第百六十話 死に至る病に至るまでの病①
ピピピ!
体温計を受け取ると液晶画面に出ている数字を見る。
「37度8分か、結構高いな」
「すいませんべんりくん。けほっ、けほっ、まさかパワビタンが風邪には効果がないなんて思いませんでした。けほっ」
咳き込みながらローリンは申し訳なさそうな顔をする。こちらの世界でも冬場はインフルエンザが大流行するらしく要注意しなければならないのだが、ローリンはウィルスに感染し発症してしまったのだ。
インフルエンザは非常に感染力が強く爆発的に流行する感染症なのは言うまでもない。症状は、呼吸器系の炎症による咳、のどの痛みに加え、高熱を伴う病気でお年寄りや子供に限らず、成人であっても体力が低下している時などに発症すると、死に至る可能性もある危険な病なのだ。
「これからもっと熱が上がる可能性もあるし、店から凍えピタとスポーツ飲料を大量に持って来たからしばらく安静にしてろよ。薬があればいんだけどなぁ。マーサさんならなんか持ってそうなんだけど」
「大丈夫ですよ。けほ、風邪なんていつも、一晩寝ればすぐに治っちゃいますから」
「おまえインフルエンザと風邪を一緒にするなよ」
俺が呆れ顔で言うとローリンは「じゃあ……」と言って布団で顔の下半分を隠しながら恥ずかしそうに言う。
「べんりくんが一日看病してくれたら、元気になると思います」
やれやれ、甘ったれた奴だ。まあそのつもりで来たからいいんだけど、大体女の子の看病になぜ男の俺が駆り出されたのかと言うと、女子の人手が足りないからだったりする。
ローリンと接触のあった女子は軒並み全滅であった。一緒にシフトに入っていたぽっぴんとユカリスティーネも寝込んでいるのでソフィリーナが看病している。
騎士団の仕事で一緒になったオルデリミーナも発病、エミールが看病していて、メームちゃんが持ち帰ったウィルスにより魔族達は全滅であった。
恐ろしい、マジでインフルエンザ恐ろしいよ。ちゃんと予防注射は受けないとダメだな。
そんなこんなで仕方がないので俺がローリンの看病に来てやったわけだ。
ローリンちに来るやいなや、なにを血迷ったのかこいつは俺をおもてなそうとふらふらになりながら色々やろうとするのだが、こんな状態で馬鹿なことをやっているんじゃないと、パジャマに着替えさせてベッドの中へと放り込んでやったのがさっき。
額に凍えピタを貼ってやると気持ちが良いのか、ローリンの表情は幾ばくか安らぐ、「少し休ませてください」と言うとそのまま目を瞑り寝息を立て始めるのであった。
て言うか、手を握ったまま寝ちゃったから動けないんだけど。
三日後。
インフルエンザ自体を治すことはできなかったが、栄養ドリンク等の効果もありローリンと発症した他の皆の容体もすぐ良くなった。まあ、あっちの世界では一週間くらいは自宅待機してないといけないくらい感染力の強いウィルスではあるが、はっきり言って熱さえ下がってしまえば健康体と変わらないので暇なんだよね。
そして、当然の結果と言えば当然なのだが。
「げほっ。げほっ。げえええほっぉぉぉおおっ! あぁぁぁぁダルぃぃぃぃ。頭ガンガンするぅぅ。喉痛いよぉ。げえっほおおおおおっ!」
俺にも感染しました。
「まあ当然っちゃ当然よねぇ。今日は一日私が看病してあげるから、ありがたく思いなさいよぉ」
俺の額の上の濡れタオルを変えながら、ソフィリーナが恩着せがましく言ってくる。
くっそぉ、こいつに看病なんてさせたら後で色々と言われそうで嫌だなぁ。あの時誰が面倒見てやったと思ってるのっ! とか事あるごとに言ってきそうで想像するだけでマジでウザい。
「いえいえソフィリーナさん。ここは一度ウィルスに感染して抗体のできた私が看病するべきです。ソフィリーナさんは感染する恐れがあるのでなるべくべんりさんには近づかない方がいいですよ」
その様子を見ていたぽっぴんがソフィリーナの肩に後ろから、ぽんっと杖を乗せる。いや、葱を乗せる。
その葱でなにをするつもりだ? お尻に刺すのだけはやめてね。
「大丈夫よぉぽっぴん。あんたの看病している時にどうせ感染しているだろうし、今更一緒よぉ」
「いえいえ、このウィルスは潜伏期間が短かったので発症していないソフィリーナさんはまだ無事ですから」
うるせえなこいつら、誰でもいいから静かしてくれないかな? 寝たいんだけど。
俺の横で看病をするしないと言い争いを始める二人、するとバックヤードのドアがバタンっ! と大きな音を立てて開き、ドタバタと慌てた様子で誰かが駆け込んできた。
「はあっ、はあっ! べんりくんがインフルエンザになったって聞いてっ! 私が看病のお返しをしますので、お二人は気になさらずに休んでいてくださいっ!」
両手に袋いっぱいのなにかを持ったローリンがそう言うのだが、あれは……袋からひょっこりと頭をだしている青いあれは、完全に葱だな。
そんな大量の葱をどうするつもりかは知らないが、またややこしい事になりそうだなと病床で戦々恐々としていると、またバックヤードのドアが開く。
「べんりー、かんびょうにきたよー。めーむがそいねしてあげるー」
その瞬間、バックヤード内に流れ出す不穏な空気を感じ取り、俺は高熱から来るものとは違った悪寒を感じた。
あぁ、もうダメ。これ、絶対にバーベキューの悪夢再来だわ。
女達の後ろで気の毒そうに俺のことを見ている獣王の目が忘れられなかった。
つづく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます