第七話 女性として
体を洗い終わった俺は、風呂の扉の前に用意されていた、沢山の服を見て硬直した。
さっきソフィをいじってやったからか? これ、ジュスト達の飛行艇で用意されていた服と、似ているんだが……。
スカートは止めてくれ……スカートだけは……しかし、着るのこれしかないのか? いや、まだある……けれど、駄目だ。どれもスカートだ!
「マリナさん」
「うぉう! なんだ?!」
いきなり脱衣所の前から、ジルが声をかけてきたから、ビックリしたわ。もちろんだが、脱衣所はカーテンで仕切られているからな。こんなので裸見られてたまるかよ。
「服のサイズ合ってます? 国王が用意したらしいんですけど……」
また国王チョイスか。あの野郎……!
「あっ、それと……ソフィがマリナさんの学ラン持って、部屋に向かったんですけど、大丈夫でしょうか?」
「止めろ馬鹿! それ止めろ!!」
なにやってんだよ! 洗えや!! あ~だけど、前が破れてるからなぁ……くっそ! 裸のままで突撃するわけにもいかねぇし……。
「あ~もう……ったく。ん? これは……」
すると、用意された服の中から、スカートじゃない服が出て来た。まるで中華服みたいだが、あれとは違う。
下はくるぶしまでの長さで、深いスリットが入っていて、上は背中が大きく開いている。
更に、赤と白のツートンカラーだ。真ん中に大きな白いラインが入ってるから、胸がちょっと強調されてそうだが……それでもこれなら、スカートじゃないし、脚が露出されるのが少し気になるが、なんとかなるな。
「あの国王は、スカートばかり用意してくるかと思ったよ……」
「えっ?」
「いや、そうじゃないのも1着あったからな」
そして、俺はそれに着替えながら、脱衣所の前にいるであろうジルに話しかける。
というか、髪が邪魔だ。ポニーテールのままじゃ洗えないから、解いたのは良いが、長すぎるわ。俺は髪が結べないんだった。ソフィかセレストにでも教えて貰うか。
とりあえず、先ずはソフィだな。
「よし、ジル。ソフィの部屋を教えてくれ」
そして着替え終わった俺は、カーテンを開けて、ジルにそう言ったが……なに目を丸くしてんだ?
「……思った以上に似合ってます。選んで良かったです」
「ん?」
「それ、実は僕がこっそり用意した服です」
「なに?」
この服は、お前が? それは助かった。まぁ、脚とか背中が気になるけれど、スカートみたいな可愛いさはあまりないし、これならなんとか我慢出来そうだ。
だけど、俺は今服に集中している。下着はな……この服だとどうしてもな……そう、察しろ。
あぁ、待てよ……スカートなら男物の下着でも……くそ、選ぶのミスったか?!
とにかく落ち着け、俺は今は女性なんだから、なにも女物の下着を履いても、別に変ではない。俺の男のプライドとやらの問題なんだ。
ただ、やっぱり落ち着かねぇ……妙にぴっちりとしているのが、違和感を感じてしまうぞ。やはりここは、覚悟を決めてスカートに……。
「……素敵ですよ、マリナさん。お姉ちゃん以上に似合ってるなんて……ビックリしました」
「あん? まさかお前、この服は姉の?」
「そうです。お下がりですいません。でも、マリナさんに似合いそうだったし、スカートを嫌がってたので、僕なりに考えてこれを」
あぁ、うん……変えられなくなっちまったじゃねぇか。まぁ良い、今日一日の辛抱だ。
「はぁ……仕方ねぇな。それで、ソフィはどこだ」
「あっ、それなら2階だと思います」
そう言うとジルは、俺にふとももまである長いソックスを手渡してきた。これもいるのか?
まぁ、裸足でいても良いんだが、結局この後宿に行くのなら、履いといた方が良いか。
そして、そのソックスを履いた後、俺はジルと一緒にソフィの部屋へと向かう。もちろん、俺の学ランを持っていって、何をしているかの確認だ。またさっきのような事をしていたら、流石にお仕置きだよな~
『……また悪巧みしていそうな顔を』
「うるせぇな」
あっ、しまった。ジルには妖精が見えてねぇんだった。不思議そうな顔をしているけれど、国王から説明されてるし、今はソフィだな。
そして、そのソフィの部屋に着いた俺は、ノックをしないで、その部屋に突撃した。
「おら! ソフィ! お前なにして……」
ノックしても良かったが、もっと慌てる姿を見たかったからな……と思ったが……。
「ビックリした……ノックしなさいよ!」
ソフィは裁縫道具らしいものを手にしながら、俺の学ランを手にしているだけだった。顔埋めてやがらねぇ……あれ?
「お前、なにしてんだ?」
「なにって……あなたの服を直してるんでしょうが! こんなになっても、大事そうに着ちゃってさ。よっぽど大切なものなんでしょう?」
いや、大切というか……男としてのアイデンティティを保つためになんだよ。だけど、前は破れちまってるし、直らねぇんじゃねぇか?
「何よ……私がなにか、やましい事でもしているとでも思ったの?」
「い、いや……」
「良い? さっきのは本当に、この服がどれだけ臭いか確かめてたのよ!」
「わ、分かった分かった……!」
「全く、ほら!」
「うおっと……って、直ってる?!」
恥ずかしいのを紛らわそうとしてか、ソフィは少し乱暴に、俺の学ランの上着を放り投げてきたけれど、良く見たら、破れてボタンが出来なくなっていた部分が、綺麗に直っていて、ボタンまで新しくなっていた。
ちょっと待て、俺がシャワーしている間に、ここまで直せるのか?
「なに、その目? 魔法で直せるのよ。ボタンまでは再生出来ないから、そこは付け直さないと駄目だけどね。ズボンは洗濯してるし、明日まで待って。あと髪。ジル、あんた出来るんでしょう? やって上げなさいよ」
「あっ、そうですね。マリナさん、その髪結びますよ」
「えっ? お前、出来るのか?」
「良くお姉ちゃんにやらされてました」
あ~なるほど、そのパターンか。お前のねぇちゃんは雑だったんか? とにかく助かるわ、女にやってもらうしかないと思っていたが、男になら気兼ねなく頼めるからな。なんなら、後で結び方を教えて貰おうかね。
そして俺は、髪を結んでいたゴムをジルに渡すと、そのまま後ろを向いた。だけど、ジルはなぜか呆然としている。おい、どうしたんだ?
「マリナさん……これ……どこで手に入れたんですか?」
「あっ? こっちの世界に来た時から、それで髪を括られてたんだよ」
「これ、古代神器なんですけど……」
「へぇ……」
そう言われても、俺にはピンと来ねぇわ。そう言えば、ジルもそれを持っていて、帝国に狙われたんだっけ?
「ちょっと見せなさい!」
すると今度は、ソフィが凄い勢いで、それをジルから取り上げた。そしてマジマジと見てやがる。どうしたんだ、そんな真剣な顔をして……。
「う~惜しい……私が探している神器の、派生版だった~あんた! これをどうやって手に入れたか思い出して! そしたら、あの古代神器に辿り着けるかも!」
「うぉい……落ち着けよ。言っただろうが、この世界に来た時から、それで髪を結ばれてたんだっての!」
「本当になにも覚えてないの?」
「そうだ!」
お前、詰め寄りすぎだっての。落ち着けや。
「うぅ~」
「ソフィ、とにかくこれは、マリナさんのだよ」
「分かってるわよ。はい」
そして、ジルからそう言われたソフィは、髪を括るゴムを返してきた。それを受け取ったジルは、俺の後ろ髪をある程度集めていき、1本にしていく。手際良いな、おい。
「マリナさん。この古代神器、良く見たら凄いですよ」
「あん?」
「もの凄い愛情が込められてます。言ってしまったら、愛の古代神器……ですね」
「お前、その台詞臭いぞ」
なにが愛の古代神器だよ、馬鹿野郎。恥ずかしくなるような事を、そんな簡単に言うな。
愛だと? 俺に愛情を注ぐような奴が、この世界にいるってのか? そんなわけねぇだろう。
恐らく、転生する時に魔王が……って、なんでそんなに驚いているような、感心しているような顔をしているんだ。
『へぇ……そんなの、私も知らなかったわねぇ』
「お前じゃねぇのかよ?」
『違うわよ。因みに閻魔様でも、あの国王でもないわよ』
妖精に向かって小声で聞いてみたが、返ってきたのは、意外な言葉だったよ。おいおい、それじゃあいったい誰が……。
「マリナさん。今調べたら、この神器はありとあらゆる呪いとかの類を、完全に防ぐ効果を持っていました。凄い神器ですよ、これは」
すると、俺の髪を括り終えたジルが、そう言ってきた。
「んっ、そうか。ありがとうな。それにしても、髪が長いと首元が熱いし、うっとうしいな。切った方が良いかな~」
「えっ……そんな、折角綺麗な長い髪で、マリナさんに似合ってるのに」
「んっ? そうか?」
そうか……ジルはこの髪の長さが良いのか。なるほどな、それならこのままでも……って、ソフィがガン見してるぞ。
「あなた達、付き合ってるの?」
「ちょっ……!」
「そんなわけないですよ、ソフィ」
お前即答かい……いや、良いけどよ。なぜかイラっとしたんだが?
「ふ~ん……だけどさ、好きなんでしょ、ジル」
「…………分かりません」
おい、それはどういう事だ? 感情がないなら、そんな事ないって言うだろう? なんだその反応は、なんだその困った顔は!
「ジル、お前……」
「あっ、宿に向かいましょう。迎えの者も来ているでしょうし」
すると、ジルはそう言いながら、ソフィの部屋を出て行った。
おいこら……逃げるなよ。こっちが変にモヤモヤしてしまうだろうが!
「困ったわね……」
そして、お前も何が困ったんだ? 全く、このガキ共の考えてる事が分からねぇ。
ただな……今気が付いたな。こいつの部屋――
――恐ろしく殺風景で、机とベッドしかなかった。
どんな質素な生活してやがるんだ、こいつ。
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