0.

「マジで来たよ……」

 思わず紙島の口から、そんな声が漏れていた。

 弦を張り替えながら、湯浅が脳天気な声で「何がー?」と訊いてくる。

「昨日から募集してたろ、ほら、デモ音源の通販。早速申し込みがあったんだって」

 否応なしに気持ちが高ぶった。ネット上で公開して、じわじわと再生回数を伸ばしてきたとはいえ、それでも爆発的に聴かれているというわけでもない自分たちの楽曲を、金を払ってでも聴きたいと思っている人間が、少なくとも一人はいたのだ。

 あまり音響のよくないスタジオで、時間にせっつかれるように一発録りをした音源。音質自体良いものとは言えないし、ミックスだってお粗末だ。それでも。

 それでも良いと言ってくれた人がいたのだ。

「……マジか」

「マジだよ」

 湯浅がベースを放り出してこちらまで駆け寄ってきた。

「ど、どこの誰?」

「なにその喧嘩売られたみたいな反応」

 湯浅の焦りように思わず紙島の口から笑いが零れる。

「どこの誰って。なんだよ、それ」

「記念すべき俺らのファン一号だぞ。気になるだろうが」

「俺が悪かった」

 両手を顔の横に掲げて降参の意を示す。

 それから改めて、メールフォームから飛ばされたデータに目を走らせた。

 郵便番号の頭が0で、それだけでもう、関東の住所ではないことが分かる。

「……北海道!」

「は? 北海道?」

「でっかいどう?」

 湯浅に続いて、いつのまにか部屋に来ていたドラムスの稲浦が——恐らくは訳の分からないまま乗っかってくる。

「住所、これなんて読むかわかんねえな。北海道の地名って、独特すぎる」

「俺もわからん。まあでも検索すれば一発だろ」

 口々に言いながら北海道の地名を調べ始める湯浅と稲浦を他所に、紙島はディスプレイに並ぶ文字列を目に焼き付けるように黙って見続けていた。

 二人が声を掛けてくるまで、ずっと、そうしていた。

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