第四十七話 史上最低の魔法対決? 大賢者対呪術王③

「な……んだ……これは?」


 それはまるで地獄から溢れだしてきた亡者達の魂のよう、彼らの発する断末魔のごとき叫び声を聞く度に胸が締め付けられる苦しみを感じる。

 他の皆もそんな苦痛に耐えるような苦悶の表情を浮かべていた。


「ふはーはっはっはっは! 彼らは先の戦争によって死んでいった人間達のなれの果て。この世に強い未練や後悔、恨みを残していった者達が成仏することもできずに、この世とあの世の狭間を彷徨いながら発する呪いの叫び声は、心の弱い者からたちまち飲み込んでしまうことでしょうっ!」


 くっ、こいつやっぱりクズだった。死んだ人達の魂を使ってこんなことをするなんて、命を弄ぶのとなんら変わらない。


「ばーか! ばーかっ! 調子に乗るからだこの貧乳馬鹿娘がああっ! なにが大賢者ぽっぴんぷりんだぁ? アホみたいな名前しやがって、大人を舐めるなよガキんちょおおおっ! うひょろひょひょーんっ!」


 先ほどの意趣返しであろう、実に幼稚な言葉で煽ってくるインポテックであった。


「相手が亡者であるのなら女神であるわたしの出番ねっ!」

「いいえソフィリーナさん。聖騎士であるこの私がっ!」


 ソフィリーナとローリンが自分の出番だと前へ出ようとするのだが、ぽっぴんは振り返りもせずにそれを拒否する。


「二人とも、すっこんでいてくださいっ! これは私の戦いです。大賢者であるこの私があんな三流魔術師を前に引くことなど絶対にありえませんっ!」


 なにを意地になっているんだぽっぴん。亡者に対して効力のある技を持っていそうなソフィリーナやローリンに任せるのがここは最善だろう。おまえにはまた後で戦わせてやるから今は選手交代をするんだ。

 ぽっぴんを説得しようと口を開こうとしたその時、インポテックの背後にある奇妙な物に俺は気が付いた。

 他の皆も同様、その異様な“ある物”を見て固まってしまっている。


 それは、高さ5メートル近くはあろうかという大きな鉄の門であった。おどろおどろしい佇まいのそれは、門扉の上の部分に髑髏の意匠が施してあり気味の悪さをより際立たせていた。


 皆が黙って見つめる視線に気が付いたのか、インポテックも振り返ると自分の背後にいつの間にか現れていた謎の門に驚いている。


「な、なんだ……これは?」


 インポテックの疑問に答えるようにぽっぴんが呟く。


「デモンズ・ヘルゲート……その門が開け放たれた時、魑魅魍魎共を吸い込み異空間へと封じ込める悪魔の門です」


 門扉が少しずつガリガリと嫌な音を立てて開き始める。そのあまりの不快な音は先程までの亡者達の声がかわいく聞こえるほどである。

 ソフィリーナとローリンも冷や汗を流しながらそれを見つめている。インポテックはガタガタと震えながら動くこともできない様子だ。なにか魔族にしか感じ取れない恐怖でもあるのか、獣王も同じように震えている。

 ただ一人、メームちゃんだけは涼しい顔をしてそれを眺めていた。


「さあっ! 悪霊達よっ、この世から出ていきなさいっ!」


 ぽっぴんが叫んだ瞬間、悪魔の門が一気に開け放たれると、ビュービューと言う音を立てながら周りの空気ごと亡者の魂を吸い込んで行く。


「言い忘れましたが絶対に扉の中は覗かないでくださいっ! なにがあっても覗いちゃ駄目ですよっ!」


 俺達の方へ振り返り叫ぶぽっぴん。そういうことは早く言えよ、危なく覗き込む所だったじゃないか。とりあえず、なんかやばそうなのは伝わってきたので門の方を見るのはやめておこう。


「な、ななな! なんということをするんだこの娘はあっ! 亡者とは言っても元は人間なんだぞ! こ、こんな……こんな生も死もないような空間に永遠に閉じ込めるなんておまえは悪魔かあああっ!」

「そんなことは知りません。死んでいった弱者のことなど気にかけていたら強力な魔法なんて使えませんからね。この世は力こそが正義! 強大な魔法を扱える者こそが絶対正義なのですっ!!」


 う、うわぁ……。ここに入る前に話したクズは、敵じゃなくてぽっぴんがそれでしたよぉぉぉ。


 悲鳴を上げながら亡者たちが門の向こうの異空間に飲み込まれ、最後の一人まで居なくなると門扉は自然に閉まり消滅した。


「くっ……化け物か、きさま……」

「私には慈悲の心なんてありませんよっ! 私の前に立ち塞がると言うのであれば、全力でそのすべてを燃やし尽くしてやりますっ! バーニングぅっ!!」

「ば、馬鹿めっ! 火炎魔法を使えばこの宮ごと全員吹き飛び……」


 しかしぽっぴんは魔法を唱えるのをやめようとはしない。


「お、おまえ! 正気かああっ!?」

「ヘルぅぅぅうっ! フレアアアアアアアアアアっ!」


 ぽっぴんの獄炎魔法が放たれた瞬間、閃光と共に爆音が響き宮殿を吹き飛ばすのであった。




 黒焦げになっているインポテックの口にパワビタンを含ませると、みるみるうちに怪我は回復して意識を取り戻した。


「ど……どうして?」

「ぽっぴんが魔法を放つのと同時に、このソフィリーナが防御壁を展開していたおかげで俺達はカスリ傷一つなかったんだよ」


 メームちゃんの一撃ですら弾き返したゴッデスウォールのおかげで俺達は無事であった。

 まさか本当に引火性のあるガスを流していたなんてな、ぽっぴんはバーニングヘルフレアを放つまえに、ソフィリーナに目で合図をしていたらしいのだ。

 それにしても阿吽の呼吸、よくそれだけで意思疎通ができるもんだなと感心したよまったく。


 俺の返事にインポテックはかぶりを振ると大声で問い直す。


「違うっ! なぜ敵である私を助けた!? 戦いには勝利したのだ。あのまま捨て置いておけばよかったではないかっ!」


 困惑の表情を浮かべるインポテックの問に答えたのはぽっぴんであった。


「べんりさんに感謝するんですね。私は放って置きましょうと言ったのですが、あなたがいなくなったら奥さんや子供が悲しむと、助けてくれたのです」



 インポテックは俯き涙を流しながら答えた。



「私の負けだ……先に進むがいい」



 最低の戦いであった。

 なにより、ぽっぴんの恐ろしさを垣間見た様な気がするよ。

 俺はあいつのことを本気で怒らせるのだけはやめようと思うのであった。



 つづく。

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