り、跳びかかる。跳躍しながら変身を解いて、太刀を樫鬼オークの首に叩きつける。

 が。

 意外な手ごたえ。思ったより硬い。一撃で首を落とすつもりが、刃は首の半ばあたりに食い込んで止まった。

「おっ?」

 と緋女は嬉しそうに声を上げ、樫鬼オークを蹴り飛ばして太刀を抜き取る。そして次には、先より丁寧に腰を落とし、へその下に鉄のごとく力を込めて、気迫の太刀を繰り出した。

 今度こそ両断! 樫鬼オークは上下まっぷたつに分かれ、薪束がほどけて転がり落ちるように地面に転がる。

 緋女は腹に溜めておいた息を鋭く吐き、敵を睨む。話には聞いていたが、樫鬼オークの身体の硬さはなかなかのものだ。本当に樫の丸太なみ。本気で打ち込まねば斬れない。一撃一撃が文字通りの真剣勝負になる。

 ――おもしれ!!

 大興奮の緋女は、そのまま残りの樫鬼オークに踊りかかった。



   *



 一方、ヴィッシュは城のそばに身を潜めていた。はぐれた樫鬼オークを見かけると音もなく忍び寄り、その背後から――戦斧バトルアクスの分厚い刃を叩っ込んだ。

 樫鬼オークは硬い。ヴィッシュの腕前では、剣で斬るのは不可能。有効なのは、重量を生かした大型の刃物でぶった切ること。つまり木こりの要領だ。思惑通り、斧は樫鬼オークの肩から腹あたりまでを一撃で裂いた。動かなくなって倒れた鬼に足をかけ、斧を引き抜いて肩に担ぐ。

 全てヴィッシュの作戦どおり。出鼻でカジュが敵を撹乱し、外に逃げたものは緋女が脚を生かして片付け、城に残ったものはヴィッシュが各個撃破する。知能の低い樫鬼オークのこと、一度混乱させてしまえば自力で統制を取り戻すのは不可能だ。この後は各自ばらばらに動く敵を、ひとつひとつ地道に潰していくだけでよい。

 戦場では何が起きるか分からない。が、状況をルーチンワークに落とし込んでしまえば、あとは容易いもの。ヴィッシュのいつものやりくちだ。

 だが、順調な時にこそ落とし穴は潜んでいる。ヴィッシュは危機が迫りつつあることに気づいていなかった。

 2体目、3体目の樫鬼オークを斧で断ち割り、一息ついて、次の獲物を探して首を伸ばした――そのとき、ようやく彼は異変を嗅ぎとった。

 周囲の暗闇の中に、動く影がいる。ひとつやふたつではない。城の中から、茂みの脇から、あるいは岩や遺構の裏側から、樫鬼オークたちが次々姿を現す。

 その数、軽く30以上。完全に囲まれた!

「ウソだろ!?」

 思わずヴィッシュは叫んでしまった。想定外だ。緋女のほうに向かった数と、カジュの術で死んだ数まで合わせれば、すでに50体を超えているはず。樫鬼オークの繁殖速度からの推定される数を大きく超えている。

 そこにカジュからの《遠話》が飛んできた。

〔警報。やばいよ。〕

「どうなってるっ!?」

 ヴィッシュは悲鳴めいた声を挙げながら、樫鬼オークの体当たりを辛うじて避け、反撃に斧をぶち込んだ。しかしすぐさま次の敵が迫ってくる。斧を抜き取っている暇がない。

 舌打ちひとつ。ヴィッシュは斧を捨て置き、予備の鉄棍メイス固定ロックを解くと、次なる樫鬼オーク目掛けて力任せに振り下ろした。おもり樫鬼オークの頭に食らいつき、表面に割れ目を走らすものの、一撃で屠るには至らない。やはり鈍器ではもうひとつ効果が薄い。

〔城から山ほど湧いてきてる。概数100。〕

 ――100!!

 異常だ。数が多すぎる。

 それだけではない。明らかにの樫鬼オークたちはヴィッシュを待ち伏せしていた。最初に片付けた3体はヴィッシュを罠に誘い込むための囮だったのだ。とても樫鬼オークの知能でできることではない。

「緋女に伝えろ!」

 と、叫びながらヴィッシュは、敵の噛み付きを鉄棍メイスで食い止め、胴を蹴り飛ばして難を避ける。

「敵は樫鬼オークだけじゃない! どっかに“”がいる!」



(つづく)

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