HAPPY BIRTH DAY
この広い宇宙に人類は二人しかいない。
この宇宙の遥か彼方には地球と似た惑星があるなんて言われているけれど、そんなのは本当なのか真偽を確かめる術はなかったし、調べようとも思っていなかった。
でも、俺たちがこのまま宇宙の果てまで辿り着くことができれば、その論説が正しかったのかどうかが明らかになる。
保志葛一星と保志葛天希は、
何もせず、生きることだけが仕事だなんて、
今日も今日とて退屈な日々が始まると思っていた。この音一つしない
「さあ、いっちゃん、お誕生日会を開こう」
「昔作った飾りは持って来たけど、結局いつもなにやってたんだっけ?」
俺たちが自分の誕生した日を祝福していたのは5年前までの事だ。父母が俺たちのことを祝ってくれて、俺たちはそれに目一杯応えるように
非日常からの脱却、毎日が変化のない、刺激もない一日を重ねることに
「何やってたかなんて、いーじゃん。適当でテキトーにいこう! 今日は無礼講でおいわーい! かんぱい!」
「あーちゃん、無礼講って意味わかってんのか? かんぱーい」
こうして何も入っていない空のグラスを押し当てる。カチンとガラスの澄んだ音が船内にこだまし、その音がこの空間に二人しかいないことをより際立たせている。
静寂に響き渡る残響、饗宴に興じる二人。
ここにいることだけが全てで、全てはここで生きることだけ。
この狭い空間が世界、外は果てのない世界なのに。
「なんかこれって、矛盾してるんじゃねーか」
「だーかーら、いっちゃんは難しく考えすぎなんだってば」
気楽にいこうよ、私たち、万年老後生活みたいなもんだし。
「本当は40年間意味なく、意思なく働き続けて、やっとその後にセカンドライフ、自分のための時間が与えられるんだよ。それに比べたら、私たちの惰眠を貪るような生活ってみんなが羨むような生活なんだよ。」
この宇宙船から出ることができないという点を除けば。
「一回くらいさ、
「でもさあ、私たちが見た『おおいぬ座VY星』ってのは太陽の2000倍だったんだし、案外、というか確実に本物の太陽ってのを見ても、肩透かしを食らうんじゃないかなって思うよ」
「まあ、それもそうか……俺たちの宇宙船ホッホドルックプンペに記録されている中で一番大きな星ってどんなのだっけ?」
「『はくちょう座V1489星』ってのでしょ。まあ、それも実際の目で確かめたわけじゃないただのデータのことだし、半分嘘って思っててもいいかもしんないね」
天希の言う通り、遥か遠くの地球から観測されたというだけで、実際にその『はくちょう座V1489星』ってのがあるのかどうかは、実際に俺たちや探査機が確認するしか方法はない。
「あーちゃん、俺たちの到達点、目指すべき場所とか決めない? ちょうど今日が節目の日だし……」
俺は天希に何気なく提案する。
この代り映えしない毎日に潤いが欲しかった。
生きる指標が欲しかった。
「なんかそんなの作るとさ、そこに行けなかったら終わりで、そんでもってそこに行っても終わりみたいにならない?」
――生きるってさ、そんな単純なものじゃないでしょ。
天希が何の迷いもなく
「しかして、あーちゃん、逆に終わりがあるから輝くってこともあるんじゃないか」
「それは否定はしないよ。たしかにそれはあると思う。でもさ、そうやって決めるとさ、目標点を決めちゃうとさ、私、腐っちゃうと思うんだ」
「何事も、満足したら成長はないし、そこに到達したら、私なんかだったら完全燃焼しちゃうと思う」
「私たちの旅は終わりのない旅であって、終わったところが終わりなんだから、勝手に終わりを決めちゃうのって、その時点で終わってると思う」
「まあ、たしかにそうかもしれない。俺が間違ってた」
今回は俺が譲歩する。二人の考えがぴったりと重なり合わない計画は破綻する。俺たち二人は二人で一つ。二人の合意の元でないと具合が悪い。
16年生きたって、まだまだ長い人生の5分の1位にしかなってない。まだまだ俺たちはこの宇宙を観察して、人類未踏の地へと進まないといけない。
そう考えると天希の言っていることも的を射ている。
「代わりと言っては何だけどさ、いっちゃんさ……ビデオ撮ろうよ」
「記念撮影ってやつ、これからもがんばるぞー的なやつ」
――いいでしょ? いいよね。
俺に反対する理由はなかった。俺が返答すると、天希の顔がパッと明るい笑顔に変わった。
「じゃあさ、私、準備するね」
「あーちゃん、俺も手伝う……」
いっちゃんは変顔の準備してて! そう言われて俺は、しぶしぶ両の頬をぷにぷにとほぐし、撮影の準備がなされるまで黙って待つことにした。
この世界で一人きりになるって一体どんな感覚なのだろう。
せかせかと準備をする天希を尻目に俺は一人考えていた。
もしも仮に、天希がいなくなったら、俺はどうなってしまうのだろう。
今まで一緒に過ごして連れ添った天希、今まで辛いことも、悲しいことも、嬉しいことも、楽しいことも一緒に経験してきた天希、その天希がいなくなってしまったら……
そもそも、俺にとって天希は一体何なのだろうか。
友達? 妹? 姉? 恋人? 妻? 母? 彼女?
実際はただの血のつながった妹、双子の妹ということが真実である。しかし、全てを同じ空間で、同じ時間に経験している天希は俺の半身のように思えてきた。
いや、ずっと前から分かっていたのかもしれない。
心では理解していたのかもしれない。
天希は俺と一心同体、天希が嬉しいと俺も嬉しくなるし、天希が泣けば俺も泣きたくなる。
これからも俺は天希と一緒にこの宇宙を旅していきたい。言葉にすれば陳腐なものだが、やっぱりこの思いを天希に伝えたい。
そんな思いが沸々と俺の中から湧き上がってくるのが分かった。
それと同時に天希を失った時、天希がいなくなった時のことを想像していた。
想像しただけで俺の頬からは涙が伝っていた。
「うわ、いっちゃん、なに泣いてんの。どっか痛いの」
優しく背中をさすってくれる天希、俺はそんな天希のことが好きだ。いつもは恥ずかしくってそんなこと言えないけれど、やっぱり天希が好きだ。
天希のその長い髪も、吸い込まれそうな大きな瞳も、すこし素っ気ない口調も、ちょっとめんどくさがりなところも、なんだかんだ言って優しいところも。
全部ぜんぶ好きだ。
「あーちゃん、俺さ、絶対にあーちゃんに相応しい男になるよ」
「そんなこといきなり言われてもさー、なんていうか照れるじゃんって感じだよね」
まあ、ぶっちゃけ私はそこまで照れないけどさ、いっちゃんの方が恥ずかしくなってるやつでしょ。
そう言って天希はまた俺の胸にそっと手を当てて鼓動を確認する。
「この宇宙でさ、生きるしかないって言われたときさ、いっちゃんどう思った? 私はさ、一人だったらやだなーって思った。一人だったらさ、もちろん落ち着くし、誰にも邪魔されないし、好き勝手出来るし、イイことはいっぱいある。でもさ、寂しくなるじゃん。お父さんとお母さんがいなくなったときも私寂しかった。ありえないほど寂しかった。これから私どうなっちゃうんだろうって思ったし、一緒に宇宙に投げ出されちゃえば良かったなんて思った。でもさ、それってさダメなんだよね。お父さんとお母さんの最期の言葉聞いちゃうとさ、元気に生きてって言われちゃうとさ、やっぱりそのくらいのお願いは聞かないとなーってなるんだよねー」
「私はさ、こんな感じ。よく思ったら、いっちゃんと真面目な話ってそんなにしてなかったよね」
「俺はさ、天希のことが、宇宙で一番好きだ。あーちゃんと過ごせて良かった」
――だから……これからもよろしく。
「私はさ、一星のことが、銀河で一番好き。いっちゃんがいて良かった」
――だから……こちらこそよろしく。
「HAPPY BIRTH DAY」
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