第三十七話 落着 ‐カイケツ‐

 児亡き爺の亡骸が完全に消え去ったのを確認して、公園を後にした一行。今回の依頼は終わり、友恵の要望通り両親二人を助け出せた。

 無傷の猫又と比べ、供助は体中に痣を作って辛勝といった感じである。もっとも生来の打たれ強さが功を奏して、今回は窮地を逃れる事が出来た。

 原因であった児亡き爺と真っ暗返し。その二匹を無事祓い、ようやく依頼終了。あとは帰るだけ……だったのだが。


「なんで俺がタクシーの代わりをしなきゃなんねぇんだよ」


 帰路の途中、愚痴る供助。

 その背中には、未だに意識を取り戻さない友恵の父親を背負っていた。

 帰路は帰路でも供助と猫又の帰路ではなく、友恵の帰路である。


「しょうがなかろう。友恵一人では両親を運べんからの」

「ごめんね……お金があればタクシーを呼べたんだけど、お財布はお家に置いてきちゃったから……」

「気にするでない。供助の器がちっこいだけだの」


 猫又は母親を背負い、隣りを歩く友恵に優しく言葉を返しつつ。愚痴を言う供助にジト目を向ける。

 友恵は小学生。大人二人を一人で家まで運ぶなど出来る筈もない。なので、供助と猫又が両親を一人ずつ背負い、友恵の家に向かっている最中であった。


「けっ、払い屋にもサービス残業があるたぁな」


 供助は顎をしゃくれさせて、独り言で皮肉を言う。

 今まで妖怪を払い終われば速攻帰宅していた供助は、今回のように依頼外の事をしたのは初だった。と言うよりも、横田を介さず個人で依頼を受けた事自体が初めて。

 個人的に請け負うと報酬が良くても面倒臭いがあるなら、これはこれで考えものだと供助は思った。


「ふむ。到着、だの」

「ようやく着いた……」


 少しずり落ちてきた友恵の父親の態勢を直して、供助は小さく溜め息を吐いた。

 住宅街で周りに家屋が多くある中、友恵の家だけが明かりが点いておらず暗い。住人が全員出払っていたのだから当然だが。

 しかし、家を見上げると。昨日までは漂い滲み出ていた妖気は、綺麗さっぱり消えて無くなっていた。

 友恵の家族を不幸に陥れていた元凶は祓われ、ようやく久方の平穏がやってきたのだ。


「う、ん……ん?」


 供助の背中から、意識が戻った友恵の父親の声が聞こえてきた。


「僕は一体……うわっ、なんで背負われているんだっ!?」

「っと、とと、暴れんな! 今降ろすって!」


 友恵の父親は目を覚ますや否や、供助の背中の上で暴れだした。気が付いたら見知らぬ男に担がれているのだ。そりゃそうだろう。

 普段ならなんて事ないが、怪我をしている供助には暴れられるだけで地味に痛く、我慢しながら友恵の父親を降ろす。


「お父さんっ!」

「友恵……?」


 供助の背中から降ろされると同時に、友恵が父親へと走って抱き付く。

 何が何だか解らず、友恵の父親は頭からハテナマークを幾つも出すしか出来なかった。

 さて、どう説明したもんか、と。供助が髪を掻き上げると。


「ちょ、なんなの、一体っ!?」


 友恵の母親も目を覚ましたようで。

 当然暴れる友恵の母親に猫又は少し困りながらも、落とさないようゆっくり降ろしてやる。


「お母さんも気が付いたんだねっ!」


 父親のお腹に埋めていた顔を向けて、友恵は目を覚ました母親に笑顔を向ける。

 父親も母親も児亡き爺と真っ暗返しに取り憑かれていた後遺症らしきものは見当たらず、無事なようだ。


「友恵、私は一体どうして外に……」

「それに、この人達は誰なんだ?」


 妖怪に取り憑かれていた時の記憶は無く、目が覚めたら見知らぬ人の背中に背負われていた。

 そうなった経緯も理由も知らず解らず、友恵の両親は混乱している。本人達にとっては初対面である供助と猫又に向けられるは、怪訝な目。


「もしかして、僕達を眠らせてさらおうと……」

「えっ……誘拐犯っ!?」


 勝手に話が進んでると言うか、変な方向に行ってしまっていると言うか。

 供助と猫又は誘拐犯ではないかと疑われ始めた。


「違うよっ! 供助お兄ちゃんも猫又お姉ちゃんも悪い人じゃないよっ!」

「友恵、あなた知ってるの? 説明しなさいっ!」

「一体この人達は誰なんだ!?」


 友恵へと迫るように質問する父親と母親。

 自分達の現状況が解らない事への不安もあるのだろう。


「えっとね、んと、えと……」

「うーむ、どう説明したものかのぅ」


 言葉に詰まる友恵と猫又。

 そりゃそうだろう。正直に妖怪に取り憑くかれていました、なんて言っても信じてもらえる筈が無い。

 どのように説明すべきかと、猫又は頭を抱えている――――と。


「妖怪に取り憑かれていたんすよ」

「き、供助っ!?」


 その悩んでいた理由を、供助がすらっとぶち撒けた。

 思わず、素っ頓狂な声を出してしまう猫又。


「妖怪って……」

「何をふざけた事言ってるんだ、君はっ!」

「ま、そうなるわな」


 予想通りの反応と返答。

 供助は小さく鼻息を漏らす。


「とりあえず話だけでも聞いてもらえないすかねぇ」

「馬鹿馬鹿しい!」

「そうよ、妖怪だなんてっ!」


 これも予想通りだと、供助は面倒臭そうに肩を竦ませた。予想通りと言うよりも、当然の反応と言った方がいいか。

 父親に至っては友恵を抱き寄せ、供助達から守るように遠ざける。


「ここ最近、嫌な夢を見て不安になったり、理由も無くいつも何かに腹を立てていましたよね?」

「えっ!?」

「なんでそれを……?」

「友恵から聞きまして」


 自分達を悩ませていた不安定な感情や、毎晩見ていた悪夢の事。

 それらを知っているのに一瞬だけ驚愕きょうがくの色を見せたが、供助の返答ですぐに消えた。


「ただ……今までのような異常な苛立ちや、周りに対する不信感みてぇなのは無くなってると思うんですけどね」

「言われてみれば……」

「確かに、なんか気分がスッキリしてる気がするわ」


 しかし、供助に言われてみると。

 清々しい気分と軽くなった気持ち。心にあったつっかえが取れているのに気付く。


「両親が毎日喧嘩して、まるで人が変わったようだってよ。友恵に助けて欲しいって頼まれたんすよ」

「え……?」

「友恵に?」


 両親がほぼ同時に、供助から友恵へと視線を移す。


「泣いてましたよ。大好きな両親が喧嘩してるのを止めさせたいって。仲直りさせたいってよ」

「……そうだったのか」

「友恵……」


 児亡き爺や真っ暗返しに操られていた間の事は覚えていない。だが、取り憑かれても本人達の意思が保もたれていた時の記憶は残っている。

 つまり、妖怪の影響で苛立ち喧嘩していた事や互いへ吐いた暴言は覚えているのだ。

 妖怪が原因だったとは言え、作られた溝は自分達で埋め直さなければならない。


「まぁ、俺の話を信じるか信じないかは任せますよ。そんな重要じゃねぇんで」


 かったるそうに、供助は話す。

 しかし、態度とは正反対の真面目な目。真剣な――――眼差し。


「けど、友恵の事は信じてやって下さい。必死に、大好きな両親を守ろうとしたんすから」


 本当に供助なのか。普段からは考えられない言動に、猫又は疑ってしまう。

 他人に興味が薄く、面倒臭がりで、義理や人情なんて言葉を知らなそうな供助が……こんな事を言うなんて。


「とりあえず、あなた達を苦しめていた妖怪は俺達が祓った。理不尽な喧嘩は無くなると思います」

「うむ。にわかには信じられんと思うが、妖怪の驚異は去った。明日からは平穏無事な日々が戻ってくる筈だの」


 供助の言葉を後押しするように、猫又も続けて話す。

 自分が妖怪とバレないよう、猫耳と尻尾は友恵の父親が目を覚ました時点で咄嗟に隠した。今は耳も尻尾も隠し消され、見た目は普通の人間と変わりない。


「妖怪なんて、そんな事が本当に……」

「友恵……本当なの?」

「うん、本当だよ? お父さんとお母さんは妖怪に取り憑かれていたんだよ?」


 友恵は答えて、両親に小さく頷いて見せる。


「もう、喧嘩しないよね……? 前みたいに優しいお父さんとお母さんに戻ったよね?」

「そうね……もう喧嘩なんてしないわ。悪い妖怪は居なくなったんだから」

「あぁ、大丈夫だ。もう大丈夫だよ」


 父親はもう一度友恵を抱きしめ、母親は頭を撫でる。

 妖怪に取り憑かれていた時のような狂気や危険さは微塵も無い。あるのは優しさと温かさ。家族愛を形にしたモノが、そこにあった。


「ま、詳しい事は友恵から聞いてください。俺等は頼まれて手助けしただけすから」

「その、なんと言うか……ありがとうがざいました」

「別に礼なんていいっすよ。とりあえずこっちの連絡先は友恵が知ってるんで、何か聞きたい事や問題があったら遠慮無くどーぞ」


 友恵の父親からの礼の言葉。やはり妖気云々の話は信じられないか、半信半疑の礼の言葉。

 それに対して供助は、特に気にする素振りも見せず前髪を掻き上げて返した。


「妖怪に憑かれて無意識に体力を消耗している筈なんで、今日は早めに休んでください。友恵も歩き回って疲れてるだろうし」


 真っ暗返しと児亡き爺に操られていた時の意識は無くても、体は動いていた。

 しかも、本人達の意思など関係無く強制的にだ。無理に動かされていた分、体力の消耗は激しい。


「さっきから体が怠いと思っていたけど……」

「妖怪の影響すね。ただの疲れだから、飯食って寝れば次の日にゃ治ってますんで。安心してください」


 母親が米噛み辺りに手を当てて疲労の様子を見せると、友恵は心配した顔を向けた。

 さっきまで妖怪に取り憑かれ、その影響と人格の豹変を友恵は知っている。友恵が後遺症があるんじゃないかと不安になるのも無理はない。

 しかし、供助は特に問題無いと即答して友恵を安心させる。


「じゃあ、そろそろ家に入ろうか」

「そうね。疲れたしお腹も空いたし……友恵、何か食べたいのある?」

「んーとね、カレー!」


 頭を一度下げ、回れ右してマイホームへと向かう両親。友恵は子供らしい答えを言いながら、母親と手を引かれていく。

 玄関のドアを開け、家に入る直前。


「供助お兄ちゃん、猫又お姉ちゃん!」


 友恵は振り返り、今までで一番良い笑顔をさせて。


「本当にありがとう!」


 供助と猫又に、お礼を言った。

 本当に、心の底から。純粋に笑って過ごせる日々が少女に戻ってきたのだ。

 年相応の天真爛漫な、笑顔が。


「……おう」

「うむ。今日は疲れたであろう、ゆっくり休むとよい」


 供助は明後日の方向を向いて頭を掻きながらぶっきらぼうに。猫又は腕を組んで笑い返して。

 二人はそれぞれの態度と、それぞれの言葉で返事した。

 それを見て友恵はもう一度にっこりと笑って、父親と母親が待つ家へと入っていった。


「ったく、ようやく帰れる」

「一件落着、だの」


 友恵からの依頼は完全に終了し、背中を丸めて一息つく供助。疲労と空腹。夕方まで寝ていたにも関わらず、欠伸が一つ出てしまう。

 確かに供助と猫又によって妖怪は祓われ、その驚異は去った。しかし、友恵と両親は気付いていない。

 まだ存在する問題が一つ、解決されていない事に。

 友恵の家族が自宅へと帰り、その数秒後――――大声が上がった。


「ちょっと、なんなのこれっ!?」

「家の中がめちゃめちゃじゃないか!」


 物と言う物が散らかって汚れた家中の惨状に、友恵の両親は悲鳴とも言える声を響かせた。

 まぁ、散らかった家内を片付けるのはかなり大変だとは思うが……今まで仲違いをしていたのと比べれば、遥かに難易度の低い問題である。

 三人で片付ければきっと、前みたく綺麗になるだろう。家の中も、家族の仲も。

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