第11話‐3 命がけの輪舞

 一方、二階堂はというと、緋桜が放った複数の円形の刃に翻弄ほんろうされていた。


 二階堂を斬りつけて飛び去ったかと思えたが、それは空中で旋回して二階堂へと戻ってくる。それも、四方八方からほぼ同時に、である。


 二階堂は、苦々しい表情で刀を構え直すと、タイミングを見計らって正面から迫ってくる刃を打ち落とした。それは、地面に落ちる前に霧散消滅する。だが、撃ち落とせたのはたった一つだけで。二つ目に狙いを定める間もなく、死角からの斬撃をもろに受けてしまった。


「ぐぁ……っ!」


 そうなると、もう為す術はなくて。すべての攻撃を甘んじて受け入れるしかなかった。


 しばらくして複数の刃の攻撃が止むと、二階堂はその場に倒れてしまった。


 全身が痛い。痛みで気が狂いそうになる。


 次の攻撃はまだこない。だが、それも時間の問題だろう。早く起き上がらなければと、気ばかり焦る。しかし、痛みのせいで思うように体に力が入らない。


(このまま……死んだ方が、楽になれるのかな……?)


 ふと、そんな考えが頭をよぎった。


 確かに、ここで抵抗しなければ痛みからは解放されるだろう。金輪際、苦痛や恐怖をいだかなくて済む。だが、それで本当にいいのだろうか? すべてを投げ捨てて諦めるのが最善なのか?


「――って、そんなの、最善なわけないよな!」


 二階堂は、自分を鼓舞こぶするようにそう口にして起き上がる。


 全身は痛いし、お気に入りの服は破れて血に染まりボロボロだ。だが、そんなことはどうだっていい。ただ、害なすものを排除する。それだけが、二階堂を突き動かす原動力だった。


 ようやく立ち上がり、武器を構える。目を閉じて痛みに耐えながら意識を集中させる。


 刀がいつもより輝いているのが感じられ、次第に周囲の様子も視えるようになってきた。


 黒い背景に白く浮き上がる光がある。正面に三つと左右に二つずつ、そして後ろに三つ。感じる気配からして、おそらく円形の刃だろう。


(……これなら、いける!)


 そう思った瞬間、複数の白い光が二階堂に勢いよく迫ってきた。


 だが、二階堂は目を閉じたまま微動だにしない。先程よりも心は落ち着いていて、いつも以上に冷静だった。


 タイミングを見定めて、正面からくる三つの光を順番に打ち払っていく。すると、光が霧散するとともに気配までも消滅した。


 息をつく間もなく襲ってくる複数の気配。二階堂はそれを紙一重のところでかわし、撃ち落としていく。その姿は、まるで華麗に踊っているようにも見えた。


「――っ!?」


 残り三つになったところで、二階堂は息を呑んだ。


 背後から、今まで感じたことがないくらいのものすごい殺意と妖気を感じたのである。


 目を開けておそるおそる振り返ると、蒼矢と緋桜が高濃度の妖気を纏いながら対峙していた。いつの間にか、緋桜に獣の耳と尻尾が生えている。蒼矢と同様の戦闘モードなのだろう。


 今の二人に近づいたら、間違いなく殺される。


 そんな予感がした。


(……それより、こっちを何とかしないとな)


 二階堂が体勢を戻すと、いつの間に移動したのか三つの刃が数メートル先の上空に回転しながら浮かんでいた。


 武器を構え直す。直後、刃が二階堂へと向かってきた。


 とっさに身をひるがえして避ける。だが、一瞬遅く、それは二階堂の左腕を斬りつけて飛び去って行く。


(……嘘だろ!? さっきより速い!)


 短く呻いた二階堂は驚きを隠せずにいた。


 刃の速度が、先程よりも速度が上がっているのだ。おそらく、緋桜の妖気が濃くなった影響だろう。


 どうする? と思案する余裕もなく、二階堂は後続の刃の攻撃を脇腹と右足にまともにくらう。


「ぐっ……!」


 痛みに耐えながらも、大地を踏みしめ倒れることだけは回避する。


「こんなところで死んでたまるか」


 そうつぶやくと、体勢を整えた二階堂は再び飛んでくる三つの凶器を見据えた。


 一方、蒼矢と緋桜は対峙したまま互いの出方をうかがっていた。


 息が詰まりそうなくらい張り詰めた空気に、決して交わらない二つの妖気。緊迫した状況の中、聞こえてくるのは二階堂と円形の刃が奏でる剣戟だけで。


 そこだけ時間が止まったのかと思える程、二人は微動だにしない。だが、蒼矢は青白い炎を、緋桜は鋭い短刀を自身の周囲に複数作り出していく。


 そんな時、ひとひらの桜の花びらが二人の間を風に乗って通り過ぎていった。


 それを合図に、二人は炎と短剣を同時に放つ。二人の間合いのほぼ中央で炸裂したのを確認すると、蒼矢は一気に緋桜との間合いを詰めた。硝煙を切り裂くように大鎌を振り上げる。ほぼ同じタイミングで、剣の切っ先が硝煙を上から下へと切り裂いた。


 両者の得物が衝突するのに時間はかからなかった。金属同士がぶつかる時特有の甲高い音が響く。


 蒼矢は、それを緋桜ごと弾き返す。だが、彼はよろけることなく次の攻撃をしかける。


 弾き返しては武器を振るい、また弾き返す。そのくり返し。互いに急所を狙うが、とらえることはできない。両者の力は拮抗し、その剣捌きはとても華麗で。まるで、踊っているようだ。


 何度もくり返される剣戟に、緋桜は妖しく笑みを浮かべ蒼矢は苦虫を噛み潰したような苦渋の表情を浮かべる。


 このまま打ち合っていても埒が明かないのは明白で。


 蒼矢は、緋桜を弾き返すと炎を地面に向けて放った。着弾と同時に後退し、彼との間合いを取る。土煙で相手の視界を遮っている間に、蒼矢は指を鳴らして胡蝶を発動させた。


 蒼矢の背後から出現した無数の青白い蝶が、緋桜のもとへと飛んでいく。それは彼の周囲を旋回し、やがて彼を完全に包囲した。


 徐々に消えていく土煙の間からそれを見た蒼矢は、脇目も振らず二階堂のもとへと走った。


 蒼矢が到着する直前、二階堂は力なく膝をついた。刀を地面に突き刺し杖代わりにする。どうやら、残っていた円形の刃はすべて打ち払ったようだった。


「おい、誠一! 大丈夫か!?」


 蒼矢が駆け寄る。


「……ああ、何とかな」


 そう言って、二階堂は弱々しいながらも笑顔を見せる。


 その姿は血に汚れてボロボロで、傍目はためには大丈夫そうには見えなかった。だが、そんなことを気にしている余裕はなくて。


「誠一、これ持ってろ」


 と、真剣な表情で蒼矢は二階堂へ何かをさし出した。


「これ……」


 受け取ると、サイズは一回り小さいがよく見知った勾玉だった。しかし、初めて見る色合いで困惑を隠せない。


 二階堂がよく知る勾玉は、乳白色と青白いもの。だが、これは淡い青と金色のまだら模様だった。


「あいつの攻撃の威力、軽くできるはずだから。まあ、持続時間がどのくらいかは、わかんねえけどな」


 微かに笑みを浮かべる蒼矢。その金色の瞳は、いざとなったらお前が緋桜を止めろと言っているように見えた。


「蒼矢……お前、まさか死ぬ気じゃ――?」


「ばぁか、死ぬかよ。……そう簡単に殺されてたまるかってんだ」


 そうつぶやく蒼矢に、二階堂はほんの少し安堵した。


 もしかしたら、本当に死を覚悟しているのではないかと思ってしまったから。


「蒼矢。その目、どうしたんだ?」


 二階堂はふと、蒼矢の瞳の色がいつもと違うことに気づいて尋ねた。


「ん? ああ、これか。別に、大したことじゃねえよ。気にすんな」


「でも……」


「あいつを倒したら、説明してやるよ」


 突き放すように告げた蒼矢は、いつの間にか作り出した武器を構えて青白い蝶のドームを見据えた。


 二階堂も立ち上がり、刀を構え直してそれを見つめる。


 静寂が辺りを包む中、青白いドームから笑い声が聞こえてきた。


「これで勝ったつもりとか言わねえよなあ? 蒼矢!!」


 楽しそうな緋桜の声。それに呼応するように、蝶のドームに十字の亀裂が走る。そして、胡蝶はたやすく霧散消滅した。


 蒼矢は舌打ちするが、その表情には険しさはあれど悔しさは見えない。こうなることは、ある程度予測していたのだ。


「あれくらいでくたばるお前じゃねえのは、わかってるよ!」


 罵倒したくなる気持ちを抑えて、蒼矢は告げた。


 それに対し何も言わない緋桜は、余裕の表情で笑みを浮かべるだけだった。


 その態度に不信感を覚えた二階堂は、とても嫌な気配を感じて空を見上げた。


 その光景に息を呑み、


「蒼矢、あれ……」


 震える声で蒼矢に声をかける。


 二階堂の声に反応したのか、それとも頭上からの気配に気がついたのか。蒼矢は勢いよく上を見上げた。


「くっそ!! やられた!」


 蒼矢は、そう悔しさを言の葉に乗せる。


 頭上には、自分達二人を取り囲むように無数の刀が浮かんでいたのだ。そのすべての切っ先は、自分達へ向けられている。

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