第4話 猫

第4話‐1 休日

 澄みわたる空と自身の存在を誇示するような入道雲。その青と白のコントラストがとてもきれいな、日曜日の午後のことである。


 二階堂にしては珍しく、そわそわしていた。昼食もロールパン一つだけという、とても軽いものだった。もちろん、蒼矢そうやの分は別に用意したが。


 依頼人の到着が遅れているというわけではない。そもそも今日は『幽幻亭』の休業日である。そのため、二階堂誠一は空色のTシャツに紺色のジーンズという、ラフな格好をしていた。


 もし、急な依頼が舞い込んできたとしても、今日だけは問答無用で断るだろう。


 その理由は、今日が白紫はくし稲荷いなり例大祭れいたいさいの開催日だからである。


 白紫稲荷例大祭とは、幽幻亭の近くにある白紫稲荷神社で行われる祭りのことだ。毎年、八月の第一日曜日に開催され、今年で三十五回目を迎える。幼い頃から参加している二階堂にとって、この祭りは夏の風物詩として欠かせないものなのだ。


「まったく、毎年のこととはいえ、いい加減うざってーよ。そんなに行きたきゃ、行きゃいいじゃねえか」


 灰色のタンクトップに黒のチノパンという格好で、かつ狐耳を出してリラックスムード全開だった蒼矢は、呆れながら言った。その声音には多少のとげがあり、彼がイライラしているのは明白だった。朝からそわそわしている二階堂をずっと目にしているのだ、我慢の限界だったのだろう。


 二階堂は、申し訳程度の謝罪をして時計を見る。時計の針は、午後一時を指し示していた。


 例大祭の開始時刻は正午なので、もうすでに始まっている。


 明るい笑顔を浮かべた二階堂は、少年のようにキラキラした瞳で蒼矢に尋ねた。


「蒼矢は祭りに行かないのか?」


「行かねえよ」


 そっけなく返す蒼矢に、どうして? と思わざるを得ない。白紫稲荷神社と蒼矢との間には、ちょっとした縁があるのだ。正確にいえば、白紫稲荷神社に奉られているふたはしらの神様に、である。


「たまには、会いに行けばいいのに」


「嫌だね。行くと必ず、うぜーぐらい絡んでくるんだぜ? 勘弁してほしいっての」


 そう言って、蒼矢は肩をすくめる。


 確かに、鬱陶うっとうしい程絡まれるのは、蒼矢でなくとも勘弁願いたいものだ。


 二階堂が同意すると、


「だろ? だから、行きたくねえの」


 家で酒を飲んでいた方が、何倍もマシだと告げる。


 二階堂は、露店巡りだけでもと提案しようとしてやめた。モデル並みの色男が行けば、祭りに来ている女性陣に囲まれて大変なことになるのは、容易に想像できることだった。


「それじゃあ、何かつまみになりそうなものでも買ってくるよ」


「おう、頼むわ。……あ、いか焼き忘れんなよ!」


 蒼矢が注文する。五年前の祭りの時に二階堂が買ってきたのを食べて以来、露店のいか焼きがお気に入りらしい。毎年、それだけは買ってきてくれと頼まれるのだ。


 二つ返事で引き受けると、二階堂は財布とスマートフォンを持って家を出た。

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