第百八十七話 双竜挟撃、竜を追う者、追われる者④

 俺はローリンの元へ駆け寄ろうとするのだが、それを止めたのはローリン自身であった。


「来ては駄目ですっ! 私なら大丈夫ですからっ!」


 言いながら立ち上がろうとするローリンであったがその足元はおぼつかない。いくらローリンが頑丈だと言っても、アダマントの鎧がひしゃげるほどの一撃を喰らったのだ。立ち上がるだけでも奇跡に等しい。

 火竜はローリンを己の敵と見做したのか、俺達の方には目もくれずローリンの方を向くと、その大きな顎を開けて再び火炎のブレスを放つ動きを見せた。

 しかしローリンは動けない、立ち上がるだけでも精一杯の状況に見える。なんとかパワビタンを渡さなければと思うのだが、それをソフィリーナが止める。


「駄目よべんりくん、防御壁から出ないでっ!」

「なに言ってんだよっ! あのままじゃローリンがやられちまうだろっ!」

「今行っても間に合わないわよっ! べんりくんまで死んじゃうわっ!」

「うるせえっ! ローリンを見殺しにしろってのかよっ!?」

「わかってるわよそんなこと! わかってるわよっ!」


 ソフィリーナの表情からは、焦り、怒り、悲しみ、懺悔、そんな感情がない交ぜになったような色が見えた。なんとかしなければと思っているのはソフィリーナもぽっぴんも一緒なのだがどうにもならない。


 ローリンは俺達のことを見つめると笑った。


 そして、最後の力を振り絞ると背中の籠から剣を抜き、雄叫びを上げながら火竜へと飛び掛かる。



―― エクスカリボオオオオオオオオオオオオオンっ! ――



 次の瞬間、眩い閃光が放たれるとエネルギー波が火竜の脇腹へと直撃した。その一撃で火竜はバランスを崩し、火炎の息は天井へと放たれる。それを見た俺は咄嗟に駆け出していた。力なく倒れ込むローリンを受け止めると俺はパワビタンを飲ませてやる。


「大丈夫かローリン?」

「べんりくん……今の一撃は?」


 俺の胸の中で一点を見つめるローリン。


 その視線の先に居るのは、紅の甲冑を身に纏った騎士であった。そして手にしているのは、聖剣エクスカリボーン。

 火竜が火炎を吐く瞬間、エクスカリボーンの一撃を放ちローリンを救ったのはあの紅の騎士だろう。


 俺達には目もくれず騎士はゆっくりと、しかし大きな足取りで一歩ずつ火竜へと近づいて行く。顔を覆っている兜から覗く眼光だけが鋭く光っているように見えた。

 火竜は呻り声を上げながら紅の騎士を見据えると再び火炎を吐く。その炎をエクスカリボーンで一刀両断にすると、紅の騎士は飛び上がり火竜の顔面を切りつけた。


『ギャォォオオオオオオオオオオオオオオオンっ!!』


 火竜の左目を瞼の上から縦に切り裂くと、地面に着地した騎士は胴体を斬りつける。間一髪火竜は身を丸め、背中でその一撃を受けると甲高い金属音が鳴り響き火花が散った。

火竜の鱗はエクスカリボーンの刃でさえも通さなかった。しかし、エクスカリボーンも刃こぼれした様子はなく、炎に照らされたその刃からは神々しい輝きを放つ。


 一連の攻防を茫然と見ていた俺であったが、突如後方から呼ぶ声に振り返った。


「べんり、べんりっ! こっちだっ!」

「ルゥルゥ? おまえ一体どこから?」

「いいからっ! この窪みに身を隠せ。聖剣を手にしたアマンダ姐さんなら、あんなドラゴン、簡単にやっつけてくれる」


 アマンダ姐さん? そうか、あの紅の騎士がルゥルゥの慕っている姐御ってわけか。まさかローリン以外にあの聖剣を扱える人間がいるなんて思いもしなかった。

 実を言うと俺も、一度あの聖剣を持たせてもらったことがある。鞘に収まっている時にはちょっと重量感があるだけの普通のロングソードなのに、鞘から引き抜くと異常に重くなるのだ。ローリンから受け取った瞬間に俺の両肩は外れた。もちろんパワビタンですぐに回復したのだが、あんなもんをいつも涼しい顔して振り回しているローリンは、もはや化け物であるとその時俺は思った。


 目の前でエクスカリボーンを操る紅の騎士アマンダを見つめながら、ローリンは今なにを思っているのだろうか? 俺は声をかけようとするのだが先に口を開いたのはルゥルゥであった。


「これで最強の騎士の名は姐さんのものだ。聖剣さえ手に入れてしまえば実力で言えば姐さんの方が上に決まってる。聖騎士ローリンっ! 姐さんの力をとくとその眼に焼き付けろっ! そして、最強のドラゴンバスターの名は姐さんのものになるんだあっ!」


 人の物を盗んで置いてなにを言っているんだと言いたいが、それがこちらの世界でのルールなのだろう。力のあるものが奪い、ないものが奪われる。そんな弱肉強食の世界。ついこの間まで戦乱の世だったのだ。平和な時代に生まれ育ってきた俺達とは価値観がまったく違うのだ。


 ルゥルゥの言う通り、アマンダは火竜を相手に互角に戦っているように見える。火炎の息を切り裂き、尻尾や体当たりの攻撃は身を躱す。あの巨体でありながら火竜は恐ろしく早いのだが、そのスピードを上回る動きで四方八方へと跳び回り攻撃を浴びせるアマンダは、ローリンに引けを取らない実力のように思えた。


 そんなアマンダの戦いを見つめながらローリンは神妙な面持ちで告げる。


「ルゥルゥさん、彼女に聖剣をすぐに返すように言ってください……」

「はあ? 何言ってんだよ。あの剣はおまえなんかより、姐さんが持っている方がその能力を存分に引き出せるんだっ!」


 ローリンはルゥルゥの目を真っ直ぐ見つめて言い放った。



「あのままでは、アマンダさんは死んでしまいますよ」




 つづく。

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