第百八十一話 消えた聖剣と迫りくる脅威③
ローリンの前で横並びになり正座をすると俺は深々と頭を下げた。
「申し訳ございませんでしたあああああっ!」
両隣に正座しているソフィリーナとぽっぴんも神妙な面持ちで項垂れている。
そんな俺達のことを無表情のまま見下ろしているローリンは微動だにしなかった。
怒るでもなく落胆するでもなく、ただただ感情のない死んだ目で俺達のことを見下ろしている。そうすること数分間、この沈黙に耐えきれず床に擦りつけていた頭を上げようとした時、ローリンがぽつりと静かに零した。
「もう……お……です」
「え? なに?」
よく聞き取れず顔を上げて聞き返すと、ローリンは真っ青になりながら絶望の表情を浮かべて掠れた声で言う。
「もう、お終いです……私達の人生はこれで終了です」
「え? なんで? 剣を盗まれたくらいで」
そんな俺の言葉に死んだ目をしていたローリンの瞳に光が宿る。そうこれは怒りの炎だ。
「盗まれたくらいでぇ? なにを言っているんですかべんりくんっ! エクスカリボーンをなんだと思っているんですかっ!? そこらの武器屋で売っている剣とは違うんですよっ! あれはれっきとしたレギンス皇家に代々伝わる秘宝っ! 謂わば国を現す神器なんですっ!」
「そんなこと言われても、なんでそんな大事なもんを他人のおまえが持って……」
「色々あったんですよっ! あぁ……どうすれば……私のことを信頼して聖剣を預けてくれたジュリアに合わせる顔がないです……」
両手で顔を覆い泣き出してしまうローリン。するとソフィリーナが俺に耳打ちしてきた。
「べんりくん。ここはとにかく平身低頭謝り続けるしかないわ。落ち着いたところで剣を取り戻す算段を考えましょう」
俺は深く頷くと床に額を叩きつける勢いで頭を下げるのだが、ローリンは大きく嘆息すると力ない声で俺達に告げた。
「もう……諦めましょう。私もいけなかったんです。聖剣を、鍵もかけずにロッカーに入れておくなんて、危機管理が甘かったです」
「い、いやローリン。俺の所為だ、俺がちゃんとルゥルゥを見ていなかったから悪いんだ。必ず見つけ出して取り返すから、それまで待って」
するとローリンは首をぶるぶると振って、俺の言葉を遮るように言った。
「いいえ、そう長く隠し通せるものではありません。あの女性を見つける前に聖剣を紛失したことはバレてしまうでしょう。そして、どんな理由にせよ聖剣を盗まれたのは事実です。極刑は免れないでしょう。それがたとえ救国の英雄と呼ばれた聖騎士であってもです。聖剣を失うなど、皇帝陛下のお命を奪われたも同じ、私達は全員火刑台にかけられてこの店も取り潰しとなるでしょう……」
え? まじで? なに言ってるの? 火刑台って? そんな残酷な刑罰を受けるの? やめてよ、取り返すからさ。必ず取り返すからさああああああああっ!
ローリンの神妙な面持ちに、その言葉が嘘ではないと俺達は直感する。そこで初めて俺は、自分の仕出かした事の重大さに気が付くのであった。
逃げられない、もう絶対に逃げることは出来ない。いくらローリンやぽっぴんが強力な戦闘力を持っているとは言っても、帝国を相手に逃げ切ることなど不可能だ。
どうしてこんなことになってしまったんだ。俺はメームちゃんを助ける為に、冒険者ギルドでドラゴンの情報を手に入れることができないかと思っていただけなのに、どうして……。
「いいやローリン……ルゥルゥの行く当てならわかるぜ?」
俺はそこであることに気が付いた。その言葉に全員が驚いた表情を見せる。
「べんりくん、本当に? 本当にあの子がどこにいるかわかるの?」
ソフィリーナが心配そうな声で聞いてくる。また適当なことを言ったら火刑台の前にローリンにぶっ飛ばされて死んじゃうとでも言わんばかりだ。
「正確には、恐らく現れるであろう場所に心当たりがあるってだけだけど」
確証がないことを告げると全員が肩を落とし落胆するのだが、それでもなにもないよりはマシだと俺は説明を続ける。
「まあ聞けよ。あいつは最近、ここいらにドラゴンが現れたって言っていたんだ。だから恐らく、ドラゴン討伐の為に聖剣を盗んでいったんじゃないかと思う」
「いやいやべんりさん。そんなの、あのちっぱい娘がべんりさんに近づく為のでまかせですよ」
ぽっぴんは呆れた表情でそう言うのだが、俺にはもう一つ引っ掛かっていることがあった。
それは、ルゥルゥの言っていた“北方の魔王軍”という言葉だった。
北方の地では魔王軍の進撃、特にドラゴンの猛攻に苦しんでいると、そう言ったニュアンスのことを言っていたのだ。あの時のルゥルゥの迫真に迫る表情を俺は忘れられない。
そのことを説明するとローリンは納得とはいかないまでも、可能性はあるといった感じで質問してくる。
「それでべんりくん。そのドラゴンとはどこに現れるのでしょう?」
「それがわかれば苦労はしないんだが……」
どうしたものかと悩んでいると、売り場の方から来客を報せるメロディーが聞こえる。今日はもう店を続ける気にもならないのでこのお客さんが買い物を終えたら店仕舞いにしようと考えるのだが、大声でローリンを呼ぶ声が聞こえた。
「ローリン様っ! ローリン様はいらっしゃいますかっ!」
その声にローリンは入って来た客を監視カメラの映像で確認すると驚きの声を上げた。
「サ、サーヤ!?」
誰だっけそれ?
つづく。
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