4.赤色は神をも魅せる

 女性の叫び声が響き渡る薄暗い森。その声を聞いてしまった愛菜と美沙は永坂邸に行く途中で、その森へ寄り道をしていくことになった。夜であるせいで、ただでさえ薄暗い森は足場もはっきりしなくて一層不気味さを増していた。そんな中、愛菜と美沙二人の女子高生はどんどん奥へと進んでいく。

「あれから叫び声は聞こえませんわね。」

「だね。でも、なんか人の気配はする」

「ここからは慎重に行きますわ。美沙さん、怖かったら私の腕掴んでも良いですわよ?」

 そう愛菜が意地悪そうに言うと、美沙はすかさず彼女の腕を掴んだ。彼女の表情はとても硬く、少し何かあれば泣きだしそうな雰囲気だった。素直って時には良いものですわね、となんとなく愛菜は微笑ましくなる。そして掴む美沙の手を彼女は反対の手で優しく握り返す。

「ふふ、お化け屋敷だと思えば良いのですよ。私がカッコよく守って見せますわ。」

「愛菜さん、ずっと博より男らしいと言うか……」

 幽霊大丈夫っていうところがカッコいい。

 それを聞くと愛菜はあははっとなるべく声を抑えて笑った。男性よりも男性らしい、褒められているのか遠まわしに女性らしくないと言われているのか……変な気分になってしまう。

「まぁ、お化けより怖いものなんてこの世に腐るほどありますから。」

そう言って愛菜は少しずつ足を進めた。それに美沙はがっしりと腕を掴み、ついて来る。その時だった……

「やめてええええええぇぇ!!!!」

 また外で聞いた時と同じ女性の叫び声が響き渡る。さっきよりも声が大きくなって、言葉がよりはっきりと聞こえるようになっている。二人は思わずビクッと肩を震わせた。

「お、同じ声ですわね。」

「やめてって聞こえた。殺人鬼にでも襲われてるのかな……」

「さっき怖い怖いって言ってた割には冷静ですのね。私は幽霊よりも殺人鬼のほうが怖いのですが……」

「……いや、殺人鬼は止めようと思えば止まるから怖くない。」

 その美沙の冷静すぎる言葉に愛菜は返事が出来ない。それと同時に自分も身を引き締め直さないと、と一つ深呼吸をする。

「ねぇ、愛菜さん。あれじゃないかな?」

「え、いつの間にそんなとこに……!」

 気がつくと美沙は自分よりも50m先くらいにいた。なるべく足音をひそめるために愛菜は覚醒を解きながら、彼女の元へと行く。その彼女の目に映った光景は……

「ゆ、有子?」

「と、血まみれの勤兄さん。」

「あの博君のお兄様を人質に取っている男は……」

 そこには、人質に取っている男から発砲されて負傷している勤とそれを見て泣き叫ぶ有子がいた。主に勤は手首や足首、横腹など即死はしない体の部位を撃たれていた。四肢のうち両腕と右足はやられているようで、彼はもう片膝をついている。撃たれたのであろう彼の腕に出来ている傷は少し肉も抉れて、血肉が見えて不気味だった。人質をとっている男は銀髪の男だった。黒い七分のカッターシャツに同色のジーンズに白に黒ラインの入ったハイカットブーツを履いている。近くで見ると顔もスタイルも整っていて、イケメンという類に入るのではないかと言える男性だった。

「離してよ!! 勤さんを離して下さい!!! 撃つなら私を撃って……」

「やだよ。契約書を撃つのはとてもつまらないんだ。どうせ君のことだし、大きな声で叫ぶだけ。一番面白くないね、面白いのはこの子みたいに痛いのにずっと苦痛を噛みしめている……この姿が良いんだ。」

 そう言って銀髪の男は片膝をつく、勤の頭に銃口を右隣から向ける。それを見て有子は嫌だっ!! と手を必死に伸ばす。だが、そんな彼女などに目を向けず男は下を向いている勤の顔を空いている手でくっと上げ、有子の顔を見させる。

「ふふ、よかったね。あんなに有子に愛されて。見てよ……あの無様に嘆く姿。君はあの伸ばされた手を掴むことも出来ない。彼女は泣き叫ぶだけだ」

「……オレの命は良い。せめてあいつだけでも、助けてくれ……」

「正義感がすごいねまた……。まずよくそんな状態でちゃんとした言葉を話せるよね、ちょっと関心だな。じゃあ……」

 本当にそうするね?

 男が勤の脳に発砲しようとしたその瞬間、彼に鋭利な投げナイフが飛んで行った。それを彼は見切っていたようにサッと避ける。

「やっと正義の味方がお出ましかな?」

「ええ!! あなたは残虐すぎますわ! 大人しくし…………え?」

「え、え?! ど、どうしたの愛菜さん……」

「あ、あ……」

 アルテマ、さん……?

 感情を抑えられなくなり、愛菜はナイフを投げ前線に出た。だが彼女はその男の顔をよく見ていなかったせいか飛びだしてから彼を自分の知り合いだと気づいたらしい。そしてそれも、あの創造神アルテマだという。この地では有名なアルテマ伝承で、この世の終わりを向かえかけた世界を“鮮血の災禍”と称された化け物からその聖なる魔力で守ったと言うあの……

「あ、愛菜!!」

「有子、あなたが手を出さないのはこういうこと……?」

「えー。ただ僕は似ているだけだよ……って言ったら信じる?」

 そう言って銀髪の男は苦笑いして言う。正面から見ると彼は前髪で右目が隠れている。美沙は創造神アルテマをこの目で見たことがないため、話についていけない。でも彼女の伝えたいことは一つだけだった。

「あなたが誰かは知りませんが、勤兄さんを離して下さい。私の大切な家族です。」

「……ああ、君が噂の暴走魔か。瑠璃が生んでしまったっていう。そしてこの長身君の家族、なんとなくその強すぎる正義感からもわかる気がするよ。」

「話を逸らさないで! 兄さんを離して!!」

「……ああ、いいよ。」

 あっさりと笑顔でそう告げた。有子があれだけ泣き叫んでも答えなかった彼がすんなりと承諾した。そう言って彼は勤の手を引き、立たせる。そして右手に持っていた銃をジーンズのポケットにしまう。本当に撃つつもりはないようだ。

「彼はもうボロボロだ。僕だってさすがに墨で真っ黒に染まった和紙を更に黒くする気はないよ。」

「美沙……」

 両腕を脱力した状態で勤は足を引きずりながら美沙に近づいて来る。美沙は駆け足で彼の元に寄る。180cmの長身が全体重をかけて自分の元へ倒れてくるのを美沙は慌てて支える。そんな姿をみて愛菜もそっと彼女に手を差し伸べた。

「兄さん、大丈夫!?」

「あ、ああ。少し休めばなんと、か……」

「私が奥で彼の面倒を見ますわ。美沙さんはあの、アルテマさんそっくりの彼をどうにかしてください。」

 愛菜は自慢の力で勤を肩に担ぐと、そっと森の陰で治療を始めた。美沙は無言で頷くと再び笑顔を浮かべる男の方を見た。

「あなたは誰ですか。アルテマ様なのですか?」

「君、本当にアルテマを知ってるの? アルテマがこんな人間の服装をして、継承戦争の参加者の魔術師いたぶって……そんなことするのに何のメリットがあると思う?」

「わかりません、根本的な根拠はありませんので。でも……」

 兄さんと同じ痛みは感じてもらいますから。

 その瞬間男は何者かに発砲された。痛いな……と言いながら左腕に当たった銃弾を取る。そこから真っ赤な血を滴っていた。服が黒色だったためあまり血の染みは目立たないものの、その当たった場所はわかりやすく肌の上から赤い液体が顔を覗かせていた。

「有子さん……?」

「美沙ちゃん、私も戦います。こんなやつ放っておけません……」

「……たかが青の契約書と暴走魔に僕が負けるとでも?」

 男は銃弾を投げ捨てると、自分の手についた血液を舌で舐めとる。そして手元から小さな氷の柱を無数、瞬時に出す。氷の魔術だった。それをみて美沙は詠唱の準備、有子は拳銃を二丁構え、戦闘態勢に入る。

「さぁ……鮮血のステージよ、僕を魅せてくれ。」

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