第九十九話 遥けき異世界の地より、尚輝けり懐かしの我が家④

 ふと目を覚ますと真っ暗な部屋の中、俺は枕元を手探ってスマホを見ると0時を回る頃だった。

 そろそろ起きてシャワーを浴びてバイトに行く準備でもするかなと、まだ薄いモヤがかかったような頭で考えるのだが。


 そっか……、ここは異世界だったな。


 自分は今異世界に来ていてぽっぴんの用意してくれた部屋に居ることを思い出した。

 そうやって布団の上でゴロゴロとしていると、カーテンを閉め忘れていたので窓の外に月が見えることに気が付いた。

 金色に輝く月を見つめているとぼんやりしていた頭も次第にはっきりしてきて、ひょっとして今までのは全部夢だったのではないか? そんな気がして俺は起き上がると窓を開けて外の景色を見た。


「まあ、そうだよな。夢にしちゃ長すぎるってもんだ」


 独りごちる。窓の外には見慣れた異世界の街並みがあった。

 異世界の深夜はとても静かだ。松明の明かりがぽつんと遠くに見えるだけで街灯などもほとんどない。繁華街に行けば多少は賑わっているが、基本は日が沈めばみんな家に帰りこんな時間まで起きている人などはほとんどいないのだ。

 ちょっぴり寂しくもあるが、そんな静かな秋の夜空になんだかノスタルジックな気持ちになると、俺はふと誰かの視線を感じた様な気がした。

 それも、外からではなく俺の部屋の中からだ。更になにか、人の息遣いのようなものも感じる。


 いやいや、気のせいだろう。ボロいアパートだからな。隣の住人の気配かもしれない。


 カタンッ!


 台所の方で鳴った物音に俺はビクっとする。なにかが落ちたのかな? 俺は音の正体がなんなのかを確かめないと気が済まないタイプの性格なので、冷蔵庫に麦茶を取りに行くついでにと台所に向かった。

 月明りが射しこみ薄っすらと明るい部屋の中、電気も点けずに冷蔵庫を開けるのだが室内灯が切れているのか中は真っ暗、いや、さすがのぽっぴんもそこまでは気が付かなかったんだろうな。まあでも、よくここまで再現してくれたもんだ。そういやちゃんとお礼も言ってなかったし、朝になってコンビニに行ったらプリンでも買ってやろうと思うのだが、冷蔵庫の中に手を伸ばした時に得体の知れない何かに触れた。


「うぉぉおおうぅっ!?」


 なんだか生温くてぬめぬめベトベトした液体の様な物が冷蔵庫の中に溢れている。


「な? なんだこれ? なんか溶けて上から流れでてきてるのか?」


 恐る恐る上の段、冷凍庫のドアをゆっくり開けるのだが内部から押されるように圧迫感を感じると気持ちの悪い液体が大量に流れ出てきた。


「うわああああああああっ! な、なんだこれえっ!? 血? 血かっ!? うわああああっ!」


 薄暗いのでその液体が何かはわからなかったが咄嗟に俺はそう思った。

 とにかく確かめるために部屋の明かりを点けようとするのだが、その液体に足を滑らせて俺は転びそうになる。

 危うく目の前のパソコンデスクにしがみつくのだが、その拍子にパソコンの電源が入ってしまった。



 ピッポッパッピッピッポ・トゥルルルル・ビヨンビヨン・ピー・シュゴォォォオオ・・シャアアアアア!



 な? なんだ? え? ダイヤルアップ回線? 懐かしいっ! そう言えば今はテレホタイムの時間帯だなっ!


 茫然としながらパソコンの画面を見ていると、勝手にポップアップウィンドウが開き画面が赤くなる。

 これまた懐かしいブラクラだなと思っていると突然画面が消える。次の瞬間ブルーバックになったかと思うと画面上に無数の文字が勝手に打たれ始めた。



―― 誰か助けて誰か助けて誰か助けて誰か助けて誰か助けてだれk ――


「きゃあああああああああああああっ!!」


 恐ろしさのあまり悲鳴を上げる俺。なんだここは? 事故物件かなんかだったのか? そう言われるとなんかボロボロで安そうだし、そもそも俺以外に住人は居るのだろうか? まるで人の出入りを感じられない。だいたい賃貸物件をこんな勝手にリフォームしてしまって何も言われないのだろうか? 誰も借り手が付かないから好きにしていいよって言われたのかもしれない。


 どうしよう? 怖い怖い怖い怖い、もう無理だっ!


 俺は外に出ようとするのだが今度は何かを踏んで転んでしまった。その瞬間テレビの電源が入ったのでおそらくリモコンだろう。


 画面には砂あらし、「ザー」と音を鳴らしながら煌々と光るテレビ画面。

 当然だ。こちらの世界でテレビ番組を放送しているわけがないから、電波を受信することなんてありえないのだが、突如画面が切り替わる。


 え? なんで?


 俺は目の前の光景に愕然とした。


 テレビ画面にはぼんやりと人の顔が浮かび上がっていた。


 血の気のない真っ白な顔をした長い髪の女が俺のことをじーっと睨み付けている。

 こういう時、人ってのは本当に思考が停止するのだと後になってから俺は思うのだが、とにかく声も出せずにその女を俺はじっと見つめていた。


 すると女は前の方に迫り出してくる。本当に前へ出てきたのだ。手が頭が肩が画面の中から飛び出して長い髪の毛が畳に垂れる。そしてゆっくりと這い出てくると掠れた声で女は言った。



「べぇぇぇんりぃぃぃぃいいいいい」



「ぎゃああああああああああああああああああっ!」



 つづく。

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