第三章 バルバト共和国 ~死者の蘇る村~

第一話 王都出発

 それから王都で一晩過ごした後、俺はジュスト達と一緒に、ここに連れて来られた時の飛行艇に乗り込んだ。


 昨日の夜の話では、どうやら黒い街の統治者であるジェロームが、今回の事で遺憾の意を示し、隣国に助力を得て白い街を制圧すると、そう言い出したのだ。


 原因はもちろん、俺だ。


 あんな危険な人物を滞在させているとして、王であるマクシミリアンは、ジェロームから酷く責められた。奴はずいぶんと反論していたが、厳しかったようだ。


 そしてそのまま今朝早く、ジェロームは黒曜の騎士団オプスイディエンヌ・シュヴァリエと共に、王都を立ち、南へと向かっていったみたいだ。


 ジュストは、飛行艇が飛び立つまでの間に、広い甲板にいる俺達にそう伝えてきたが……その前に眠気の方が勝つな。


「ふわぁぁぁ……」


 いったい、何時に叩き起こされたと思ってるんだ。俺の居た世界なら、だいたい6時とかそれくらいだわ。こっちの時間は、向こうのよりも少し早めだ。だから、時計の文字盤が7を指していても、俺からしたら6時くらいなんだよ。


「……あぃっ?!」


「マリナさん、あなたは少し不健康な生活をされているのでは?」


 止めろ、ほっぺを抓るなジュスト!


「うぎぎ……違ぇよ! 急に色んな事が決まったから、昨日の夜に色々とやることやっていたら、遅くなっちまったんだよ!」


「全く、常に備えておきなさい」


 無茶言うな。ずっと軍にいてる奴等とは違ぇんだよ!


 とにかく、ジュストは俺のほっぺから手を離すと、そのまま背中を向けて、飛行艇の中へと向かって行く。


「そうそう、離陸する時は中にいる事をお勧めしますよ」


「うるせぇな、飛ぶところを見てぇんだよ」


「子供ですか……」


「男はいつだって子供だぜ」


 はしゃぐ心が無ければ、男は腐っていくんだよ。


「それは、私には分かりませんね」


「だからお前は枯れてるんだよ」


「ほほぉ……まぁ、良いでしょう。好きにしなさい」


 とにかく、ジュストは俺の言葉に対してなにか言いたそうだったが、こらえるようにしながら眼鏡を上げると、そのまま飛行艇の中に入っていった。


「マリナさんは今は女性ですけどね」


「……」


 もしかして、ジュストはそに文句を言いたかったのか? まぁ、完全に忘れていたよ。


 因みに、寝間着から急いで着替えたから、今俺は太ももまでの短パンに、緩めのTシャツというかなりラフな格好だ。屈んだら胸元が見えそうだ。これは流石に着替えた方が良いか? ジルの奴が目を逸らしてやがる。


「ん~胸元ヤバいか?」


「そうですね……マリナさんの大きさだと、見えますよ」


「まぁ、お前になら良いけどな」


「……冗談でもそう言う事は……」


 するとその時、飛行艇全体に聞こえるように、ジュストの声が艦に張り巡らされている金属の管から聞こえてきた。


『魔力充填完了です。掴まって下さい、飛びますよ!』


 その瞬間、まるでジェット機の離陸のように、一気に体に負荷がかかり、そして飛行艇が横に飛び出すと、船体が浮き上がり、空へと舞い上がって行った。


「…………」


 この飛行艇の形だとさ……ゆっくりと上昇すると思うじゃん。なんだこの発進の仕方は……声を上げる間もなく、すっころんでしまったよ。もちろん、ジルの方にな。だけど……。


「大丈夫ですか? マリナさん」


 氷の壁で俺をキャッチしていやがった。分かってたな……ジル。


「てめぇ、発進の仕方言えや」


「いや、分かってここにいるのかと思って……」


 分からねぇよ。それに……最初に乗せられた時も、かなり揺れたのは覚えてるが、それがまさか発進のこの衝撃だとは思わねぇだろう。


「とりあえず中に入りましょう」


 そして、ジルはそう言いながら、俺に手を差し伸べてくる。


「分かった……」


 もちろん、俺は遠慮なくその手を取るが……どうもジルと目を合わせにくい。それと俺の手、汗かいてないか?


「マリナさんの手……」


「にゃんだ?!」


 噛んだわ! 余計に恥ずかしくなってしまった、ちくしょう。よりにもよって、自分の手を気にしていた時にそんな事を言われたら、慌ててしまうだろう。


「やっぱり女性の手ですね」


「……お前、それは俺を女として見ていないという事か?」


 すると、ジルは申し訳なさそうな顔をしながら返してくる。


「まぁ、その性格ですからね」


 ほほぉ……失礼な事を言う奴だな。そう言う事を言う奴は、後ろに回り込んで両方のほっぺをつねってやるよ。


「ひだだだだ!!」


「仮にも俺は女性なんだぞ、そういう事を言うのは良くないぞ~ジル君~」


「元々男性で、そのまま転生してきたのなら、心も男性なんじゃないんですか?!」


「まぁ、そうなんだけどよ~やっぱりねぇ、気になるんよ」


 だからついでに、ジルの背中に自分の胸も押し付けておいてやる。


「マリナさん、胸!!」


「これで少しは意識するか? おい」


「分かりましたから、離れて下さい!」


 ただなんでだろうな。こいつにだけは、俺が女だという事を自覚させたいと思ってしまった。俺は男に戻りたいのに……あぁ、色々ありすぎて、男の自分が中々保てないぞ。


『スピード上げますよ~』


「おわっ!!」


「ちょっ、ジュスト中佐、待って下さい!!」


 すると、急にジュストの声が響いてきたと思った瞬間、飛行艇の速度が上がり、俺はおろかジルまで倒れそうになっていた。


『甲版で仲良く戯れる2人に、ちょっとしたサプライズですよ』


 こいつ、どっかで見てやがったな!


 ―― ―― ――


 その後甲版から移動して、飛行艇の中に移動した俺達の前に、ジュストが現れた。


「楽しかったですか?」


「危うく振り落とされる所だったぞ」


「それは残念」


 何が残念だ。悪魔のような笑みを浮かべやがって。


 するとその後、ジュストは俺に向かって、その手に持っていたジャケットを放り投げて来た。


「うぉっと……」


 それをキャッチして良く見ると、ジュスト達の来ている軍服に似ていて、白くて青いラインの入ったジャケットだった。

 だけどその丈が短くて、下に何も着ないで着たら、腹が見えてしまう。要するに、その長さが胸の下辺りまでしかなかった。


「とりあえずそれを羽織っていなさい。あなたの分の軍服は、まだ寸法が分からないので、用意出来ないのです。今度測って下さい」


 あぁ……そりゃ、小さくてキツいとヤバいよな。

 それと今までの服は、不思議なカプセルみたいな小さなものに全部収納され、俺に渡された。魔法によって作られた道具らしい。シャワーもその手のものだったし、割と便利な世界だな。


 とりあえずこのジャケットなら、今の服装と合わせても変じゃないだろう。


「似合ってますよ、マリナさん」


「うるせぇな。おいジュスト、ジェロームはどこまで向かったんだ?」


「ジュスト中佐です……良いですか、軍に入った以上規律には従いなさい」


「いででで!!」


 うわっ、しまった……そういう事か。面倒くせぇ……そういうのは今まで無視してきたんだよな、俺は。守れそうにねぇぞ。


 そして、何かある度に俺の頬をつねるな!


「とにかく、ジェロームの向かった国。リュウールへと向かいます。それと、あなたはしばらく、ジルと行動を共にして貰います」


「うぃ~」


「返事は『はい』です」


 ほっぺをつねられてるから無理だっての。それを目で訴えたのに「出来るでしょう?」という目をされた……この野郎。


 とにかく、ジュストの部隊に居る以上、こいつの言う事は絶対になるし、ちゃんと軍の規律も守らないといけない。堅苦しいけれど、今度はちゃんとやっておかないと……。


「…………」


 ジュストの後ろで、鞭を両手で伸ばし、和やかな笑みを送るセレストの姿が見えたからな。やべぇ……お仕置き役はセレストか。また電流を浴びせられる。


 とにかく、ジュストから解放された俺は、大人しくそいつの後に着いていき、飛行艇の中の部屋へと向かって行く。


 たけどその時……変な声が聞こえた気がした……。


 遠くの方の空から、女の子の高い笑い声が……。


 ここ飛行艇の中だし、聞こえるわけねぇよな、気のせいか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る