第百三十話 満月の夜とメイムノーム
「ま、べつにいんじゃね?」
メームちゃんのこの一言で、獣王置き去り事件は無事解決した。
今は和気あいあいと馬車の旅を楽しんでいる次第だ。あいつも豪華クルーズの旅を続けられるんだしいいだろう、貨物室だけど。
町を抜けると馬車は田舎道を走る。自然豊かな山野の広がる道をのんびりと眺めていると、なんだかとても落ち着いた気持ちになり、いつしか俺達は歌を歌い始めるのであった。
しばらくすると馬車は山道へと入る。それほど勾配のきつい坂道ではないのだが、こんな重いものを引かされている馬も大変だなぁ。なんて思っていると馬車が急にガタンと揺れて動かなくなった。
「あちゃー、溝に車輪が嵌っちまったみてえだ。お客さん悪いんだけど荷台を後ろから押して貰えるかい?」
御者のおっちゃんに頼まれて俺達は馬車から降りると手伝うことにした。
ここら辺は休戦直後の混乱の中、山賊なんかもよく出るらしいのでいつまでも立ち往生していたら危険だ。と、なんか荒野の用心棒みたいな人が辺りに気を配りながら警戒していた。あの人なんで常に藁みたいの咥えてんだろう?
ローリンが片手で軽く一押しすると車輪は直ぐに抜けた。それを見て御者も用心棒も驚いていたのだが、俺達はまあ見慣れた光景なので構わず再び馬車に乗り込む。ローリンだけは真っ赤になって恥ずかしそうにしているのであった。
そうして山道を進んで行くと次第に陽も傾き出し辺りは暗くなり始めていた。下りの中腹辺りで、今日はここで野営と言う事になった。
まあ野営と言っても急遽そうなったわけではなく、ちゃんと予定通りここは巡回馬車の中継地点。井戸や薪なんかもしっかり完備されている場所であった。
御者のおっちゃんが夕飯を作ってくれている間に、俺達は明日以降の行程を話し合うことにした。
「この進捗なら明日の昼過ぎくらいには村に着くと思いますので、まずは私の家に行きましょう」
「そうだな。それにしてもいきなりこんな大勢で押し寄せて迷惑じゃないかな?」
「それなら心配に及びません。山奥の村で暇を持て余してるじじいなので、若い娘がこんなにいっぱい来たら大喜びだと思います」
ああそうね。男だったら誰だって喜ぶだろうねそりゃ。
じじいが皆に失礼なことをしたら、魔法でぶっ飛ばすと言っているのでまあ大丈夫だろう。むしろじいさんの方が心配だ。
ぽっぴんの家で一泊したら次の日には【巡礼の丘】に向けて出発したいと言うと、それは無理だとぽっぴんは言う。
どうやらそこは神聖な場所らしく、お浄めの儀式を受けた者しか立ち入れない場所らしいのだ。だから一日掛けて村長の元でその儀式をした後になるので、最低でもあと二日は見ておかないといけない。まあそう言う決まりなんだから仕方ないよね。
そうこうしている内に良い匂いが漂ってくると、夕飯が出来上がったので頂くことにするのであった。
御者のおっちゃんが腕によりをかけて作ってくれたと言うシチューが振る舞われる。
冬の寒空の下、木の皿と匙で食べるそれは、冷え込んだ身体を内側から温めてくれて本当に美味かった。
焚火に照らされながら見上げる冬の星空はとても綺麗で、ユカリスティーネが星座を一つ一つ教えてくれて、なんだかとても神秘的な気持ちになるのであった。
そして女子達は馬車の中へ、男達は火の番をしながら温かい毛布に包まれて眠りに就くのであった。
寝苦しい、なんだ? 体が重い。なにかが俺の上に伸し掛かっているような感じがする。え? なにこれ? やだこわいっ! なにか山の中にいる妖怪とか悪霊とか、なんかそういうのじゃないかっ!? どうしようどうしようどうしよおおおっ!
「べんり。起きているか? 我だ。メイムノームだ」
耳元で囁いたのはメームちゃんであった。吐息が耳をくすぐってなんだかぞくぞくしてしまう。
俺はゆっくりと目を開けると、満月の光に照らされたメームちゃん……メイムノームが俺の上に馬乗りになっている姿が浮かぶ。
とても綺麗であった。
淡いブルーの月明りを纏った白銀の美女が、俺の上で妖艶な笑みを浮かべている。
「ど、どどど、どうしたのメームちゃん?」
「我にもわからん……わからんのだが、どうにも今夜は疼いて仕方ないのだ」
頬を上気させながら目を潤ませて切なげな吐息を漏らすメームちゃん。
「う、ううう、疼くって……。え? なにが?」
「みなまで言わせるな。我だって恥ずかしいのだ……べんり……」
そう言うとメームちゃんは俺にゆっくりと口づけをするのであった。
メームちゃんの柔らかい唇の感触に俺の思考は一気に蕩けだす。メームちゃんから香る甘い匂いが鼻腔をくすぐる。もうこのまま欲望に身を任せて……。
いかんいかんいかんっ! なにを考えているのだ俺はっ! 皆が居るんだぞ、初めてが青○だなんて、やっぱりちゃんとお家で喪失したいっ!
「ちょっ! ちょちょちょ、落ち着いてメームちゃん、やっぱりこういうのはその、ちゃんとしてから」
「なにがだ? 我とべんりは婚約者であろう? もう子供ではないのだ。こういうことをするのはごく自然の成り行きであろう?」
「いや、そうは言っても心の準備がまだ」
するとメームちゃんはするりと服を脱ぎ、肩まではだけさせると上目遣いで俺に言ってくる。
「べんり、いくらお前よりも長く生きているとは言っても、我もこういうことは初めてなのだ……だから、女に恥をかかせるな」
ズキューンっ!
ル○ンダイブって本当にできるんだなぁ。と思いながら宙を舞う俺はスローモーションであった。
メームちゃんに飛び掛かった瞬間、俺はその場で組み伏せられると口を手で塞がれる。
「んっ? んんんっ!?」
わけが分からず声を上げるとメームちゃんは小声で俺に警告してきた。
「騒ぐな……囲まれている」
そう言うとメームちゃんは暗闇の向こう、森の中を凝視するのであった。
つづく。
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