第3話‐6 翌日

 翌朝、二階堂は頬に当たるざらりとした感触で目が覚める。まぶたを開けると、目の前には黒猫の顔があった。


「……おはよう」


 見慣れない光景に一瞬息を飲むが、すぐに平静を取り戻して声をかける。


 黒猫は、やっと起きたと言わんばかりに一声鳴くと、隣で寝ている蒼矢の方に行った。


 起き上がって座り直した二階堂は、昨夜まで感じていた殺意と妖気が跡形もなく消え去っていることを知り、胸をなでおろす。


 ふと、隣で寝ている蒼矢を見て、思わず笑ってしまった。三匹の猫が蒼矢の頬を舐めたり、蒼矢の腹の上に乗ったりして懸命に起こそうとしていたのだ。だが、蒼矢が起きる気配はまったくない。


 しばらくその様子を眺めていた二階堂だったが、次第に猫達がかわいそうになり、蒼矢に声をかけることにした。


「蒼矢、朝だよ。起きろ」


 肩を叩き、何度目かの呼びかけでようやく蒼矢は目を覚ました。


「……もう少し寝かせろよ」


「ここ、自宅じゃないからな」


 二階堂が言うと、蒼矢は寝ぼけ眼で周囲を見回した。


「あ~……悪ぃ」


 ここがどこなのか把握したらしい蒼矢は、短く言って頭を振る。


 そこへ、扉をノックする音が聞こえた。扉の方を見ると、木綿子が顔をのぞかせた。


「あら」


「おはようございます。すみません、部屋を用意していただいたのに」


 二階堂が、違う部屋で寝てしまったことを謝罪する。


「いいのよ、気にしないで。私も結構やっちゃうから」


 と、木綿子は笑いながら言った。


 持っていた猫のえさをえさ皿に入れると木綿子は、


「朝食、もう少しでできますから、顔洗って来てください」


 と、二階堂と蒼矢に言う。


 タオルは、準備してあるのを使ってほしいとのことだった。


 二人は、場所を聞いてから洗面所に向かい顔を洗う。軽く身支度を整えてから、リビングに向かった。


 リビングに行くと、ちょうど朝食の配膳が終わったところだった。


 テーブルの上には、焼き鮭、卵焼き、きゅうりの漬物とご飯と味噌汁といった朝食らしいメニューが並べられている。


 三人は、ほぼ同時に食卓につき食べ始めた。


 焼き鮭は塩加減が絶妙で、少し甘めの卵焼きは思った以上にふわふわだった。両方とも美味しくて箸が進み、あっという間に食べ終わってしまった。


「ごちそうさん」


「ごちそうさまでした」


 蒼矢と二階堂はほぼ同時に言った。


 少し遅れて食べ終わった木綿子は、


「お粗末さま」


 と、笑顔で告げて食器を片づける。


 食器の片づけが終わったらしい木綿子は、人数分のお茶を準備してリビングに戻ってきた。


「……それで、どうでした?」


 お茶を配って先程の場所に座ると、木綿子はおもむろに二階堂に尋ねた。


「もう大丈夫です。旧鼠は退治しましたから」


 二階堂は笑顔でそう告げた。


「そうですか、それはよかった。本当にありがとうございました」


 心底ほっとしたような表情で木綿子が礼を言うと、


「生きたまんまの鼠、もう猫にやるなよ?」


 蒼矢が釘をさす。


「ええ、ええ。もう、与えませんとも。大切な家族が殺されていくのは、もう嫌ですからね」


 もう懲りごりだとばかりに、木綿子は言った。


 お茶を飲み干した木綿子は、思い出したように立ち上がると、少し待っていてほしいと告げてリビングを後にした。


 しばらくして、木綿子が財布を持って戻ってきた。


「お代はいかほどですか?」


「そうですね……」


 二階堂がわずかに思案してから金額を提示すると、木綿子は少し多めに手渡した。


 提示した金額より多いことを告げるが、


「ほんの気持ちですから」


 だから受け取ってほしいと、やや強引に二階堂に握らせる。


 その強引さに根負けした二階堂は、ありがたく受け取ることにした。


「すみません、いろいろとお世話になってしまって」


 恐縮する二階堂に、木綿子はその必要はないと告げる。助けてもらったのは自分の方なのだから、と。


「また何かありましたら、ご連絡ください」


 そう言って、二階堂は席を立った。蒼矢もそれにならう。


 木綿子は優しい笑顔を浮かべて、二人を玄関まで送る。


「また、猫達に会いに来てやってくださいね」


 そう告げる木綿子に、二人はうなずいて玄関を出た。


 車に乗り込むと、


「花江のばあさん、大丈夫だろうな?」


 と、蒼矢が少し心配そうな様子を見せる。


「大丈夫だと思うよ。猫達のこと、家族って言ってたし」


 だから、同じ轍を踏むことはないだろうと、二階堂は告げる。


「だといいけどよ」


 まだ不安が残るのか、蒼矢はそう言ってシートベルトを締める。


「たまに来てやるんだろ? 猫達に会いに」


「そのつもりだよ。懐かれちゃったしね」


 シートベルトを締めながら、二階堂はどこか嬉しそうに言う。


「それに、花江さんの料理、また食べたいし」


「美味かったもんな」


 と、蒼矢。


 二人は、また必ず会いに来ようと心に決めて花江家を後にしたのだった。

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