第二十五話 女神と焼肉弁当①
最後のお客さんのお会計が終わりレジ画面の時計を見ると夜の7時を回っていた。
余程の物好きでもない限りダンジョン探索を夜まで続ける冒険者はあまりいない。皆夕方頃には町の酒場に行って飲んだくれるってのが冒険者達の習わしだ。
と言うわけで、コンビニエンスストアでありながら、うちは24時間営業ではなく、大体いつもこれくらいの時間には店を閉めてしまう。
「さぁて、二人が風呂に入ってる間に俺は先に飯食べちゃおっかなぁ」
賞味期限切れで廃棄になった弁当を取りに冷蔵庫を見に行くと、昼に下げた廃棄弁当を物色し始める。
「お? 焼肉弁当か、今日はこれにするかな。ん?」
牛カルビを炭火で香ばしく焼き上げ、甘辛タレのかかった焼肉をご飯の上に贅沢に並べた「炭火牛焼肉カルビ弁当」俺はそれを手にすると蓋に貼り付けてある物に気がついた。
〈あたしの〉
とだけ書いてある付箋であったがそんなのは知りません。こういうのは早い者勝ちですからね。まあ後でぐずぐず文句言ってくる可能性もあるから、この「贅沢三昧寿司」を取っておいてやればいいだろう。
店内のレンジでお弁当をチンしてビールを手に俺はバックヤードへと向かった。
「かーっ! 一時間前に冷凍庫の方に入れておいたからキンキンに冷えてやがるぜ。そしてこの、ほっかほっかに温まった炭火焼肉! この香味野菜とフルーツの甘みが効いたタレがまた最高だ!」
俺はほくほく顔で弁当とビールを堪能した。
裁判期間中は勾留されていたとはいえ食事自体はちゃんとした物で。健康にも気をつかったメニューだったのだが、やっぱりちょっと薄味だったんだよな。やっぱりこれくらいガツンと味の濃い物を食べたいよね。
さてさてあの事件の顛末であるが、ヌココビーンは俺達を嵌めてダンジョンから出ていくところを、ローリンが手配していた帝国兵に逮捕された。
最初は知らぬ存ぜぬと容疑を否認していた奴であるが、爆発直後大声で兵士たちと一緒に、これで第五皇女を亡き者にできたと話している所をソフィリーナがスマホで録画していたらしく、その映像が決めてとなり皇族暗殺未遂が確定したのであった。
俺を嵌めようとした理由は、出処不明の俺ならば嫌疑をかけやすく、また有罪にもし易いと考えての犯行だったらしい。
まあこれは皇位継承権に関する皇族間での政争らしいのだが、なんでも黒幕はオルデリミーナ皇女の実の叔父だと言うのだからまたとんでもない話である。
その叔父さんの口利きで運輸大臣との癒着もありクロヌコ運輸は今まで美味しい思いをしてきたらしいと言うのだから、どこの世界でもそういう話は尽きないのだな。と思いつつも、まあここから先はもう庶民である俺の手に負える話ではないので、あとは然るべきところに任せることにしましょう。
「ちっ、それにしてもあの駄女神。ローリンに頼まれてたんならそう言えっての」
俺が捕まってから散々からかって遊んでいたあいつに復讐をしようと思っていたのに、そんなことを聞かされてしまってはやり返そうにもできなくなったじゃん。
そうして弁当を食べ終わる頃、監視モニターにソフィリーナとぽっぴんが戻ってきた姿が映る。
「やっきにっくやっきにっく♪ た~べほ~ぉだい♪ た~べほ~だ~ぁい♪」
「ずいぶんとご機嫌ですねソフィリーナさん。そんなに楽しみなんですか?」
「あったりまえじゃな~い。わたしはあの焼肉弁当を“御馳走”と呼ぶくらいに美味しいと思っているからね。風呂上がりの一杯を飲みながら、あのふんわりジューシーな焼肉を堪能すれば、一日の労働の疲れも一気に吹き飛ぶってものよ」
二人はバックヤードに入ってくるとすぐ横のドリンクの冷蔵庫、所謂ウォークインと呼ばれている場所の扉を開く、うちは廃棄したものは一先ず籠に入れてそこに保管しているのだ。
「あれ? あれ? おかしいなぁ。お風呂に行く前にちゃんと確認したんだけどなぁ」
「誰かが食べちゃったんじゃないですか?」
「ちゃんとあたしのって付箋も貼って置いたし、そんなルール違反をする奴はいないでしょ」
ウォークインから聞こえてくる二人の会話に俺は青褪める。
おい、もう諦めろよ。ちゃんと目くらましの為に寿司を取っておいてやったんだからそれで手打ちにしろよ。
「おかしいなぁ。ねえべんりくーん」
ソフィリーナの声が近づいてくる。まずい、これは証拠を隠滅しなければ。早くこの空容器をどこかにっ!
「くんくん。なんか香ばしい匂いがするわね」
「あ、ほんとですね。これは、焼肉弁当の匂いじゃないですか?」
だめええええ! 匂いでばれちゃうううううっ!
「ちょっとべんりくんっ! わたしの焼きに……」
「た……食べちゃった。てへぺろ♪」
俺の横で冷たい視線を送ってくるぽっぴんと、目の前では床に突っ伏して涙を流しているソフィリーナの姿。
「うあああああああああああんっ! 楽しみにしてたのにいいいっ! お昼過ぎからずうううっと、今日はこれだけを楽しみにお仕事をがんばってたのにいいいいっ!」
「べんりさん酷いです。ソフィリーナさん、お風呂でもずぅっとこれを楽しみにしていたんですよ」
アホだろこいつ。焼肉弁当一つをよくそこまで楽しみにできるもんだな。て言うか仕事してねえだろおまえは、裏で漫画読んでただけじゃねえか、ふざけんじゃねえよ。
「まあ悪かったよ。また
「お寿司なんていらないわよ馬鹿っ! マザー牧場に行くのを楽しみにしていたのに、やっぱ今日はシーワールドに行くって言われたらあんたは納得できるのっ!?」
なんだよその例え、ぜんぜん説得力ないんだけど。
「んなこと言ったって食っちまったもんはしょうがないだろ。また入ってくるんだから我慢しろよ」
「今日食べたかったのよっ! 今食べたかったのよっ! 明日以降はまた食べたいもの変わるかもしれないじゃない! この包茎ち〇ぽ野郎っ! だからいつまで経っても童貞なのよばかあああっ!」
なんて口の悪い女神なんだこいつ、マジでありえねえだろ。美少女に言われたらご褒美だけどこいつに言われると異様に腹立つな。
「ああん!? 童貞は関係ねえだろうがっ! だいたいロスとは言っても私物なんだよっ! 勝手におまえのもんにすんじゃねえよっ!」
「あんたの物でもないでしょっ!」
「俺はここの従業員だからいいんだよ」
「きぃぃぃぃぃいいいいいいっ! もういいわよこのキモオタ童貞ハゲえええええっ!」
そう叫ぶとソフィリーナは店を飛び出して行ってしまった。
「追いかけなくていいんですか?」
「放っておけよガキじゃあるまいし。どうせ上の酒場でくだ捲いて酔いつぶれて、また誰かが送ってくるだろ」
「冷たいですねべんりさん」
「いいんだよ。あいつは我儘が過ぎる! いい薬だ。それとぽっぴん、そのプリンはロスじゃないからちゃんと金払えよ」
ぽっぴんは冷や汗を流すと、容器の底をぷちっとしてプリンを一気に口の中に流し込み走り出すのであった。
つづく。
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