第百八十八話 双竜挟撃、竜を追う者、追われる者⑤

「はあ? なにを馬鹿な事を、姐さんが死ぬだって? よく見ろ聖騎士。聖剣を手にした姐さんの力をっ! ドラゴンと互角、いやそれ以上の強さをっ!」


 余裕の表情で否定するルゥルゥであったが、ローリンは小さく首を振る。


「ははぁん? さてはおまえ、姐さんのあまりの強さに嫉妬してそんなでまかせを」

「いいえ。そうではありません。ドラゴンは、ドラゴンの本当の力はあんなものではありません。それに、アマンダさんは聖剣の力を完全には引き出せていません。あのままでは」

「黙れえっ!」


 怒声を上げたルゥルゥは、ローリンのことは無視して紅の騎士アマンダのことを見つめた。ローリンも黙り込んでしまうのだが、そんなローリンの言葉とは裏腹にアマンダは更に攻撃の手を強め火竜を追い込み始める。それ見たことかと、ルゥルゥは得意気に俺の方を見るのだが、その表情はどこか不安気でもあった。

 その気持ちもわかる。なぜならば、一見火竜を追い詰めているように見えるアマンダであるが、斬っても斬っても火竜の鱗を切り裂くことはできない。鱗に覆われていない腹などを狙おうとするのだが、懐に入り込もうにもドラゴンは器用に身を躱し、また火炎で反撃してくるから容易に飛び込めない様子だ。

 そして、次第にアマンダの手数が減ってくる。ドラゴンを相手にあれだけの運動量、いつまでも息が、体力が持つ筈もなく。足が止まったその瞬間、火竜の尻尾がアマンダ目がけて振り抜かれる。それを間一髪身を反らし躱すアマンダであったが、直後火竜は大きく口を開いた。

 しかしその攻撃を読んでいたかのように見えるアマンダは、火炎のブレスを切り裂こうと剣を振り上げるのだが、それを見てローリンが叫んだ。


「いけないっ! 避けてくださいっ!」


 次の瞬間ドラゴンの周囲で爆発が巻き起こった。


 目が眩むほどの閃光と耳を劈く爆発音、そして俺達の頭上を熱風が通過して行く。

 俺とルゥルゥは、ローリンに頭を押さえつけられて地面の窪みへと身を隠すことができたので、なんとかその爆発から逃れることができた。

 他の奴らもきっとソフィリーナの防御魔法で無事のはず。それよりも、今一番心配なのはアマンダだ。

 俺が顔を上げると、目の前には茫然と立ち尽くし震えているルゥルゥの姿が見えた。ただ一点を見つめガタガタと身体を震わせている。何かを言おうとしているようなのだが、声も出せずにいた。

 まさか、アマンダはあの爆発に巻き込まれて……最悪の事態を想像するのだが、ルゥルゥの見つめる先を見て俺も固まってしまった。



 火竜の目の前にはアマンダがうつ伏せに倒れ込み微動だにしない。気を失っているのか或いは、しかしそれだけではなかった。

 その真逆、火竜と向かい合うようにそこに居る存在に俺は、いや、その場に居た誰もが驚愕しそして戦慄する。


 クリスタルドラゴン水晶竜


 虹色の光を放つ透きとおる美しい鱗に覆われたその姿は、幻想的であり神秘的であった。この世のどんな宝石よりも美しく気高いその輝きに、モンスターであることすら忘れてしまう。



―― 人間達よ、この場から即刻立ち去れ ――



 突如聞こえる美しい声。それは直接頭の中に響いてくるようなそんな感覚。


 これは? 水晶竜が話しかけてきているのか? 


 わけがわからないでいると、火竜が雄叫びをあげる。それはまるで水晶竜を威嚇しているようにも見えた。

 頭の鱗が真っ赤に燃える鬣のように逆立つと全身から炎が噴き出す。辺りが凄まじい熱気に包まれるのだが、水晶竜が高い声で鳴くと、辺りの空気が一瞬凍りついたような。まるで時間が止まったような。そう、そんな気配を感じるのだが、俺は周りを見てその感覚は間違っていないことに気が付いた。


「べんりっ! なにを馬鹿な事をしているのだっ!」

「メ、メームちゃん?」


 声に振り返るとメームちゃんが俺の背中に触れていた。メームちゃんに触れられている俺以外の時間が停止する。メームちゃんは酷く焦った様子で、こんなにも鬼気迫った表情を見るのは初めてであった。


―― 時を操れるようにまで……。やはり、おまえ達はあの時滅ぼしておくべきであったな、マギナの娘よ ――


 水晶竜の言葉に俺は更に驚き動揺する。あいつは確かに今、メームちゃんのことを“マギナの娘”と言った。

 ティアラちゃんも同じようにメームちゃんのことを呼んでいたのだ、それは、シンドラント人が超古代に作り出した……。


「その名前で……その名前でメームちゃんのことを呼ぶんじゃねえええっ!」


 ついカッっとなって怒鳴ってしまったがやばかったかな?


 しかし水晶竜は俺のことを静かに見下ろすと予想もしていなかった言葉を放つ。



―― 人の身でありながら時の理を曲げ、次元を超越せし者よ。汝は…… ――



 水晶竜がなにかをしようとした瞬間、それを遮るかのように声を上げたのは火竜であった。怒り狂うかのように火炎を撒き散らし羽ばたく火竜。メームちゃんが時を止めている筈なのに、水晶竜も火竜も自由に動いて。いや、メームちゃんの体力が尽きたのだ。苦しそうに胸を押さえて息を荒げている。


「メームちゃんっ、大丈夫!?」

「すまぬべんり。我はもう限界だ。ドラゴンを二匹も同時に相手にするのは流石に堪える」


 メームちゃんがその場に膝を突くと再び時が動き始める。俺はメームちゃんにパワビタンを飲ませると、なにが起きたのかわからず困惑しているローリンに預けて走り出した。


「べんりくんっ、なにをっ!?」

「決まってんだろっ! あの紅の騎士を助けるんだよっ!」



つづく。

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