6.傷口を抉るのは快楽である

「魔力を無効化してる……?」

「人間と青の契約書・・・地と氷に水しか使えないのだから、このくらい対応できるよ。」

 こんな状況で黒毒を使うほど君は決断が出来る人間ではないだろうしね。

 そう笑顔で言いながら銀髪の男は銃弾を人差し指と中指で挟み、有子と美沙に見せつける。

「うーん、結構動いたから暑くなってきたなぁ。」

「こんな状況でよくそんなことを、これでも食らって冷え……」

 引き金を引こうとしたその瞬間、有子の顔にシュッと一本の傷が出来、彼女の青いフードに穴が出来る。一瞬顔をしかめるが、彼女は負けまいと二本の引き金を引いた。だが、それは男に当たることなく簡単に止められる。

「……暑いから、早く帰りたいと思ってね。」

 瞬間移動をしたのか、と思わせるような速さで男は有子の目の前まで移動し、彼女のむき出しな鳩尾みぞおちを蹴り飛ばす。有子は抵抗する間もなくそのまま身を投げ飛ばされ、近くの木に頭をぶつける。ゴッ……と鈍い音が鳴る。

「ゆ、有子さっ……!!」

「……あの子の心配なんてしてる暇、ないと思うよ。」

 有子が叩きつけられるとほぼ同時に美沙は胸倉を掴まれ、背中から真下の地面に叩きつけられる。

「あがっ…………」

「痛い? やっぱり魔術師ってタフだからちょっとの痛みじゃ意識が飛ばないんだよね。恨むなら自分を恨んでね。ちゃんと君、血は出てるくらい皮膚や血管に傷はついてるから。」

 男は地面に倒れる美沙を笑顔で見下ろし、最後に勢いよく足を使い笑顔のまま腹を潰していく。

「かはっ……!?」

「大丈夫だよ、人間は大量の血を流したり脳を潰したり首を切ったり心臓を潰したりしない限りは死なないさ。腹を足で潰されたくらいで死なない。」

 ……ていうか君、契約書もいないのによく僕に立ち向かったよね。

 男はこちらを振り返ることなく、木で頭を打ち付けた有子の方へと歩いて行く。美沙は腹と背の痛みが重く、彼を追うことが出来ない。意識も遠のいていく……

「じゃあ、お前には少し尋問をしよう。」

男は立つことが出来ない有子を腹に自分の足を出し、木に押さえつけ立たせる。有子は苦悶の顔を浮かべて、男の顔を見る。

「何をされようとも、答えません……」

「今は、君の彼氏も見ていないわけだから……お前を傷つけても誰も止めないだろうね。家族もいないし……」

 そう言うと、彼は更に足に力を入れる。有子の表情は徐々に険しくなっていく。

「かぞ、くはいます……っ!!」

 そう有子が言った瞬間、男の表情が怒りに満ち溢れる。さっきまであれほど落ち着いていたのに……あからさまで不自然だった。

「……いねぇよ。」

 彼は足を外し、右手で有子の首を抑えつけた。殺気立ったのか相当な力で抑えつけているのだろう、彼の手が少々震えていた。

「は? お前に家族? そんなのいないって。ましてや親など……」

 ……どうしてお前は生まれてきたんだよ。

 その言葉を聞いて有子はハッとしたように男の手首を掴んだ。自分にも話をさせろ、そう言ってるように見えた。でも男性の力に女性が敵うはずもなくて……

「お前さえいなければ、あいつは……」

 力強く、男は有子の首を抑えつけ続けた。もう有子は声も出なかった……もう抵抗するのを諦めかけたその時だった。

「はーいはい。そこの人、可愛い女の子を離しなさい。」

 そう言ってその場に現れたのは銀髪の女性。彼女は倒れる美沙をそっと抱きあげると首を絞めようとしている男を強く睨みつけた。その声を聞き、ゆっくりと男はこちらを見る。さっきまでの落ち着いた笑顔は無く、完全に怒りに満ちて口元が弧を描いていない表情だった。だがその瞬間彼の表情が変わる。

「え……?」

それは銀髪の女性も同じだった。後ろからは黒いシャツを来た緑髪の男性も歩いて来る。手には翠の大きな剣を片手で持っていた。彼はそれを背の鞘に入れると女性から美沙を受け取る。その男性も、え? と少し困惑していた。

「に、兄さん!?」

「し、シアに……ユリウス?」

「……その名前を知っているのならアルテマに間違いないでしょうね。」

 アルテマ、そう確かに彼を呼んだ。朱音と悠哉は驚きを隠せずにいた。

「こ、こんなところで何をしてるの! まさか年頃の女の子いたぶって楽しんでるんじゃないでしょうね!?」

「いくらなんでも、美人過ぎる妹をとられたからってそれは良くないですよ。」

「そうよ!! しかも二人も!! 確かに兄さんは美形だけど……」

「……よくこんな状況で君たちはそんなことを。」

 呆れて物も言えなくなった銀髪の男、アルテマは有子に向けていた手を離し妹と友人を見た。

「へぇ、あなたが私服とは珍しいですね。」

「この子らに声をかけるのに覚醒していたら面倒かと思ってね。とりあえず学者時代に着てた物を着てきた。ほら、僕があんな姿してたらどっかの聖職者に見えるだろう?」

「そうね、それは間違いないわ。」

 口先では普通の雑談の様に聞こえるが、彼らの表情はとても真剣だった。口では笑っているが目は全く笑っていない。アルテマは腕を組みながら相手の出方をうかがっているように見える。朱音と悠哉も静かに、彼と一定の距離をとっていた。

「この子、魔術師でしょ? どうしてこの子をあなたが痛めつけるの?」

「君は彼女の怪我の具合を見て、有子がやったとか他の人たちがやったとか言わないの? いくら僕がアルテマだからといって真っ先に疑うのはひどくない?」

「有子を締めている時点で容疑の目はあなたに確実に行くと思いますが。」

「えぇ? この子に傷を付けている有子を見て僕が怒った~っていう可能性はないわけ?」

「あなたが人に情けをかけることはないと思うわ。今まで友人にも家族にも情けなんてかけたことないのにこんな他人にかけるわけがない。妹の私が断言する。」

 朱音ははっきりと言いきった。そしてスカートのポケットに手を入れ、メスを握る。

「あっはは。シア、君に探偵ごっこは向いていなかったね。根拠のないことばっかりカッコよく言って。まぁ、そうだね……強いて言うなら」

 赤いものを見たくなったんだ。

 あははは、と笑いながらアルテマは大胆に背を向け森を後にした。朱音は待って!! とメスを投げようとするが悠哉に腕を掴まれ制止される。

「悠哉っ!!!」

「今はこの子と有子をうちで休めましょう。」

「……そうね。」

 少し納得できないような表情を浮かべながらも握りしめたメスをしまうと、朱音は唇を噛みしめて有子の元へと走っていく。

「あ、あの……」

「おや、目を覚ましましたか?」

「え、えっと!?」

 悠哉の腕の中で目を覚ました美沙は慌てて少し体を動かすも、体をひどく打ちつけたため大きく動くことが出来ない。それを察した悠哉は優しい笑顔で彼女を見る。

「ふふ、見ず知らずの男性に抱っこされて驚いているのでしょう? 大丈夫ですよ、私は有子の知り合いです。」

「あ、有子さんの……」

 それを聞くと少し安心すると大人しく、彼の腕に身を任せ、また眠った。さっき動いたせいで更に少し背を痛めたらしい……。悠哉も、美沙の意識を確認出来て安心して笑顔を浮かべた。

「朱音、有子はどんな状態?」

「首をかなり締められていたみたい。少し、手の跡も残ってるわ。」

 朱音は大丈夫? と言いながら優しく有子の手を引く。有子は少々咳き込みながらもありがとうございますと言い、彼女の手を取った。

「あ、あいなは……?」

「愛菜? 愛菜もここにいるのですか!?」

「は、はいっ。勤さんを治療するために、この森の陰で……」

 その時だった。有子の後ろの木からひょっこりと顔を出す少女が見えた。草木と馴染んでわかりにくいが服装のふんわりとした感じから、愛菜であろう。

「あ、愛菜!」

「ええ、愛菜ですわ。思っていたよりも治療に時間がかかってしまいました、申し訳ありません。もうあの男はいないのですね……って朱音さんとお兄様ではありませんか!」

「ええ、私ですよ。裏の森からやたら銃声が聞こえたので来てみたのです。そしたらこんな事態に……先ほど有子から聞きましたが勤君の治療をしていたと?」

 独特な返答をしながら兄妹は情報を交流する。そんな様子から気持ちの落ち着きが見られた。

「あ、そうですわ。勤さん、一応重症だった四肢は直しました。二人を診るときに彼の傷の残りを調べてほしいのです。」

「それは構いませんよ。勤君もそれでいいでしょうか?」

「ええ、ぜひお願いします。」

 愛菜の後ろで、勤はゆっくりとこちらに来ながら答えた。そんな彼の姿を見て有子は声にならない声で勤に飛び付く。

「ああっ!! 良かった、良かった……!!!」

「心配掛けてすまなかったな、有子。今は、オレよりもお前の方がひどいだろう? 悠哉さんに診てもらうと良い。」

「そんなっ! 私なんかよりも勤さんを……っ。」

「もう、どちらも見るから大丈夫ですわよ。そんなにいちゃいちゃして、お兄様とお義姉様だけで充分ですわ。」

「愛菜にも素敵な方がみつかると良いですね。」

「ほんと! さっさと見つけて見せつけてやりたいですわ!」

「ふふ、きっともっと料理が出来るようになったらモテるわよ。」

 朱音は笑顔でそう告げるが、頭では変わり果ててしまった兄の事でいっぱいだった。

 『赤いものを見たくなったんだ。』つまり血を見たかったのだろう。なるべく多くの量を見たかったのだろうか? 魔術師の子の方はそんな気がするけれど、有子には銃弾のかすり傷しかついていないことから、血を見ることが目的ではなかった気がする。ましてや首を絞め……血など見られるはずがない殺し方だった。まさか、あの人は有子を本気で殺そうと? 彼が殺そうと思えば女の子一人位など殺すのは容易い。締め跡を見る限り、結構長時間されていたように見えた、だから殺そうとは思わなかったのだろうか。殺せないはずなどないのだから。わからない……朱音はそのまま沈黙を続け、ブレッド・フラシャリエへと戻って行った。

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