第二十六話 霊視 ‐ゲンイン‐

 猫又が妖怪の匂いを頼りに街中を駆け回っている頃。

 供助は友恵の家に入り、中の様子を見ながら霊視を行っていた。


「ひでぇ散らかりようだな、こりゃあ」


 家の中を見た供助の第一声が、これだった。

 家に入るや否や、玄関には沢山の靴や物が散乱していた。革靴、シューズ、ヒール。靴べら、壊れた棚の破片、転がる置物。

 中に入れない程ではないが、これだけ物が散乱しているのは異常と言える。玄関は家の顔と言うが、これでは見た人の印象は最悪だろう。


「いつもはこんなじゃないんだよ? でも今日は……」

「あぁ、言わなくていい」


 友恵の言葉を途中で遮り、供助は玄関から見える範囲を見回す。

 家の外観から妖気が見えたので当然だが、やはり所々に妖気を感じる。感じると言っても妖怪そのものの妖気ではなく、足跡みたいなものだが。


「中、見せてもらっていいか?」

「う、うん。こっちだよ」


 友恵に促され、供助は靴を脱いで家に上がる。

 玄関だけじゃなく廊下にも物が幾つか落ちていたが、子供が玩具を散らかした程度のもの。

 そのまま案内され、リビング、和室、客間、トイレ、洗面所、風呂場と霊視をしていく。

 全ての部屋に妖気を感じ取ったが、やはり残りカス程度。妖怪の本体が居る感覚も気配も無かった。


「ここがキッチンだよ」

「……ここは特にひでぇな」


 一階で最後に案内された部屋は、台所。

 作りは洋風で台所と言うよりも、友恵が言ったようにキッチンと言った方がしっくりくる。

 だが、ドアの先は玄関よりも酷い有様だった。


「ここが喧嘩が起きた場所か」

「……うん」


 供助の質問に、友恵は弱く頷く。

 家族で囲って食事をしていたであろう長テーブルは斜めにずれて、数脚ある椅子は倒れていた。床には割れた皿の破片が落ち、元は何枚だったのか解らない位に散らばっている。

 他にも観葉植物の植木鉢も転がって土が溢れ、相当激しい修羅場であったのが簡単に想像出来る。


「あーぁ、卵まであらぁ」


 しゃがんで足元に落ちていた割れた生卵を見付け、勿体無さそうに呟く供助。


「あの、ごめんね。せっかく来てもらったのにお家が汚くて……」

「気にすんな。散らかった部屋には慣れてるからよ」


 言って、供助は部屋を注視する。

 友恵の両親が喧嘩した場所。母親か父親かは解らないが、取り憑いた妖怪が居た所なだけあって幾らか妖気の残り具合が濃い。

 それでも少し濃いだけで、他は変わらず情報は無い。妖怪の影響による喧嘩が起きた場所というだけで、それ以上の情報は無さそうだ。


「こんだけ散らかってりゃ面倒臭ぇだろうが、後で片付けりゃいい」


 しゃがむのを止めて立ち上がり、供助は首を鳴らす。


「両親と一緒にな」

「……うんっ!」


 供助の口調は完全に他人事といった感じだった。

 だが、最後に一言。おまけのように言った言葉。その意味に気付いた友恵からは、元気な声が返ってきた。


「次は二階を頼む」

「ここはもういいの?」

「あぁ、十分だ」


 キッチンの中には入らず、廊下から霊視しただけで十分だった。それに、こうも酷く物が散乱していると、入るのを戸惑ってしまう。

 友恵はキッチンのドアを閉め、二回へと続く階段へと供助を連れて行く。

 古臭さがある供助の家とは違って、友恵の家は新居並の新しさがある。階段を上っても軋む音がせず、壁だって白くて綺麗だ。


「二階は全部で四部屋、か」


 階段を上りきって二階に来ると、廊下を挟んで対照的にドアが二つずつあるのが見えた。一階に比べて二階は綺麗で、物は一つも落っこちていない。

 喧嘩が勃発したのは一階のキッチン。二階では特に争いはしなかったのだろう。

 現時点では一階と二階に妖気の差異は無い。あくまで現時点で、であるが。


「とりあえずこの部屋から見ていくか」

「ここは私の部屋だよ」


 廊下の左手。一番近かった部屋から調べる事にする。

 友恵がドアノブを回して開けて部屋に入る。勉強机、丸いピンクのテーブル。小さめのベッドに、可愛らしい人形や動物のぬいぐるみ。

 いかにも小学生の女の子っぽい部屋。ぐるりと部屋を見てみても、これといっておかしな点は無い。

 友恵自身からは妖気を感じないし、話によれば妖怪が取り憑いているのは両親。

 なら、友恵の部屋には目星い情報はないと考えていいだろう。


「ここは大丈夫みてぇだな。次行くぞ」

「うんっ」


 友恵の部屋を霊視するのは三分も掛からず、すぐに出て行く。

 自分の部屋にも何か妖怪がいるんじゃないかと心配していたらしく、友恵は何も無いと知ると少し安心したのか口元が綻んだ。

 次に調べるのは隣の部屋。友恵の部屋から数歩、供助は廊下も霊視をしながら歩く。


「この部屋は?」

「お父さんとお母さんの寝室だよ」

「……寝部屋、ねぇ」


 人の家の寝室に入る事に多少の抵抗を覚えながら、供助は友恵に付いていって部屋に入る。

 友恵くらいの歳なら気にもしなかっただろうが、供助はある程度の歳をとってモラルや常識を持っている。

 なんというか、まぁ……未成年といえど、それなりの知識はある訳で。

 気まずくなったり、友恵に質問されたら答えにくくなるような物が無い事を祈る供助だった。


「でも、最近はお父さんとお母さん、別々の部屋で寝てるから……」

「じゃあこの部屋は使ってねぇのか?」

「んーん。今はお母さんが一人で寝てるよ」

「親父さんの方は?」

「向かいのお客さん用の部屋で寝てる」

「そうかい」


 クローゼットに化粧机、立ち鏡、小さな本棚。定番の家具が置かれた、よくある寝室。そして、部屋の中央に置かれた大きなダブルベッド。これが一番、目立つ。

 目立つ理由はその大きさ。元々は友恵の両親二人が一緒に寝るのを想定して購入したのだろう。

 だが、供助には目立つ理由が他にもあった。


「……ここか」

「えっ?」


 部屋の入り口前に立っていた供助は、ようやく見付けた手掛かりへと向かう。

 近付くはダブルベッド。今まで見せてもらった部屋とは明らかに違う、妖気の残滓。

 家中を囲む霧のような僅かなものでは無く、くっきりと残された濃い妖気。

 ダブルベッドが視界に入って直ぐに解った。ここが妖怪の住処……根城なのだと。


「どうやら、妖怪に取り憑かれたのは母親の方みてぇだ」

「お母さんに……?」

「あぁ、このベッドから特に妖気を感じる。って事ぁ、ここで寝ている人が取り憑かれているって考えるのが自然だろ」


 霊視をすると、ダブルベッド全体から黒々しい濃紫のオーラが纏わっている。

 ベッドから妖気を感じるという事は、友恵の母親は寝ている間に妖怪の影響を受けていると考えていいだろう。

 とりあえず、妖怪が取り憑いているのが母親の方だと解っただけでも十分だ。父親よりも母親を見付けるのが先だと、優先順位がはっきりしたのだから。

 この事を猫又にも知らせるべきだが、生憎今は別行動で居ない。猫又は携帯電話も持っておらず、通信手段も無い。

 このまま友恵の家で猫又を待つか、自分も街へ友恵の母親と猫又を探しに行くか。どうするかと、口元に手を当てて考え込む供助。

 すると、ふとある物に目が行った。


「枕……?」


 ベッドに置かれている、一つの枕。なんてない、よくある、普通の枕。

 小さなフリルが付き、薄く花の模様が描かれた枕カバー。大きさは大体五十センチ位。

 ただその枕の妖気はベッドよりも濃く、一際異彩を放っていた。

 真っ新な水の中へ絵の具が付いた筆を突っ込んだ時のように……酷く濁って。


「友恵」

「な、なに? 供助お兄ちゃん」

「よく喧嘩する以外に、母親が何かおかしな所はなかったか?」

「え、っと……」


 うーん、と唸りながら、友恵は最近の記憶を思い出す。


「あ、そういえば」


 何か思い当たる事があったようで、友恵は俯きかけていた顔を上げる。


「最近じゃないんだけど、お父さんと喧嘩をするようになった時に……」

「何かあったか」

「お母さん、なんかよく夢を見ていたみたい」

「夢?」

「うん。どんな夢かは教えてくれなかったけど、凄く嫌な夢だって言ってた」

「夢、か。夢……ねぇ」


 供助は推測する。今ある情報で、導き出される元凶を。

 キーワードは喧嘩、ベッド、枕、夢。少ないようで、意外とある手掛かり。

 特に枕と夢。この二つは重要かつ、答えと言っていいかもしれない。


「友恵、この枕は前から使ってんのか?」

「枕? あ、うん。これはお母さんが昔から使ってる物だよ」

「新しくした物でも無ぇ、か。カバーもか?」

「枕カバーはお母さんの手作りだよ。お母さん、縫い物とか編み物が得意だから」

「どっちも外から持ってきた物じゃねぇか。となると……何かを切っ掛けに連れて来ちまったと考えるべきだな」


 供助は前髪を掻き上げ、ベッドの上にある枕を凝視する。

 元々何かしらの物に妖怪が憑いていて、それを購入した事が原因じゃないかと考えもしたが、どうやらその線は無いらしい。

 そうなると供助が今言ったように、妖怪を連れてきてしまったか、誘い込んでしまった可能性が高い。

 幽霊スポットに行った、慰霊物を破損させてしまった、妙なまじないをした。よくあるのはこんな理由だ。

 深夜徘徊を楽しみとしている若者ならばともかく、子持ちの大人が心霊スポットに行くなんてのは考えにくい。なら、あるとすれば慰霊物の破損か、呪いか。どちらか二つ。

 しかし、ここ二週間程前から、この五日折市付近の地域に妖怪や幽霊の類が異様に増えている。もしかしたら、何かイレギュラーが起きた可能性も捨てられない。

 普段使わない脳みそを使い、供助が考え込んでいると――――。


「供助お兄ちゃんっ! 危な―――」


 ご――――っ!


 友恵の叫び声が耳に入った瞬間。頭部に激しい衝撃と、酷い鈍痛が走る。

 何が起きたのか、何をされたのか。何も解らないまま。

 供助は顔から床に、抵抗も無く倒れ込んだ。

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