夢7

 燃えている。

 家が燃えている。

 目の前で起きているというのに、どこか遠くの出来事のようで、まるで現実感がない。

 視線の先に幕が下りているようで、これは何かの芝居なのだ。

 それでも、やけに温かさだけは感じる。

 それほどまでに、私の心は冷えていたのだろうか。

 確かに、私の両手足は疲労のせいか、まるで感覚がなく、自分のものではないみたいだ。

 それが、火の熱で次第に氷解してゆくようで、全身が恍惚感を包む。

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 左目から涙が流れている。

 これを待ち望んでいたのだろうか。

 この情景を、私は作り出したのだろうか。

 二階の窓に人がいる。

 一瞬過ぎて、それが誰か分からない。

「おい、家事だぞ」

「消防車呼べ」

 自分では何もできない大人たちが、ようやく事態に気が付く。

 でも、それでは遅すぎる。

 起きる前に止めなければ、何の意味もないのだから。

 私は力弱く微笑んだ。

 満足したのか、後悔したのか。

 私の手に握られた、鳥の文様の施された包丁。

 どうしようもない虚無感と脱力感に蝕まれる。

「そんな近くにいると危ないよ」

 力強い手が私の肩にかかる。

 痛いほど握り締めるその人を振り返りながら、私は倒れてゆく。

 知っている顔だ。

 世界が白くなる。

 遠くで家が燃えている。

 燃えている。

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