5.綺麗な心の持ち主が勝利を得るとは限らない
「いいぞ、いつでもかかってくるといい。」
場所は変わって永坂邸。ここでは広い庭で竜冴と幸弥が今、戦いを始めようとしていた。空気はとても張りつめている。
「大地よ轟け……ロック・バースト!!」
最初に幸弥が放ったのは地の初級術。魔術師ならば誰でも扱える術だ。地面に岩の槍が突き出てくるというもの。本来は二、三本しか出ないのだが、幸弥は応用術を身につけ、一回で十本は槍が出てくる。
「おお、結構出てくるな。ちゃんと応用出来るのか。」
自分に迫りくる槍を見ながら竜冴は笑顔で術の感想を述べている。そして身軽にそれをかわしていた。それに苛立ちを覚えたのか、幸弥は更に魔力を込め出す。
「地を這う大蛇よ、鎖の如く縛り上げろ……グラウンド・チェイン!」
「さすがに縛られるとかそういうプレイは嫌だね。」
幸弥の手元から鎖が現れ、地中を伝い竜冴のもとへと向かって行く。竜冴は鎖の流れをぎりぎりまで読み切って、真紅の屋根の上に乗る。そしてその鎖は彼を捕まえようとするため竜冴の通った屋根の部分は所々壊されていってる。
「ここ、神田君が負けたら修理費だせよ?」
「はっ!? まず負けないし、負けたとしてもそんなのそこに逃げたお前が悪いんだから自分で払えって、この金持ちがっ!!」
そう言って再び幸弥は鎖を奮う。それを聞いて竜冴は大爆笑だ。
「なになに? もしかして俺が金持ってるから恨んでるの?」
「んなわけないだろうが!! いい加減逃げてないでかかってこい!」
「俺が魔法放ったらお前、死ぬぞ?」
そう言って笑顔で挑発しながら竜冴は鎖の先端を力強く握り、捕らえる。それに気付くと幸弥はハッとし、思いっきり引っぱって屋根から落とそうとするが竜冴は一歩も動かない。どれだけあいつ握力あるんだよ、と引っぱるものの動かない。そんな中、彼は白いシャツの襟を直している。
「はい、魔術を使わなくても俺の勝ち。」
「まだ勝負は決まってないだろ……うおっ!?」
その時、幸弥の持っていた鎖が彼の付けていたネックレスに引っ掛かる。そしてそれは竜冴の方に勢いよく引っぱられ、身動きが取れなくなる。
「鎖がネックレスに引っかかっちゃったな。このまま引っ張ればお前は窒息死だが、どうする?」
屋根の上から竜冴は腰をかけながら、上から鎖が引っかかる黒髪眼鏡を眺めている。
「まだ、魔法は撃てる……!」
「その前にこれで首を絞めるよ。お前は俺と違って術も瞬間的に発動できない。どんな方法を持っても俺からは逃れられない、それに……」
その瞬間幸弥は後ろから鋭利な物の感触がするのに気付く。恐る恐る振り向くと、そこにはロック・バーストの岩の槍が二本あった。
「俺が少し手元狂わせたら君の心臓を一突きだ。」
「っ……」
それを見るとさすがに諦めた幸弥は鎖をネックレスから外そうとしていた両手を上げ、降参を示した。オッケーと屋根の上で竜冴は岩の槍をしまい、鎖を持ったまま降りてくる。
「なんか、リード付けられた犬みたいだな。そういうの水野としたいのか?」
「は……? み、美沙にそんなことさせられるかっ!!」
「少し照れながらこういうのされたいんだろう? お前、変態だな。」
「そ、そんなこと一言も言ってないだろ!! どうしてそういう考えが出来るんだお前は……」
幸弥の焦る反応をみて、笑いを堪えきれない竜冴。そんな中、笑いながら竜冴はネックレスに引っ掛かった鎖を瞬時に外す。
「なんで、外せるんだ……? 全然外れなかったのに……」
「俺が魔力の提供を止めたからさ。なぁ、ちょうどいいしお前に地の術の使い方を教えてやるよ。グラウンド・チェインの使い方がまるでなっていない。」
「え、でもそれ敵である僕に教えていいのか……?」
「あ、そっか。こんな夜だから水野襲いに行きたいよな。」
「だ、誰がそんなやましいこと考えるんだよ!!」
本当に、君はからかいがいがある。
大爆笑のまま、竜冴は入りなよと手招きをする。思わず幸弥もそれについていく。
「何かっあっは……瑠璃にの、あっははは……みもの……」
「おい! 笑いすぎだ!! 何が言いたいのか伝わらん!!」
「あ、おかえり。派手に屋根壊しちゃって……にしても、そんなに竜冴が笑うって珍しいわね、怖いくらいよ」
リビングに戻ると瑠璃がソファでテレビを見ながら、笑い続ける竜冴を怖い……ときつい目で見ている。
「い、いやあのなっあ、ははっ……後ではなしてやはははっ、るっ……」
「もう言葉になってないわ……あいつが落ち着くまでには時間かかるし、幸弥君何か飲む? 作るわよ。」
「いらない。敵の作るものなんて何が入っているかわからないからな。」
「じゃあミネラルウォーターあげるわ。透明だから毒が入ってたらすぐわかるわよ?」
「…………」
幸弥は無言でうなずいた。それを見て瑠璃は手で丸を作り、ウインクした。
「おっけ、そこ座ってて良いわよ、そこの席。」
「…………」
警戒感を丸出しにしながら、幸弥は椅子にペタペタ触れる。それを念入りに繰り返し、安全だと確認出来たら彼はようやく座った。でもやはり落ち着かないようで、視界が泳いでいる。
「竜冴は何がいい?」
「俺も瑠璃と同じでいいよ。出すの面倒だろ?」
「いや、欲しいのあったら言ってよ。私背は低くないし……」
「俺に比べたら低いだろ? だから、無理して取らなくてもそれでいいよ。ここにあるコーヒーは全部俺の好きなやつだから。」
……お前の方が女子に慣れてるじゃないか、とか思いながら幸弥は二人のやりとりを見ていた。
「わかった、はい。」
瑠璃は承諾すると二人分のアメリカンコーヒーを作り、竜冴に渡した。ありがとう、と笑顔で受け取ると彼は一番手前の椅子に腰をかける幸弥のテーブルへと向かい、彼の前の椅子に座った。
「そんな安い水で良いのか? コーヒーとか紅茶、出すぞ?」
「……いらないって。魔術の話を聞かせてくれるんだろう?敗者らしく聞くから、早く話してくれ。」
「ああ、それね。」
テーブルに用意されていた花型のサブレを食べ終わると、竜冴は紙を一枚用意し、黒ボールペンで何やら書き始める。
「まず右半分に書いたのがお前、左半分に書いたのが俺だ。」
「……ああ、気持ち悪いほど上手いからわかるよ。」
ササッとかなり高いクオリティの絵を竜冴は描いた。思わず幸弥も敵ながら上手いと言ってしまった。
「ああ、よく言われる。それで、グラウンド・チェインは本来……」
「否定しろよ……」
そう言いながら竜冴は絵をまたスラスラと書き始める。鎖もやたらリアルで……上手いとしか言えなかった。
「本来はこうやってターゲットの足を絡ませ、捕まえるんだ。それに、もっと長い鎖を作らなくてはならない。契約書は俺よりも早く逃げるからな。」
「じゃあ、あの時どうやってお前は鎖の先を絡められずに掴めたんだ?」
「ああ、あれは簡単なことさ。グラウンド・チェイン、面倒だからチェインって言うぞ。あれは魔力の塊なんだ。さすがに魔力には自分の体を作っているのが誰の魔力なのかわからないんだよ、だからあれに俺の魔力を注ぎ込んだってだけ。だから勝手にその金色のネックレスに絡みついたんだ。」
まぁ、俺が命令したんだけどね。
そう言って竜冴は幸弥の付ける、金色の美しいネックレスを指さす。同色のリングが通った清楚なものだった。
「これ、美沙のエンゲージリングでも想像して買ったのか?」
「だから!! なんで僕をそんなに美沙に繋げたがるんだ!!」
「はは、それほどわかりやすく片想いしてるやつ久しぶりに見てさ。お前も魔術師なら知ってるだろ?」
愛のない政略結婚をさせられて、子供を男女産んだら母親は家を出され、最悪の場合は殺される。
声のトーンを下げて、竜冴は呟いた。そして少し悲しそうな顔をしながら顔を下げる。
「……知ってるさそんなこと。だからこそ本当に好きな人とは結婚してはいけない、だろ。」
「幸弥君は難しいこと悩んでるのね。契約書も魔術師も……似た者同士ね。」
今まで黙ってた瑠璃がコーヒーを飲みながら男子達の話に入り込んでくる。よく見ると彼女のレモン色のブラウスにコーヒーの染みが付いている。
「でも、そんなことと言っちゃ悪いけれど……それは夢のお話よね。だって、この戦争に幸弥君と美沙ちゃんは敵同士で参加してしまっているもの。生き残ってもどちらか二人、私や青が残ってしまったらどちらもあの世行き。二人生き残ることはまずないでしょうね。」
主催者がそれを望むはずがない。下手したら皆あの世に行けばいいと思ってるはずよ。
そう言いきると彼女はグッとコーヒーを飲み干す。だが、一気に行きすぎたせいで胸を叩いて落ち着かせようとしている。
「おい、瑠璃。それは俺も初めて聞いたぞ。どういうことだ……お前、仮にも……」
「……私がこの戦いに参加したのは、アルテマになりたいから。それは知ってるでしょう? 更にその理由は、話してなかったよね。」
「そんなこと話さなくてもいいよ。お前らはここで死ぬ。」
パリーンッ!!
その突如、窓ガラスが派手に割られた。その先に居たのは、学帽を被る長槍を持った紫の少年だった。
* *
「朱音、起きていますか?」
場所は変わりブレッド・フラシャリエ、またの呼び方を清水家。実験室と呼んでも良いくらいの実験道具が大量に置かれている生物学者、清水悠哉の自室にて。顕微鏡やルーペは勿論、聞きなれない名前の薬品が入った容器や近くの本棚には生物学の分厚い本が大量に置かれていた。
「え、あ……ごめんなさい、寝てたわ。」
隣では彼の妻である女性がうとうととしていた。
「そんなにこの本は面白くありませんでしたか?」
「そ、そんなことないわ。もう全部読んでしまって、退屈だったからつい……」
「そうですか。もう部屋に戻って寝ますか?」
「いえ、もう少し本を読みたいからここにいるわ。」
「わかりました。ところで朱音……」
先ほどから、外が騒がしい気がするのですが……
そう言うと悠哉は銀のアンダーフレーム眼鏡をかけ、窓の方へ目をやる。朱音はそれに対し、そうかしら? と首を傾げながらその方向を見る。彼女は耳にかかる銀髪をサッと除けながら耳に神経を集中させる。それとほぼ同時に……
ダーンッ…………
派手な銃声が響いた。しかもそれは一発ではなく、何発も撃たれている。
「騒がしいわね。」
「でしょう? それに今日はいつもやってくるあの刺客が来なかった。少し、異常ではありませんか?」
「まぁそうね、いつもあの森から出てくると考えると異常ね。でも確かに烏しかいない森に銃はおかしいわ……見に行くべきかしら。」
といいながらも朱音は悩むことなく本を閉じ、棚に返している。それを見て悠哉はにっこりと微笑む。
「久しぶりに暴れてみますか。」
そう言って悠哉はクローゼットの裏に立てかけてあった普通に考えて持てないような大きな翠の剣を取り出す。それを彼は軽々と持ち上げると背中にかける。そして黒いカッターシャツの袖を肘まで捲し上げると、学者とは思えないがっしりとした腕が見えた。
「ああ、そっか。あなた実験中は結構覚醒してたわね……」
朱音は自分のポケットから無数のメスを取り出して、自分の武器を確認しスッと目を閉じ、覚醒する。胸元が大胆に開いた黒いトップスにひざが見える丈のフレアスカート、黒いロングブーツ。それにレースの付いた二の腕までの黒いロンググローブが美しく細い腕を強調する。そしてメスをポケットや手袋の下、スカートとトップスの間にも器用にしまって行く。
「何とか、原因を突き止められると良いのですが。」
「そうね、恐ろしいことが起こってないと良いのだけれど。」
二人は窓から部屋を飛び出し、すぐ裏の銃声が聞こえる森へと向かって行った。その時もまだ銃声は響き渡っており、危険な香りは常に漂い続けていた……
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