若きスコップの悩み

 スコップには苦手なものがみっつある。


 朝、久しぶりの登校日で学校へ歩いていたスコップは、つっきっていた公園の道のまん中で、大きな虫に気づいた。茶色の蛾だ。はっとして、なんだかうれしくなり、そっと近よってしゃがみ込む。

 そっと手を伸ばしかけたスコップの手が、びくりと止まった。

 それまで動かなかった蛾が、じりじりと羽根をふるわせ、ぱっと飛び上がったのだ。スコップは「わあ」と言ってのけぞり、しりもちをついた。蛾はよろよろしながら飛び去っていく。どきどきしながら、スコップはため息をつき、つぶやいた。

「生きてたのか」

 すると道の向こうから、犬を十匹くらい連れた高校生が歩いてきたのに気がついた。小型犬から大型犬まで、種類はさまざま。飼い主から散歩を任されたバイトだろう。スコップはあわてて立ち上がり、避けるようにそそくさと歩いた。


 スコップは、生き物が苦手だ。


 学校につくと、教室で子どもたちがぎゃーぎゃーわめきながら始業のベルを待っていた。スコップはてくてくとうしろの席に向かい、だれにもあいさつすることなく席につく。となりに座っていた九歳くらいの女の子が、スコップをちらりと見る。

「おはよう」

 スコップは、オーバーオールを着たその女の子に、こくりとうなずいてみせてから窓の外を見た。教室のまん中では友達が紙飛行機を飛ばしてはしゃいだり、静かに本を読んだりしている。スコップは教室の時計に目をやった。あと、二分。

「おはよう!」

「いつのまに来てたの?」

「おはようくらい言いなさいよ」

「そうよ、言いなさいよ!」

 スコップの机の前に女の子が二人、バンと手をついてわめきたてた。黒髪をふたつのお団子にして、そっくりの服を着た、アジア系の女の子。

 スコップは口を引き結んでのけぞり、「おはよ」と小さな声で答えた。

「なによ、その小さな声は!」

「そうよ、あんた暗いわよ!」

「もっと明るくできないの?」

「明るくしてても、気味が悪いけどね」

「あはは、気味が悪いかも」

 けらけら笑う双子に、スコップはなにも言えない。はやく、飽きて向こうへ行っちゃわないかな、と思うだけだ。

 その時、チャイムが鳴った。センセーがやってくる。

「あら、もう時間だわ」

「はやいわね」

「じゃあね、スコップ」

「またあとでね!」

 やかましい女の子が二人、教室の向こうへ行ってくれて、スコップはほうっと息をつく。となりの女の子が、くすくす笑う。

「大変だね」

 スコップは目をそらした。


 スコップは、女の子が苦手だ。


 一日が終わって、放課後がやってくる。スコップはいそいそと帰る支度をして、一刻もはやくここから逃げたい。

「ああ、スコップ。ちょっといいかな」

 スーツにサングラスのセンセーが、スコップを呼び止めた。スコップは心持ちのけぞりながら、ええと、はい、なんでしょうか、とぼそぼそ言った。

「医学の分野で、君の才能を活かせたらと思ってね」

 センセーは資料の入ったファイルをスコップに渡した。開いて中をあらためたスコップの目が、らんらんと光る。ごく普通の子どもにはとても見せられないような、ちょっとグロめの写真がいくつか。それと、解剖学の新しい見解についての報告。

「興味あるかい?」

「……ある」

「じゃあ、研究者たちと会わせたいんだ。都合のいい日を教えてくれ」

 スコップはぎょっとして目をあげた。どうしたんだい? とセンセーが首をかしげる。

「研究者って……会わなきゃ、だめ?」

「え? ああ、君を彼らに紹介したいし……」

「それって、何人くらいいるの」

「さあ、十人前後だったかな」

 スコップはぐいとファイルを突き返した。

「いい。さよなら」

「あ、スコップ!」

 スコップは逃げるように教室を出て行った。途方に暮れたセンセーに、美少年がくすくすしながら声をかける。

「仕方がないよ、センセー」


 スコップは、大人が苦手だ。


 スコップは家のガレージにつくなり、作業台のカバーを外した。知らず、顔がほくほくとにやけてしまう。

 新しいゾンビが、もう完成間近だった。穴のあいていた心臓を取り替えて、ついでに内蔵をいくつか拝借して、できるだけ少ないパーツで作ってみた。スコップは、これで何体めかわからない死体に電極をくっつけて、何度か流し、それから満足げにうなずいた。

「よし」

 スコップは手をこすりあわせて、仕上げにかかった。


 ガレージにはカギをかけていない。いつの間にかベッドの上には金髪アフロの男の子がねっころがってコミックを読んでいたし、ベンチでは美少年が静かに本を読んでいたし、黒ずくめの男の子と、帽子とマフラーをしたすまし顔の男の子が並んでテレビを見ていた。外がゆらゆら暗くなるころ、スコップは「できた」と小さな歓声を上げた。

 ぱちりと目を開いたゾンビは、むくりと起き上がってぼんやりとガレージを見渡した。スコップは目をきらめかせ、ほかの少年たちは、うげえとしかめ面をした。

「また倫理に反するものをこの世に生み出してしまったか……」

 フラグがそう言って本をパタンと閉じた。チェックがあーあ、とため息をつく。

「センセーに言わないとな。人間を襲わないにしても、死体が動き回ってたらご近所さんの安眠を妨害するだろ」

「うるさい」と、スコップは友達をにらみつけた。

「いつもいつも、なんで文句ばっかり言うんだよ。死体は死んでるんだから、いいだろ。おれ、だれかに何か迷惑かけてる?」

「かけてるんだよなあ、精神的に」

 チェックはにやにや笑った。

「少なくとも墓泥棒は犯罪だろ」

「だれも使ってないなら、盗ったって迷惑じゃないだろ。法律が間違ってるね」

 スコップはぶつぶつ言いながら、起き上がったゾンビをふり返った。フラグも立ち上がって、しげしげとながめる。

「この人、美人だねえ」

 スコップはそれまで気づかなかったけれど、本当だった。すらりとした身体に、長くてまっすぐな茶色の髪。明るい茶色の目。顔立ちは整っていて、部屋の様子をゆっくりと目に焼き付けている。

 大人で、美人の、女の人。だけど死んでいる。

 だから、いいんだ。

 スコップはゾンビに話しかけた。

「何か食べたい? あ、でも、胃袋を取っちゃったんだっけ」

「胃袋がないの? スコップ、それって人としてどうなの?」

「いいんだよ、ゾンビは食べる必要ないんだから。どうせ一ヶ月も保たないし。意識だって全然……」

「あたし……」

「意識はないんだ。だって死んでるんだから。生きてるわけじゃないんだから」

「スコップ」

 ループがすました顔で首をかしげた。

「何か言ってるよ」

「え?」

 スコップとフラグははっとしてゾンビを見た。はらはらと、目から涙を流している、ゾンビを。

「あたし……生きて、るの?」


 スコップは苦手だ。

 生き物と、女の子と、大人が。

 だからゾンビが好きなんだ。死んでいるし、意識がないから男も女もないし、なんにもないから大人も子どももない。

 だから、いちばん気楽でいられる。いちばん自由でいられる。

 だからゾンビを作るのが好きなのに。


 スコップはだれよりもびびった。ガレージの反対側まであとずさりして、壁にびたっとはりついて、「うそだ」とかすれた声を出す。

「こっちのセリフだよ」

 チェックがあきれたように笑った。

「いつもいつも、自覚なしに人を死ぬほど怖がらせておいて、ゾンビがしゃべったらソレ?」

「そんなはずない。だって……いったん死んだら、いったん意識が切れたら、生きてた記憶なんてないはず……」

「まあ、話を聞いてみようよ」

 フラグがにっこり笑って、美人のゾンビに向きなおる。

「こんにちは。僕はフラグ。名前、わかりますか?」

 ゾンビは目をしばたたいて、こっくりうなずいた。

「クレア」

 フラグはほほ笑んだ。

「いい名前だね」

「うそだ」

 スコップがもう一度言った。スコップ以外の少年たちは、興味を抱いてクレアに近づいて行った。スコップにはわけがわからない。みんな、いつもゾンビにはろくに目も向けないくせに、意識を持ったクレアには恐がりもせずに吸いよせられていく。

 なんでだよ!

「いつ死んだんだ?」

 金髪アフロのハイドがきいた。クレアは首をかしげ、「ええと……」と眉をよせる。そんな顔もすてきだと、フラグがホレボレしている。

「わからない……あたし、本当に死んだの?」

「うん、そのはずだよ。生きてたらスコップが君の身体をいじるわけないもの。どうして死んだか覚えてる?」

「あたし……ずっと、心臓が悪くて」

「へえ」

 スコップは頭をかかえた。あの、穴のあいた心臓! 治してしまったから、生きているのか? だけど、なんで?


 こんなこと、今まで一度もなかった。作ったゾンビはどれも簡単な言葉しか理解できなくて、あうあう言うしか能がなく、一ヶ月もすると動かなくなって、腐ってしまうのが当たり前だったのに。そんなゾンビが、スコップは好きだったのに。


「だめだ、だめだ! 生きてちゃダメだよ!」

 スコップはわめいた。友人たちの、「こいつ人として終わってんな」という視線にもめげず、手をふり回してクレアをにらむ。

「おれは、なんにもないから、ゾンビを作ってきたんだ。生きてるころを覚えてるゾンビなんて、それはもう、生きてるのとおんなじじゃんか!」

「じゃ、殺すって言うのかよ、クレアを」

 チェックがウジ虫を見るような目でスコップを見た。うぐ、とスコップは声をつまらせる。

「おれは……殺しは、しないよ。死体を使うだけ」

「じゃ、つべこべ言うなよ。クレアが混乱するだろ」

 少年たちはふたたびクレアに向きなおる。スコップは降参してため息をつき、近くのベンチに腰かけてぼんやりとテレビをながめた。生きていて、女で、大人の人が、明日の天気を予報している。

 ちぇ。


「じゃ、家族に会いたいんだね」

 フラグが言っている。チェックがうなずく。

「会わせてやろうぜ。あ、でも、家族って今も生きてるの?」

「クレア、最後に覚えている年月日は?」

 スコップは耳をふさいだ。これ以上、関わるのはごめんだ。リモコンを探しても見当たらず、立ち上がってテレビの主電源を切った。

「スコップ! クレアの家、町の反対側だ!」

 チェックが晴れやかな顔で言った。スコップは陰気な顔で返した。

「へえ、そう」

「みんなで行くぞ」

「勝手に行けば。おれは知らない」

 フラグがてくてく歩いてきて、スコップの肩に手を乗せた。

「スコップも行くんだよ」

「いやだってば。おれ、行きたくない」

「クレアは死んでるんだよ」

 本人に聞こえないように、フラグが声を落とした。

「たぶん、やり残したことがあって意識が残っちゃったんだ。家族に会わせてやろうよ」

「おれは心霊現象とか、信じてない」

「そうだとしてもだよ。あの子には内蔵がないわけだろ?」

 はっとした。そうだ。クレアには生き物に必要な消化器官がない。栄養を取って、巡らせて、そのあと排出する機能がまるでないのだ。

 スコップのメンテナンスがなければ、いつ動かなくなってもおかしくない。お腹がすいた時が、クレアの死ぬ時だ。

 そして……そういう身体に改造したのは、スコップ。

「おれ……人殺しなの?」

 スコップは脂汗を流した。フラグは、さあ、と肩をすくめる。

「途中で動かなくなったときに、スコップがいてくれないと困るんだよ。だからクレアの願いを聞いて、心残りをはらしてやろう。ね?」

 スコップは観念してうなずいた。

 ああ、なんだって、こんな目に遭わなくちゃいけないんだろう。おれがいったい、何をしたっていうんだ? ちょっと死体をいじくっただけなのに。

 理不尽だ、とスコップはひとりごちた。


 次の日の午後いちばんに、スコップ、フラグ、チェック、クレアはバスに乗り込み、町の反対側にある、クレアの家に向かった。ハイドは「興味ない」と言ってスコップの家のガレージに残ったし、ループはゆうべから見かけていない。たぶんいつもどおり、どこかの時代に飛ばされているんだろう。

 クレアはいままでスコップが作ったゾンビの中でも、いちばん鮮度が良かった。言いかえるなら、生きている人間に近かった。そこまで死臭はないし、縫い目から血やリンパ液が流れ出たりもしていないし、肉がはみ出したり、歯や目玉がぽろりと転がり落ちることもなかった。つまり、生きている人と同じバスに乗って数十分揺られても、それほど目立たずにすんだっていうこと。

 それでも顔や腕にはいくつか、見栄えを気にしない縫い目のあとがあったので、フラグは彼女に帽子をかぶせ、他の人の目が気にならないように配慮した。チェックはバスの運転手さんに話しかけて、いつのまにか運賃をただにしてもらっていた。スコップはいちばんうしろの席に陣取って、むっくりふくれていた。

「ここだわ」

 クレアが言って、少年たちはバス停に降り立った。

「クレア、顔を隠して。知り合いが生きて歩いている君を見たら、びっくりするかもしれないから」

 フラグがにっこりしながら言った。ゾンビをはさんで前を歩く友人ふたりを、スコップはうしろからねめつける。

「ここよ」

 クレアが立ち止まったのは、アパートの玄関だった。一階にチャイムベルがずらっと並んでいて、住人に玄関の鍵を解除してもらわなければ入れないタイプの建物だ。

「番号は覚えてる?」

「ええと」

 スコップは道の向こう側でアイスクリームを食べる中学生たちに目を向けた。あれくらい若い死体があれば、ゾンビ作りも楽しいんだけどな……そう思った矢先、ある可能性に思いいたって、背筋がひゅっとした。


 もし、クレアが特別じゃなかったとしたら?


 スコップはこれまでにもたくさんゾンビを作ってきた。少しずつ縫うのがうまくなったし、死体の防腐加工もだんだん日を伸ばせるようになってきた。

 もしもスコップの腕が上がったせいで、クレアの意識が回復したとしたら……この先スコップが作るゾンビも、みんな生き返っちゃうのか?


「Bの34よ」

「オーケー」

 フラグがチャイムを鳴らす。スコップはあわててかけより、フラグをこづいた。

「家族に通報されたらどうするんだよ!」

「大丈夫だよ。チェックがいるもん」

 フラグの横で、チェックが「いえーい」とピースサインをする。スコップは顔をしかめてクレアを見上げた。

「家族に会って、どうするつもり? そんなのずるいよ。死んだ人はもう二度と生きてる人には会えないのに。あんただけそのルールを破るなんて、ほかの死体に悪いとは思わないわけ?」

「そんな」

 クレアは目をしばたたき、口を押さえた。

「あたしは、ただ……」

「はい、どなた?」

 インターホンの向こうから、若い男の声がした。フラグが背のびしながら、落ち着いた声を出す。

「突然すみません。クレアさんに生前お世話になった者です。彼女が死んだと最近知って、いてもたってもいられなくなって。クレアさんのことでご家族の方にお伝えしたいことがあって、来たんです」

 スコップがわめくのを、チェックが押さえつける。インターホンの向こうで少し沈黙があったのち、「そうですか」と声が続いた。

「どうぞ」

 ビーッと音がして、玄関の鍵が解除された。フラグがふふんと眉を上げる。

「ずるくたっていいじゃないか。僕だってえらく長生きだけど、ラッキーだったと思うことにしてるよ。さ、クレア、行こう」

「あたし……でも、本当にいいのかな……」

 スコップとフラグを交互に見ながら、クレアがあとずさる。フラグはその手を優しく取って、こっくりうなずいた。

「僕の長生きは、もしかしたらアンラッキーかもね。でもまあ、カードが配られたんなら思いきって使わなきゃ」


 クレアの家は三階だった。せまいエレベーターに乗って、廊下に並ぶ4枚のドアの、いちばん端に立つ。チェックがドアをたたき、クレアはうつむいた。

「はい」

 あらわれたのは、クレアによく似たティーンエイジャーの男の子だった。あ、とスコップは気づく。いつも公園で犬の散歩バイトをしているやつだ。

 男の子はチェック、フラグ、スコップと順に見て、最後にクレアに目をとめた。ぽかんとして、「は?」と声を出す。

「……姉ちゃん?」

 クレアがおそるおそる顔をあげ、目に涙をため、震える手をあげた。

「……ハイ、フィル」

 スコップはてっきり、男の子が死ぬほど怖がるか、悲鳴を上げると思った。だってスコップのゾンビを見ると、たいていの人はそうする。


 なのにフィルはちがった。むしろ正反対のことをした。

 クレアに抱きついたんだ。


「……死んでるのに」

 スコップがぶっきらぼうに文句を付けるのを、フラグとチェックが「だまれ」とにらみつけた。感動的な場面で、このふたりはすっかりいい気分にひたれていたからだ。

「クレア、どうして」

 フィルは泣きながら姉の顔を確かめた。本当に本人なのか、本当に生きているのか、知りたくてたまらないというように。もちろん、前者はそのとおりで、後者はちがうけれど。

「きっと神さまがチャンスを与えてくれたんだわ」

 へっ。スコップは鼻を鳴らした。

 神さまとやらは休暇でべガスにでも行ってるにちがいない。

「この子たちは?」

「ほんの少しのあいだだけ、あたしを生き返らせてくれたの」

「まさか。うそだ」

「だって、本当なんだもの」

 ああ、もう、こんなところにいたくない。

 スコップはさっさと帰りたくて仕方なかった。姉弟が少年たちに感謝の言葉をかけ、中に入るようすすめると、チェックとフラグは大喜びした。スコップは首をふってあとずさる。

「いい。おれ、前のアイスパーラーで待ってる」

「スコップ、クレアがフィルに会えたのは、君のおかげだろ」

 フラグが言うと、チェックも「そうだそうだ、人の好意には甘えろよ」と加勢した。が、スコップは動かなかった。

「おれは、アイスを、食べてくる」

 意固地に言って、エレベーターの周りを巻いている螺旋階段を降りていく。うしろから、友人たちが「先に帰るなよ!」と叫ぶのを、手をふって答えた。


 憂鬱だ。


 スコップはラムレーズンのアイスをなめながら深いため息をついた。

 今ごろアパートの三階では、不治の病に直面した姉弟の悲劇と、複雑な家庭につきものの経済的な困難と、高すぎる医療費と、避けられなかった死についての感動的な物語が話し合われ、フラグとチェックは涙もろく耳を傾けているのだろう。死に別れた姉弟は今日(まさに今日!)奇跡的にこうして再会し、やり残したことを片付けて心の整理をつけ、きちんとお別れするのだ。


 憂鬱だ。


 スコップはふたたび深いため息をついた。

 もしもスコップの腕が上がったせいで、クレアが生き返ってしまったのなら。もうスコップには、死体をいじる楽しみがなくなってしまう。完成したものがいちいち生き返るとしたら、スコップの理想とかけはなれる。

 作るのは楽しい。でも、完成したとたんきらいになるとしたら、作ってあげたゾンビに対しても失礼だ。

 スコップは頭をかかえた。


 いったい、どうしたらいいんだよ。


「やあ、スコップ。お待たせ」

 気づくと、スコップのテーブルにフラグとチェックが腰かけるところだった。スコップはぶるっとふるえた。少し日が落ちて、寒くなりはじめている。

「クレアは」

「今日は弟と話し込みたいってさ。しばらくは平気だろう?」

 スコップは目をぎょろぎょろさせ、考えた。

「うん……あんまりエネルギーを消耗しなければ、おれがいなくても三日は動いていられるはず」

「いつもゾンビはどうやって動かしているの? 食べずに一ヶ月は動くんだろ?」

「さあ。動くきっかけは電気だけど、あとの原理はよくわからない。なんか、動くんだよね」

「それがスコップの能力だもんな」

 チェックはにやにやしながら言った。

「じゃ、おまえがときどき来てやれば、もうしばらくは生きられるってわけだ」

「おれはもう関わりたくない」

 スコップは目を伏せ、アイスの入っていた紙コップを握りしめた。いつのまにかドロドロに溶けて、レーズンの浮いたドリンクみたいになっている。

「まあ、無理にとは言えないけどさ」

 フラグは肩をすくめた。チェックが眉をつり上げる。

「おれが説得しようか?」

「チェック、やめてあげて」

「はいはい」

 スコップは深いため息をついた。三回め。

「わかったよ。来るよ。クレアを……ぎりぎりまで、生かすよ」

 フラグはにっこり笑った。

「ありがとう、スコップ」


「おれ、そもそもどうしてゾンビを作ってるのかな」

 ぼんやりと言ったひと言で、ガレージに来ていた少年たちは顔をあげた。

「ごめん、スコップ。そもそもまったく共感できないんだけど」

 フラグが言うと、「キモ」とハイドが悪態をつく。チェックはあきれ笑いして肩をすくめ、ループは静かにスコップを見つめている。

 スコップはため息をつく。もう何回めなのか、数えてない。

「クレアとフィルは再会できてうれしそうだったよ」

 フラグが言う。へえ、とスコップは目をそらす。

「よかったね」

 全然そう思っていない口ぶりだ。

 スコップの作業台はきれいだった。こんなのははじめてかもしれない。死体のパーツも、ペンチやはさみや針や糸も、全部しまいこまれたまま、一ヶ月がたとうとしていた。


 クレアは毎日元気にしている。もしかしたらこのまま生き続けるかもしれない、と思うくらいに。ときどき会いにいくとうれしそうに顔をほころばせ、弟のフィルと一緒になってスコップをもてなそうとする。

 スコップはクレアのメンテナンスを終わらせると、毎回逃げるようにアパートから出て行く。愛にあふれたしあわせな姉弟。

 苦手だ。


「スコップ。あんまり深刻に受け止めないほうがいいんじゃない」

 フラグが言った。

「君は苦手なものが多すぎるよ。それで趣味に走ってたんだろうけど」

 そうかもしれない。そして今、その趣味さえも危機に瀕していて、スコップは絶望しているのだ。

 スコップは顔をおおった。

「これがスランプか……」

「ちょっと意味がちがうような気がするけど」

 チェックが言うと、ループが肩をすくめた。

「スコップにとっては、今がいちばん記憶に残るスランプの時期なんだよ」

「ふうん。てことは、スランプからは脱するわけ?」

「脱するよ。このあと」

 ループが言ったとたん、ガレージの電話が鳴り響いた。

 いちばん近くにいたフラグが電話をとって、「もしもし」と応じる。それからはっと立ち上がり、「スコップ!」と叫んだ。

「クレアが、倒れた!」


 ついに恐れていた日が来てしまった。

 スコップはアパートにつくなり、おろおろしているフィルを押しのけてクレアの首元に手を添えた。それから、手首。

 ゾンビは心臓を動かし、血を巡らせる。だからスコップはクレアの心臓を治してから蘇生させたのだ。栄養が必要ないのにどうして血が必要なのか、原理はスコップにもよくわかっていない。おそらく身体を腐りにくくするためだけに、血を巡らせるのが重要なんだろうと解釈している。

 そして、今のクレアの脈は……。

「クレアは……姉ちゃんは、大丈夫?」

 うしろから、かけつけたフラグとチェックも息を切らせて入ってきた。フラグがスコップのとなりに座り込む。

「僕、役に立てる?」

「……無理」

 スコップが言うと、フィルが泣きそうな顔で首をふった。

「なんとか、ならないか? 病院に行くとか……」

 スコップは首をふった。フラグが唇を噛み、そっと立ち上がる。フィルがスコップにすがりつく。

「お願いだよ……おまえ、死んだ人を生き返らせられるんだろ。もう一度、やってくれ。もう一度だけ、クレアを生き返らせてやってくれよ」

「もう、一ヶ月もずるをしただろ」

 スコップはフィルをにらんだ。

「死んだ人には、二度と会えないんだ。それが普通なんだ。ずるばっかすんなよ。会いたくても、会えない人はいっぱいいるのに」

「スコップ」

 フラグがスコップの肩に手を置いて、スコップははっとした。それから、「ごめん」とフィルに謝った。フィルはぼう然として首をふり、「そうだよな」と小さな声で言った。

「ごめん……おれ、テンパってた」

 フィルは目を伏せた。

「むしろ、ありがとう。姉ちゃんに会わせてくれて……ほんとに、ありがとう」

 スコップはフィルの顔をまともに見られなかった。きびすを返して階段を下りていき、チェックがそのうしろを歩く。フラグはクレアの遺体をどうするか、フィルと相談するために残った。


「スコップってさ。いちばんはじめにいじった死体って、だれだったの」

 アイスパーラーに腰かけて、チェックが首をかしげた。スコップはレーズンをつつきながら、さあ、と首をかしげた。

「忘れちゃった」

「当ててやろうか。たぶん、おまえの大切な人だ。そうだろ」

 スコップは肩をすくめた。本当に忘れてしまっていたから。

「おれ、おまえは自分の好きに生きるのがいいと思うぜ。倫理的にはアウトだけどな」

 チェックはしししと笑って、フレーバー入りのチョコアイスをなめる。スコップは憂鬱な気分でうなずいた。チェックがああっと叫ぶ。

「なに」

「コーンの下からアイスが!」

 紙コップでアイスを頼んだスコップとちがい、チェックは三角コーンでアイスを買っていた。あわてて下からなめ、上からなめ、また下からなめ。

「紙コップにすればよかったのに。そうすれば絶対こぼれないよ」

「ばか、どうせ値段が同じならコーン一択だろうが。全部食べられるんだから、お得だろ!」

 そうかなあ、とスコップは思う。でも、そうかもしれない。紙コップはたれないけれど、食べられないし、コーンは食べられるけれど、たれる危険性がある。どっちかをとれば、どっちかが犠牲になる。どっちかを……。

「そうか!」

 スコップはガタンと立ち上がり、一目散にバス停に走り出した。チェックの「どうした?」の質問にも答えず、だれよりもはやく家に向かった。


 夜。スコップの家に顔を出したフラグとチェックは、ガレージでゾンビ作りに熱中しているスコップを見つけた。

「やっぱり、思った通りだった」

 スコップは晴れやかな笑顔だった。そのとなりでは、腐りかけた男のゾンビが、電極を流されてあうあう言っている。どうやら、意識はなさそうだ。

「いったいぜんたい、どうしたの?」

「わかったんだ。おれ、クレアの死体から内蔵を全部とっちゃったんだよ。どうせいらないし、シンプルにしたほうが動きもスムーズになるかと思ってさ。それがいけなかったんだ。内蔵に向かっていたエネルギーが脳みそにまわっちゃって、意識が回復してたんだ」

 ああ、よかった、とスコップは胸をなで下ろした。

「これからは気をつけて、内蔵は抜かないようにするよ! ほら見て、このゾンビ。なんにもない。最高だろ?」

 あうあう言っているゾンビをしらけた目で見つめ、チェックはコミックを読んでいるジキルに声をかけた。

「帰るぞ、ジキル。これ以上この家にいるのは教育上よろしくない」

「はーい」

「じゃ、僕も病院に帰るよ、スコップ。その……趣味を楽しんで」

 スコップはにこにこと友達に手をふった。少年たちはガレージを出て、そっと顔を見あわせた。

「キモ」

 ハイドが言った。

 だれも反論しなかった。

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アフタ・スクール まりる @marie_loouise

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