第10話‐3 ホワイトクリスマス

 空には、薄い雲が帯状に広がっている。


 まだ午後三時前だというのに、空気は肌を刺すように冷たい。


(夜は、もっと寒くなるだろうな……)


 そんなことを思いながら、二階堂はふゆと手をつないで歩いている。雪ん子とはいえ子どもだ、はぐれてしまっては元も子もない。


 その二人を見守るように、蒼矢が後ろからついていく。もちろん、彼も厚手のジャケットを着用している。


 しばらく歩くと、商店街に到着した。


 各電柱には、雪の結晶や星をかたどったイルミネーションが一つずつ飾りつけられている。日がさしているのでまだ実感はないが、夜になるととてもきれいである。


 各店の軒先も、オーナメントやイルミネーションでクリスマス色に染められていた。商店街全体がクリスマスを楽しんでいるようで、訪れた人の心も躍らせる雰囲気がある。


 人の往来はというと、まだそこまで多くはない。いたとしても、せっせと買い出しをするのではなく、ゆっくりと買い物を楽しんでいる人達が多いようだ。


「ふゆちゃん。ここ、一人で歩いてきたの?」


 二階堂が尋ねると、ふゆは大きくうなずいた。


「じゃあ、とりあえず、邪魔にならねえように探そうぜ」


 と、蒼矢が言うと、二階堂とふゆはうなずいた。


 三人は商店街を進みながら、各店先に置かれている雪だるまやトナカイの裏側から電柱周辺、街路樹の根元までくまなく探していく。


 だが、『お星さま』につながる手がかりはまったくない。


 どこにあるのだろう? まさか、このまま見つからないのでは……?


 そんな思いが浮かんでくる。


(弱気になるな! 必ず、どこかにあるはずだ)


 二階堂は、二、三度頭を振ってマイナス思考を追いやる。


「おい、本当にここら辺にあるのか?」


 不意に、蒼矢が尋ねた。


「わかんないけど、とにかく探すしかないだろ。ふゆちゃんが言った『きらきらがいっぱいあるとこ』で思いつくの、ここぐらいなんだから」


 二階堂が諭すように告げると、


「そうだけどさ……。これだけ探して手がかりさえないってのは、さすがに心折れるぜ?」


 と、蒼矢は苦笑しながら言った。


 二階堂自身、先程くじけそうになっていたから、蒼矢の気持ちもわからないわけではない。


「……ごめんなさい」


 二人の会話を聞いたふゆは、申し訳なさそうに謝罪した。


「ふゆちゃんが謝ることないよ!」


「そ、そうだぜ! 俺が、弱気になっちまっただけなんだから」


 と、二階堂と蒼矢が慌てて告げる。


 だが、ふゆの目には大粒の涙があった。今にもこぼれ落ちそうである。


 そんな彼女に目線をあわせると二階堂は、


「ふゆちゃんは悪くない。お星さまも散歩したかったんだよ、きっと。だから、大丈夫。絶対ふゆちゃんのところに戻ってくるよ」


 と、優しく元気づけるように言った。


「……本当?」


「うん、本当だよ。僕達が必ず見つけるから」


 だから大丈夫だ、と。


 二階堂はそう言い聞かせる。


 ふゆは涙を拭うと、


「お星さま、迷子になってるかも。早く見つけてあげなくちゃ」


 と言って、捜索を再開する。


 二階堂は、立ち上がると小声で、


「まったく、子どもが不安になるようなこと言うなよ」


わりい……」


 蒼矢は、ばつが悪そうにそう言った。


「……お兄ちゃん達、何してるの? 早く、お星さま探そうよ!」


 なかなか捜索を再開しない二人にしびれをきらせたのか、ふゆが急かすように二人に声をかけた。


 二階堂はわかったと告げると、蒼矢とともに彼女のもとへと向かう。


 三人は、一心不乱に地面を探していく。物陰や自販機の下のすき間などを探すも、やはり見つからない。


(今、何時くらいなんだろ? 混みだす時間帯までには見つけたいけど……)


 ふと、二階堂はそんなことを考える。


 平日とはいえ、午後三時をすぎると徐々に人足が多くなるのだ。それまでに見つけ出さなければ、捜索は困難になるだろう。だから、是が非でも人足が少ない今のうちに見つけたいのである。


 三人が捜索を開始してから、どのくらいの時間が経っただろう。商店街のほぼ中央にさしかかると、


「……おい! あれ――」


 と、蒼矢が声をあげて前方を指さした。


 見ると、蒼矢が指をさした方には、クリスマスツリーを模した街路樹がイルミネーションでめかしこんで鎮座している。その根元にきらりと光る何かが見えた。


 三人が駆け寄ると、そこには手のひらサイズの星形の黄色の宝石が落ちていた。


「あった! ふゆのお星さま!」


 ふゆが歓喜の声をあげる。


 二階堂が拾いあげると、それは宝石がはめ込まれたブローチだった。


 どうやら、ピンが緩くなっていたようである。


(このままじゃまた落ちるから……)


 わずかに思案していた二階堂は、それをふゆに返すと少し待っていてほしいと告げて近くの雑貨店に向かった。


 そこで、細めの紐と丸型の金具を購入して戻る。


「ふゆちゃん。それ、ちょっと貸してもらっていいかな?」


「うん……?」


 二階堂の意図がわからず、ふゆは不思議そうにうなずいた。


 彼女からブローチを受け取ると、二階堂は先程購入した材料と組み合わせて即席のペンダントを作った。


「はい、これ。これで、もう落とす心配はないと思うよ」


 そう言ってふゆに渡すと、


「わあ……。ありがとう、お兄ちゃん!」


 彼女は満面の笑みで受け取った。


 さっそく首にさげるふゆ。ペンダントトップとしてはやはり大きいだろうそれは、彼女の胸元でひと際大きな存在感を放っている。


 すると、星形の宝石が輝き始めた。


「あ……もう帰らなきゃ」


 ふゆがつぶやく。その声は、少し寂しそうだった。


「ふゆちゃんさえよければ、いつでも遊びに来ていいからね」


 二階堂が告げると、


「えっ!? いいの?」


 と、ふゆが驚きの声をあげる。


「もちろん、大歓迎だ。また一緒に、アニメの続き見ような」


 蒼矢は優しくそう言って、ふゆの頭をなでた。


 照れたように笑うふゆだったが、二人に向き直ると、


「お兄ちゃん、蒼兄ちゃん。ありがとうございました」


 と、頭をさげた。


 星形の宝石の輝きは増すばかりで、次第にふゆを包んでいく。


「また来るね」


 そう言い残して、ふゆは姿を消した。


 まぶしかった輝きも彼女とともに消えた。


「ふゆちゃん、無事に帰れたかな?」


 二階堂が何気なく言うと、


「帰れたんじゃねえか? きっと」


 と、蒼矢が応える。


 あの手のひらサイズの星が彼女を導いてくれる。そう信じて。


 不意に、二階堂は視界の端に白い影をとらえた。不思議に思って周囲を見る。すると、ちらちらと雪が降ってきていた。


(雪、か……)


 小粒の雪を手のひらで受け止めると、それはすぐに溶けてしまった。だが、冷たさはない。それどころか、どこかじんわりとした温かさを感じた。おそらく、ふゆからの贈り物だろう。


 二階堂は微笑むと、


「メリークリスマス」


 と、誰に言うでもなくつぶやいた。


「どうかしたか?」


 蒼矢が不思議そうに尋ねるも、二階堂は何でもないとはぐらかした。


「まあいいや。早く帰えろうぜ。あ、夕飯は鍋がいいな」


 寒くなってきたとばかりに首をすぼめる蒼矢。


「じゃあ、食材買いに行こう」


 そう言って、二階堂は蒼矢とともに買い出しに出かけるのだった。

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