第52話 人形

「そっちに行ったぞ!」

群衆のどよめきの中から男の声があがる。


前方を見ると、さっきまでバス停にしがみついていた人形が行動を起こしていた。


バタバタと関節に力ない両腕を振り、振動で口をパクパクと動かしながら、逃げ場を求めて走り出すが、囲まれているため、人の壁に阻まれる。


近寄ると人々は奇声をあげながら持っている鞄を振り回し、片足で蹴り上げる。


人形は弾かれ、重みのない体が宙を飛び、地面に伏せるが、すぐさま立ち上がり、また逃げ場を求めて走り回る。


なぜ、人はここまで得体の知れないものに残酷になれるのか。動いているが見た目が生物ではなく物として映るからだろうか。


私はまた吐き気を催したが、必死に堪える。

自然に振る舞うんだ。心に決め、胸糞悪さが煮えたぎる心に蓋をする。


「あなた、大丈夫?」


ヒナミさんが私の顔を見つめている。

自然に見えるはずだ。わかるはずがない。


「大丈夫です。なんなんですかアレは」


「んー」

ヒナミさんは人差し指をアゴにあてた。


彼女は答えを知っている。

答えを私に伝えるまでの間を楽しんでいる。


また、群衆のどよめき声が大きくなった。


人形は囲いの隙間を探して走り回り、囲いの前をぐるぐると円を描いて走り回っている。


「オ、オレを、、ソンナ目で、見るな」


人形の口から振り絞った声が切れ切れに聞こえた。

驚きで、どよめき声が止んだ。


誰もが人形の言葉に耳を澄ませた。


人形は走り疲れた様子で、徐々に速度を落とし、やがて囲いの中で倒れ込むように両膝を地面につけた。大きなボタンの瞳は、自分を取り囲む人々の顔を見回している。



やがて人形は口を大きく開け、朱色の布地を見せ、顔の半分をもたげながら、空に向かって叫んだ。




「オレは、人間だ!!!」




私の隣で愉快そうにくすりと笑う声が聞こえた。

「そうね、アレというより、カレね」


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