第六十五話 大賢者と夜の街②

 時刻は深夜0時半。


 今日も今日とて皆が寝静まったと思っているぽっぴんは、こそこそと店を抜け出していった。

 すぐに後を追うとバレるので事前に犬を地上に待機させておいて、俺は数分後に店を出た。

 メームちゃんは夜更かしばかりさせると碌な子に育たないのでお家に置いてきた。駄々をこねていたけど今日はお昼寝させなかったので8時頃には寝ちゃったんだけどね。


 さて、地上に出て獣王と合流する為に俺は、予め打ち合わせておいた店に行く。するとその店の扉が豪快に開き中から獣王が蹴り出された。


「うちはペットお断りだよっ!」

「俺は客だわんっ! ふざけやがって、こんな店二度と来ねえわんっ!」


 つくづく可哀相な奴だな。まあ見た目はどこからどう見ても柴犬なので仕方ないだろう。むしろ犬が喋っていることに誰も疑問を抱かないことのほうが不気味だよ。


 地面に唾を吐いて毒づいている獣王は俺に気が付くと駆け寄ってきた。


「おうべんり、遅かったじゃねえか」

「ああ、悪かったな。例の物の回収にちょっと手間取ってな」


 そう言いながら俺はポケットからある布を取り出した。

 それを獣王はなにやら嬉しそう、と言うか明らかにエロい目で見る。


「そ、そうか、まあそれならしょうがないわん。今日こそ嬢ちゃんの行方を掴む為にそれは絶対に必要だからわん」

「ああ、脱ぎ立てホカホカのやつを持って来たからな。じっくりと匂いを嗅ぐんだぞ」


 そう言うと俺は獣王の鼻にそれを持って行く。それをハアハア言いながら嬉しそうに嗅ぎに来る犬、姿形は犬でも変態にしか見えないぞ。いや、完全に変態だなこいつ。


 そして布を獣王の鼻に押し付けた瞬間。


「うっ! おうぇぇぇぇええええええっ!」


 獣王は叫ぶと泡を吹いて卒倒した。そんなに酷い臭いだったのだろうか?


「だ、大丈夫か獣王っ!? そんなにやばかったのか、ぽっぴんの着衣していた衣類は?」

「や、やばいなんてもんじゃないわん……な、なんだそれは? 化学兵器か? 一瞬意識が完全に飛んだわん。い、一体それは?」


 青褪めて震えながら言う獣王。俺は手に持っていた布を拡げて見せると言い放った。


「ぽっぴんが三日間履きつぶしたニーハイソックスだ。脱ぎ立てだぞ?」

「ふっざけんじゃねえよっ! おまえパンツ持ってくるって言ったじゃんっ! 俺、楽しみにしてたんだぞっ!」

「おまえにはより刺激臭の強い物の方がいいと思ったんだよ。パンツは俺が個人的に拝借しておいた」


 俺の言葉になにやら不満顔の獣王、それにしてもこのソックス。そんなに臭いのだろうか? あんな反応を見せられたらちょっと試してみたくなるじゃないか。


 我慢できずに俺はソックスをそっと嗅いでみる。


「ふぐぉおっ! なんだこれは? すっぺえ、いや、酸っぱさの中にあるほのかな苦み、だがどこか甘さもある……なんだこれは? なんか……」


 癖になるぅっ!


 なんだこれは? 臭いことは臭いのだが、なんかもう一回嗅ぎたくなってしまう。そして14歳の足の匂いを嗅いでいる背徳感がまた俺達の煩悩を刺激するのであった。



 10分後。



「さて、もう十分だろう。どうだ獣王?」

「ああ、臭ってくるわん。嬢ちゃんが辿った足跡そくせきが浮かんで見えるくらいに臭ってくるわんっ! ついて来いべんりっ!」


 駆け出す獣王の後を追う俺、中々に頼もしい奴だ。

 流石に犬だな。犬の嗅覚は人間の何百万倍や何千万倍とも言われている。

 人間である俺はソックスを嗅いでも性的興奮しか得られなかったが、獣王はその臭いを視覚的に或いは感覚的に捉えて、まるで足あとを追うかのように道を進んで行った。


 ここまではいつもと同じ道のりだ。ここから先、あの角を曲がったところで見失ってしまうのだ。

 先を行く獣王が角を曲がり、続いて曲がった所で俺はなにかに躓いて転んでしまった。


「いてててっ! 気をつけるわんっ!」

「いってーっ! なんだよっ!? なんでそんなところで止まってんだよこの駄犬があっ!」


 俺と獣王は睨み合いお互い文句を言うのだが、獣王は黙り込むと建物の壁をじっと見つめて呟いた。


「この先から、嬢ちゃんの匂いがするわん」


 なにを言っているんだこの犬は? そこは単なる壁だぞ、なんでそこからぽっぴんの匂いが……いや、待てよ……。


 俺は壁にそっと手を添えると強く押し込んでみた。

 すると壁がズズっと重い動きではあるが奥へと沈んでいく。


「これは、隠し扉だ……」


 忍者屋敷なんかにある隠し扉、何の変哲もない壁を押すとそこが回転して別の部屋や通路に繋がっているというあれだ。


 それにしても随分と重い扉だな、まあ簡単に開いちゃったら隠している意味ないもんな。

 俺は両手でそれを力強く押してみるが3センチほど動いた所でビクともしなくなる。ぽっぴんはこんなものを一人で動かして中に入っているのか? あいつ、どんだけ力あるんだよ。服脱いだら実はムキムキなのかな? ちょっと嫌だなそれ。


「べんり、そこをどくわん」

「なんだよ、おまえ開けられるのかよ?」

「なんとなく、そこから魔力の痕跡を感じるわん。おそらくその扉は力ではなく、魔力に反応して開く仕組みだわん」


 なるほどな。それならぽっぴんでも開けられることに合点がいく。それにしても、犬がそれに先に気が付いたことが妙にムカつくな。


 獣王は前足を壁に付くと目を瞑り魔力を流し込むのだが、扉はピクリとも動かなかった。


「なにも起こらないじゃないか」

「おかしいわん、もう一度っ!」


 そう言って魔力を再び流し込もうとしたところで急に扉が回転して獣王の顔面に直撃した。


「ぐおおおおっ! 鼻が鼻がぁぁっあああっ!」


 鼻を押さえながら地面を転げまわる獣王。


 くそっ! 獣王の鼻が潰されたっ! ここから先ぽっぴんの追跡が困難になるぞ。


 そして開いた扉の奥を見ると受付カウンターの様な所に鎮座している巨大な人影、マ〇コデラックスみたいなおばさんは俺達を一瞥すると問いかけてきた。



「合言葉は?」



 つづく。

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