第百五十四話 魔法少女の恋する力は無限大②

 ティアラちゃんの後を追い、再び階段を駆け上がると屋外へと出た。

 360度、遠景を見渡せる見張り台の様な場所なのだがかなり広く開けた校舎の屋上のような場所、俺とぽっぴんはティアラちゃんの後姿を確認すると足音を殺しながら近づいて行く。

 ティアラちゃんは遠くを見つめながら微動だにしなかった。その後姿からは何を見つめどのような表情をしているのか想像もつかない。ただ黙って、じっと遠くを見つめるティアラちゃん。遥か遠い過去の景色を、この変わることのない大自然に重ねて見ているのか、それはティアラちゃんにしかわからないことであった。


「まだ懲りずに後を追ってくるのか、いい加減諦めたらどうだ?」


 ティアラちゃんは俺達に気が付いていたらしい、振り返りながらそう言うと長い黒髪が風に揺れる。


「生憎諦めの悪さだけが俺の取り柄なんでね。7年間もたった一人で深夜のコンビニを守り続けた俺の根性を舐めるなよ」

「ふん。ただ単に、いいように使われていると知りながらも、変化を恐れ転職できなかっただけだろうに」


 そういうこと言わないで、心を抉られるから本当のことを言わないでえええ。


「ポッピヌプリム。あなたも、私には敵わないって身を持って知ったでしょうに」

「私はそんな名前ではありません。私はぽっぴんぷりんです。賢い美少女賢者の私の辞書には、諦めると言う言葉はないのですっ!」

「その男に誑かされでもしたか、憐れな娘だな」


 ティアラちゃんの言葉にぽっぴんは真っ赤になりながら反論しようとするのだが。なにを動揺しているのかオロオロとしながら言葉が出ないようである。その反応に俺もちょっぴり恥ずかしくなったのだが、今はメームちゃんを助けることだけを考えよう。


 俺はティアラちゃんの傍らで、魔方陣の枷に囚われ動けずにいるメームちゃんに視線を送った。


「マギナを助けたいか?」

「メームちゃんを道具みたいに呼ぶんじゃねえ」

「一緒であろう、なんと呼ぼうがこれの役割はギアムに魔力を供給すること、それが」

「それ以上言ったらマジでぶっ飛ばすぞっ!」


 ティアラちゃんの言葉に被せ気味に怒声をあげると、隣に居たぽっぴんがビクリと驚き不安気な目で俺のことを見つめていた。

 対照的にティアラちゃんの表情からはなんの感情も読み取れない。相も変わらず冷たい目で俺達のことを見つめ淡々とした様子だ。


「ティアラちゃん、もうやめよう。どうしてこんなことをするんだ? ティアラちゃんは、大切な家族を古代の戦争によって奪われたんだろう? だったらどうして、そんな憎むべき戦争の火種を世界にばら撒くような真似をするんだ? どうして……」


 そうだ、ティアラちゃんのしようとしていることはとても悲しいことだ。それを思うと俺は言葉が詰まってしまう。

 しかし俺の言葉にティアラちゃんの目に再び怒りの炎が宿る。どうやら俺はティアラちゃんの地雷を踏むのが得意らしい、毎回説得しようとする度に逆に火を点けっちゃってるんだけどなんなのこれ?


「違うな。戦争が私の家族を奪っただと? ハハハ、なにもわかっていないな小僧。パパとママの命を奪ったのは他でもない人間だっ! 守ろうとしたのに、パパはおまえらの命を財産を家族を、愛する人をおおっ! なんで? どうしてパパが殺されなければならなかったの?」


 怒り狂うティアラちゃんの言葉に俺は返す言葉もなかった。ティアラちゃんのパパやママや妹は戦争で死んだのではないのか?


 俯きワナワナと震えながらティアラちゃんは、怨嗟の念を籠めながら言い放った。


「人を殺すのは人の悪意だ。戦争なんてものはそれに付随してくる事象にすぎない。人の悪意だけが人を殺すのだあああっ! だったら私は、私の愛する人たちを奪った人間達に復讐する。ただ世界を滅ぼすだけでは駄目だっ! 奴らの用いた悪意を世界中にばら撒き、そして根絶やしにしてくれるっ! そうして初めて私の復讐は完成するのだっ!」


 最早、憎悪の塊。そうとしか形容できないような表情で目で声で、俺達にその怒りをぶつけてくるティアラちゃん。何も言えない、何もできない、最早ティアラちゃんは憎しみ以外の感情は持ち合わせていないように思えた。想像もできないような長い年月をかけて、愛情や悲しみと言う感情が風化していく代わりに、怒りと憎しみだけが膨れ上がり肥大化していったのだろう。


 それは、復讐鬼という悲しい化物モンスターに成り果てた姿であった。


 そんなティアラちゃんの怒りに応えたのはぽっぴんであった。いや、応えたと言うか、これは完全に煽っていると言っていいだろう。


「そんなことはどうでもいいです。おまえの事情など私達には関係ありません。同情でもして欲しいのであれば教会にでも行ってこいやこの構ってちゃんがあっ! おまえのやっていることは単なる八つ当たり。過去にどうすることもできなかったから、今の時代の人達に当たっているだけだっ!」

「黙れ……私の怒りなどお前達には決して理解できない」

「理解なんてしたくもねえっ! 大体復讐をしたいなら過去の奴らに直接しやがれってんでい。過去に戻って、ちまちまと何をやっていたんだ? 要するに過去だとちょっとばかし手こずりそうだから、イージーモードの今の時代で手を打とうって腹じゃねえかいこんちくしょうがあっ!」


 おまえ、さっき下で過去改変とかマジ許せねえとか言ってたのに、過去で復讐しろとか言ってることが矛盾してるぞ。


 しかしこれまで、完璧なまでのスルースキルを見せてきたティアラちゃんが、意外な反応を示す。復讐と言う憎しみの感情以外を露わにしてこなかったティアラちゃんが、ぽっぴんの言葉に初めて反応してみせたのだ。


「黙れえええっ! だったらどうしろと言うのだっ! 私のこの、ぶつけようのない怒りを悲しみを、誰に? どこにぶつければいいのだっ! 何万年と言う時を、その為だけに生きてきたのだぞ私はぁっ!」

「知るかボケっ! ごちゃごちゃと御託を並べてねえでもう一度私と勝負しろやごるぁぁぁああああっ!」



 なんだかわらかないが勢いだけでリベンジマッチに持ち込もうとするぽっぴんに、もうどうしたらいいのかわからなくなったティアラちゃんも乗ってくる。


 完全に泥仕合の様相を呈するのであった。




 つづく。

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