第二百五十八話 虚偽の代償と真実の報酬⑤

 リハビリに励む俺に対し家族はとても献身的だった。俺もそれに応えようと、辛いリハビリを必死で耐えた。午前中には母が、そして大学の授業を終えると夕方には妹が、交代で毎日看病に来てくれた。

 俺はリハビリの間、一切の弱音を吐かなかった。辛くて苦しい時には人のいない所で涙を流したけれど、家族の前では決してそれを見せなかった。

 一ヶ月ほど経って、ようやく松葉杖を使い一人でも歩けるようになった。そうなれば回復するのもあっという間で、若さと言うものはすごいもんだと、二か月もすると退院することができた。

 俺が入院している間に借りていたアパートは解約されていた。まあ、1年近くも眠っていたので当然である。荷物は実家にある俺の部屋に運んだと言うのだが、色々他人には見せたくないグッズもあったのでちょっと恥ずかしかった。当分は家族の手を借りて生活をしなければならないので一人暮らしはお預けである。

 実家に帰ると母と妹が花束を用意してくれていて、おかえりと言ってくれた。母は感極まった様子で涙を流して、俺と妹がそれを呆れながら宥めた。


 19時を過ぎる頃に父も帰ってきて、今夜は退院祝いにと寿司を取った。コンビニのパック寿司も美味しいけれど、出前で取る桶に入っている握り寿司はなんだか高級感があるように見えてさらに美味しく感じた。

 少しくらいならいいだろうと父がビールをすすめてくる。俺はグラスを手にすると、金色の液体がなみなみと注がれるのをボーっと見つめていた。

 泡が少ない下手くそと妹が文句を言い、今は注がれる方がメインだから苦手なんだと父が照れくさそうに言っているのを見ながら。俺は、家族ってこういうものだったかな。と思うのであった。

 夕飯を終えると風呂に入るのだが、うちはバリアフリーの浴室ではないので一人では難しい。母は夕飯の片付けをしているので代わりに妹が入れてくれる。まあ病院での介護ですっかり慣れてしまったので恥ずかしさも特にはなかった。

 ちゃっちゃと入浴を済ませると俺は自分の部屋に戻り、色々と荷物を整理しようとするのだが、なんだかとても疲れたのでその日はあっという間に眠りについてしまった。


 しばらくそんな生活を続けた。相変わらず家族は俺に優しくて、昔はあんだけ口うるさく言われた、早く就職しろって言葉もない。

 俺の前では、腫物を扱うように慎重に優しく振る舞い、張りつけた様な笑顔でいる家族に、俺はだんだんここでの生活が居心地悪く感じてきて、自分の部屋に引き籠るようになった。


 当然やることと言えばゲームにインターネットである。一年間も意識がなかったのだ。その間に見逃したアニメを朝から晩まで消化する。ゲームもそうだ。遅れを取り戻すには課金が一番だが先立つ物がない。結局取り戻す為には分刻みのスケジュールで無駄なく進めて行くしかない。俺は完全に廃人コースのエリート街道を歩み始めていた。


 ネット環境が戻ってから、まず最初に調べたのは俺が巻き込まれた事故のこと。居眠り運転による事故で、店に突っ込んできたトラックに巻き込まれて俺は生死の境を彷徨った。他に客などはおらず、トラックの運転手と俺だけが重傷を負い店舗は全壊する事故だったらしい。

 大手術の末、なんとか一命を取り留めるも俺の意識が戻ることはなく、医者はここからは時間との戦いだと家族には説明したそうだ。

 そう、家族はずっと戦ってきたのだ。しかし戦いは終わらなかった。意識は取り戻したけれど、俺が外界との接触を拒んだのだ。


 眠っていてくれたほうがマシだったと、母がポツリと零した言葉が俺の胸を締め付けた。





「へぇ……。あの作品も書籍化されて、アニメ化まで決まってんだ」


 今は深夜一時。久しぶりに小説投稿サイトを覗いてみると、事故の前にブクマしていた作品が書籍化されていた。1話目からとてもおもしろい作品で、キャラの掛け合いのテンポが小気味良いギャグ小説であった。


「俺もなんか書いてみようかな。異世界ものとかならよく見てるし、もしかしてすっげー人気が出て、書籍化、アニメ化っ! 累計100万部突破の超人気作に、劇場版は大ヒット、そしてハリウッドが実写化をっ!」


 そんなアメリカンドリームを思い描いて俺は小説を投稿してみることにした。


「主人公はそうだな……。深夜バイトをワンオペでやらされていて、死んだように生きている奴にしよう。女神と一緒に異世界転移しちゃって、そうだな、ついでだからコンビニごと転移しちゃうか」


 なんだかアイデアが湯水のように湧いてくる。これはいけるかもしれない、マジで俺人気作家になっちゃうかも。薄暗い部屋の中に響くキーボードを打つ音。二時間半くらいで2500字程度の文章を書き終えた。


「俺の目の前には、薄暗い洞窟の様な空間が広がっていた……っと、よしっ! 第一話完成だ。これをこうしてこうやって投稿っと、うわああ、やっべええドキドキしてきた。どうしよう? いきなりPVが一万以上とかになっちゃったら? 感想もバシバシ送られてきて、レビューブーストってやつがやばいらしいよな」


 初めて投稿した自分の書いた物語がどのような評価をされるのかを、俺は期待と不安が入り混じりながらもワクワクしながら待った。



 そして1時間後。



 PV12。ブックマーク1。評価0。感想0。




 つづく。

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