第百話 遥けき異世界の地より、尚輝けり懐かしの我が家⑤
殺される! 呪い殺される! 怖い怖い怖いもう無理マジ無理いいいいっ!
こんな所に来るんじゃなかった。大人しく異世界生活を満喫していればよかったのに、なんで帰りたいなんて思ったんだろう。向こうの世界でいいことなんてなにもなかったじゃないか、毎日毎日家とコンビニの往復で、たまの休みも遊びに行くでもなく夕方過ぎまで寝て、起きても録画していたアニメを見るかネットをするだけの日々。
そんな生活に戻りたいと思った結果がこれだ。こんな恐ろしい目にあって、俺はサダコに呪い殺されようとしている。こいつは遂に異世界にまでやってくるようになったんだああっ!
俺はその場から逃げ出そうとするのだが腰が抜けてしまい思うように動けない。なんとか這うようにして玄関まで向かうのだが部屋中の物がドロドロと溶けだして床に溜まって行く、それがぬるぬるとしていて滑るので思うように前に進めなかった。
「いやあああああああっ! こないでええええっ!」
もう必死である。絶叫しながら足元から迫ってくるサダコの顔面に蹴りをお見舞いするのだが。
「あっ、べんりっ、さんっ! ちょっ! いたっ! あんっ、もっとっ!」
なんだか蹴られるたびに嬉しそうにしている……コワイ。
ヒイヒイと息を切らしながら俺は台所まで来るとシンクに掴まり立ち上がろうとするのだが、玄関にボーっと浮かび上がる骸骨のような男の影。
「ぎゃあああああああああああああっ!!」
「え? うわああああああああああっ!!」
俺の悲鳴につられて骸骨も悲鳴をあげている。
なんだなんだなんなんだ? 目の前には骸骨の男、背後からはサダコ、もう逃げ場はない。こうなったら死なば諸共だ。
俺は足元に散らばっていたスポーツ新聞を拾うとそいつを丸める。そして台所にあったライターを手に取るとそれに火を点けた。
「こうなったらおまえらも道連れだあああああああっ! えぐっ! えぐっ! この建物ごと灰にしてやるうううっ!」
しゃくり上げながら火の点いた新聞紙を振り回すと、サダコが慌てた様子でなにか叫んでいるのだが俺の耳には入らない。
「べ、べんりさん落ち着いてくださいっ! 悪ふざけが過ぎました! 謝りますから早く火を消して、それは不味いですっ! そのスライムは火を点けるとばくはっ」
次の瞬間、新聞紙の火がスライムに引火して、目の前が光に包まれると大爆発を起こすのであった。
それはぽっぴんなりのサプライズだった。
懐かしの我が家に一人きりになった俺にドッキリを仕掛けたと言うわけだ。色んなネタはコンビニにある都市伝説系の漫画から仕入れたものらしい。
それにしても部屋にある物のほとんどは擬態能力のあるスライム達を利用して作ったと言うのだから驚きだ。あの部屋の殆どの物がスライムだったのかと思うとゾッとしてしまう。
今回のドッキリの仕掛け人として、この悪ノリに参加した奴らが二人居る。リサとインポテックだ。
テレビの中から出てきたのはリサで、ずっとスライムの中で待機していたというのだから、はっきり言って馬鹿である。なんだか癖になりそうな感触だったと言うからもうこいつの感覚にはついていけない。
そして冷蔵庫の冷気や赤い部屋のブラクラはインポテックの魔術を応用したもの、隣の部屋で待機していたらしいのだが俺の叫び声を聞いて成功したと思い部屋までやってきたらしかった。
しかし恐怖のあまり暴走した俺の行動により、火を点けると爆発するスライムの特性の所為でアパートの部屋が一室吹き飛ぶと言う結末で今回の件は幕を閉じたのだが……。
「まったくおまえは……たかがドッキリの為にどんだけ周りに迷惑をかけてんだよ」
「め、めんぼくないです……」
正座をさせられて説教を喰らい肩を落とすぽっぴん。
「まあまあべんりくん。あそこは他に住人の居ないアパートだったからよかったじゃないですか」
「よくないっ! ご近所の方々にどれだけ迷惑がかかったと思っているのだ! あと俺はまた死にかけたっ!」
ぽっぴんを庇うローリンであるが、俺の反論に言い返せない様子。ますます落ち込んでしまうぽっぴん。とまあ、とりあえずちゃんと叱るところは叱っておかないと、こいつは反省しなさそうだから厳しく言ったのだが、一応お礼も言っておくか。
「まあそれでも。俺の為にあそこまでやってくれたことは感謝している。短い時間だったけどあの部屋に入った瞬間、本当に元の世界に帰れた気がして……いや、あの時、俺は本当に元の世界に戻ったんだと思う。ありがとうぽっぴん」
俺の言葉にぽっぴんは驚いた顔をしているのだが、少し照れくさそうにしたあとにニッコリと微笑むのであった。
「あーあ、それにしても、私も行ってみたかったなぁ。べんりくんの部屋」
「なんだよローリン。じゃあ、元の世界に戻れたら俺んちに来るか?」
その言葉に一瞬ぽかーんとなると、急に慌てふためき真っ赤になるローリン。一体なんだと言うのだ。
そんな感じでバックヤードから出てくると、ソフィリーナとオルデリミーナがなにやら神妙な面持ちで俺のことを見てきた。
「オ、オルデリミーナ、その……。今回も騒動を起こして悪かったな」
爆発事件を起こしたのだ。その後の騒動は言うまでもなく、治安維持の為に騎士団までもが出動していた。
「まったくおまえらも懲りない奴らだな。まあいいそれよりも……」
あれ? またすんごく怒られると思ったのになんだろう?
オルデリミーナは呆れた様子であったが、それ以上俺のことを責めるでもなく、なにかを言いだせずにいる様子であった。
そしてゆっくりと説明を始めたのはソフィリーナであった。
「あのねべんりくん……爆発のあった部屋の焼け跡からね。その……なんと言うか言いづらいんだけど……」
「な……なんだよ? 歯切れが悪いな。はっきり言えよ」
ソフィリーナは一瞬間を置くと重い口を開いた。
「崩れた壁の中から白骨化した人の遺体が出てきたらしいの……」
え? 人の遺体? なにそれ?
その言葉にぽっぴんがなにか思い出したかのように付け加える。
「そう言えばべんりさん。赤い部屋のブラクラの後に何か文字が出てきたって言ってましたよね?」
「あ、ああ……誰か助けて、って文字が……」
「そんなドッキリ、私もインポも仕込んでないのですが……」
その言葉に全員が青褪めると、涼しい風がコンビニ内に吹いたような気がするのであった。
そして後日、部屋のリフォーム代金の請求書を見て更に俺は青褪めるのであった。
ちゃんちゃん。
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