第二十五話 二手 ‐フタテ‐

「友恵っ、大丈夫かの!?」


 友恵から電話を受けてから十分後。

 猫又と供助は、友恵から依頼を受けた公園へと来ていた。


「ネコのお姉ちゃん!」


 猫又が公園の入口からベンチに座る友恵を見付け、名前を呼んで走り寄っていく。

 すると友恵は俯いていた顔を上げ、猫又を見ると安堵の表情をさせて立ち上がる。


「待たせたの。一人で不安だったろう」

「んーん。ネコのお姉ちゃんが来てくれたから平気だよ」


 猫又が屈んで抱き寄せると、友恵は少し震えた声で答えた。

 見ると目は真っ赤で、目尻には涙の跡がある。平気だと言っているが、とても不安で怖かったに違いない。

 陽が落ち、公園は薄暗くなり始めている。外灯があるとは言え、暗く誰も居ない公園に小学生が一人ぼっちなのは心細いに決まっている。


「ったく、そう急いで走んなよ。こちとら飯を食い損ねてんだ」

「……ッ!」

「おー、怖ぇ怖ぇ」


 後からダラダラとやってくる供助に、猫又は無言で睨み付ける。

 それに対して供助は反省するでもなく、小馬鹿にするように鼻で笑った


「で、なんでお前は公園なんかに居んだ?」

「それは、出て行ったお父さんとお母さんを探してて……」

「見つかったか?」

「……」

「だろうな」


 無言で首を横に振る友恵の返答に、供助は予想通りだと頭を搔く。

 大人の行動範囲は子供に比べ何倍も広く、体力も多い。小学生が宛もなく探し回ったところで、見付けられる確率は低いだろう。


「ならば友恵の両親を探しに行こうかの! 何、三人で探せばすぐに……」

「あぁ? 誰がそんな面倒臭ぇ事するかよ。行くなら一人で行けってんだ」

「ッ! 供助、貴様がどう思いどう感じるかは自由だがの。依頼を受け報酬を貰う以上、それ相応の働きをすべきではないかの……?」

「俺が受けた依頼は友恵の両親に憑いた妖怪を払う事だ。隠れんぼの鬼をする事じゃねぇ」

「友恵の両親を探し出さねば除霊も出来ぬだろう!」

「そりゃ解ってるっての。けど、宛も手掛かりも無しに街中を探し回るなんて面倒臭ぇ事、俺ぁゴメンだね」

「この、唐変木が……ッ!」


 猫又は友恵から離れ立ち上がり、後ろに居た供助へと近付く。

 そして、親の仇でも見るかのような鋭い目付きで、供助の胸ぐらを掴み掛かった。


「け、喧嘩はダメだよ!」


 猫又の力を込めた右手が、供助の顔面へと飛んで行こうとした寸前。

 友恵の叫びによって止められた。


「人を叩いたら……叩かれた人も、叩いた人も痛いんだよ……?」


 涙目になり、声を震わせ訴える友恵。

 猫又は頭に上っていた血が一気に下がり、己の行動を後悔する。

 友恵の両親は喧嘩をして居なくなった。それを助けに来たというのに、自分達が仲違いをするとはどういう事か。

 仲がいい人が喧嘩する悲しみを、好きな人が人が居なくなる不安を、一人だけになる怖さを。友恵は知っている。今まさに身に感じている。

 だから、止めた。だからこそ、必死に止めたのだ。


「すまんかったの、友恵。自分の感情ばかり優先してしまって……不安にさせたの」

「喧嘩、しない?」

「うむ、喧嘩はせん。だから心配せんでいいの」


 猫又は屈み、友恵の頭に手を乗せた。

 にっこりと猫又が微笑むと、友恵は安心したのか笑って返した。


「よし、では友恵の両親を探しに行こうかの」


 友恵の頭を数回撫で、友恵は立ち上がる。


「さっきも言っただろ。行くなら一人で行けよ、猫又」

「供助、貴様はまだ……!」

「俺は友恵の家に行って中を見てくる。何か妖怪の手掛かりがあるかもしれねぇ」

「ならば、貴様が一人で行けばいいの。私と友恵は両親を探しに行く」

「勝手に人様の家に入れるかってんだ。それに、友恵が居ねぇでどうやって家に入んだよ」


 供助の相変わらずの態度に、猫又は再度怒りが込み上げてくる。

 が、友恵の事を考えて耐え、抑える。


「う、うん。泥棒に入られないようにお家の鍵は閉めてきたよ」

「友恵もこう言ってんじゃねぇか。夜の散歩はお前ぇ一人で行ってこい」

「……解った。私が一人で探してこよう」


 しょうがなく、猫又が折れた。

 猫又は友恵の両親を見付けて安心させてやりたいと思っている。だが、供助の言っている事も正しいのも承知していた。

 どちらも正しく、どちらも重要。このまま言い合っても互いの意見は変わらないだろう。時間も勿体無い。

 ならば、自分が妥協すべきだと猫又は判断した。それに、とうに陽は暮れて空は真っ暗。友恵を夜の街に連れて歩くのはあまりいい事とは言えない。


「決まったな。友恵、お前の家に行くぞ」

「うん。でも……ネコのお姉ちゃん、一人で大丈夫?」

「心配要らねぇよ。そこいらのノラ猫よか何倍もしぶてぇヤツだ」

「どこぞの阿呆の違うて、私は頭が働くからの。道に迷う事も無い」


 供助と猫又。二人は互いに皮肉を言い合い、冷ややかな目を向け合う。

 先程のような喧嘩が起こる雰囲気は無いが、重くひりついた空気が流れる。


「はっ」

「ふん」


 供助は短く息を吐き出し、踵を返して一人先に公園から出て行く。

 数秒後、猫又と友恵は手を繋ぎ、二人も追って公園を後にした。






    ※    ※    ※





 ――約十分後。公園から出て歩き、友恵の家に着く。

 住宅街で周りに家が沢山ある中、唯一明かりが点いていない家。

 供助と猫又には今も、友恵の家から漏れ流れる妖気を感じ取っていた。


「変わらず、か」


 家から漂う妖気を眺め、供助は呟く。

 昨日の今日で変化があるとは思ってはいなかったが、住宅街の中で際立って見える。

 尤も、そう見えるのは霊視が出来る者だけだが。


「で、お前ぇは両親を探しに行くんじゃねぇのかよ」


 友恵の家を見上げるのを止め、供助は隣の相棒へ話し掛ける。


「ふん、今から行くんだの」


 猫又は和服の袖に手を入れて組み、鼻を鳴らして端的に返す。

 もう必要以上の会話さえ厭わしかった。


「ネコのお姉ちゃん。えっと、お父さんとお母さんの特徴はね……」

「言わなくてよい。匂いで解るからの」

「におい?」

「うむ。友恵の両親を見付けてすぐに戻ってくるからの」


 猫又は優しく友恵の頭を撫で、微笑む。


「友恵、鍵ィ開けてくれ」

「うん、今行くよ」


 供助は先に友恵の家の玄関前まで移動しており、呼ばれた友恵は返事をして走っていく。

 ポケットから兎のぬいぐるみらしきキーホルダーを付けた鍵を取り出し、玄関の扉を開ける。

 供助はさっさと中へ入っていくが、友恵は心配そうに振り返ると、猫又は大丈夫だと笑顔を見せる。

 それで安心したのか友恵の表情は緩まり、家の中へと入っていった。


「うむ、では私も動くかの」


 猫又は組んでいた腕を解き、意気込む。

 右、左、正面。一応念の為、上。周りに誰も人が居ないか確認する。

 人っ子一人どころか、影すら無い。


「ほっ」


 そして、シャンプして宙で一回転。

 ぼふん、と白煙を吹き出して、人型から猫の姿へと戻った。

 勿論、街中を歩くのだから猫又の特徴である二本の尻尾の内、一本は妖力を使って隠してある。


「こっちの方が動きやすいからの」


 人型は人型で便利ではあるが、情報収集をする時は猫の方が向いている。

 猫の姿では篝火かがりびなどの技は使えないが、小回りが利き、高い所へ登りやすく、何より目立ちにくい。

 人型は姿を維持するのに僅かだが妖力を消費して、猫の姿よりも俊敏性が劣る。だがその分、火力が高い。

 ほぼ戦闘向きと言っていいだろう。あと漫画が読みやすい。


「さて……」


 猫又は地面に鼻を近付け、鼻を鳴らす。

 友恵から供助に電話があったのは三十分程前。それに友恵は最初、一人で両親を探し回っていたと言っていた。

 とは言え、小学生の子供が何時間も歩き探し回れるとは思えない。友恵の両親が家から出て行ったのは恐らく一時間から二時間ほど前と考えていいだろう。

 もし、友恵の両親が妖怪の影響で喧嘩を起こしていたのなら――――。


「やはり、あったの」


 鳴らしていた鼻を止め、目を細める猫又。

 探しモノは直ぐに見付かり、予想通り強く残っていた。

 それは、妖怪の残り香。


「この道を真っ直ぐ行ってるのぅ」


 猫又が公園で別れず、友恵の家まで一緒に行った理由はこれだった。

 ほんの一、二時間前ならば、容易に嗅ぎ取れるほど残っている。これなら匂いを辿って行けば、自ずと友恵のどちらかの両親に会えるだろう。

 供助は宛も無いと言っていたが、猫又にはあったのだ。尤も、匂いが強く残っている確率が高いだけで、確証があった訳では無いが。

 猫又は道に残る匂いを頼りに、街中を進んでいく。


「うーむ、良い匂いがするのぅ」


 匂いを追う事、十分。気付けば駅前にまで来ていた。

 沢山の人が行き交い、歩き回り。煌びやかに光るビルやお店の看板。

 妖怪の匂いを嗅ぐと、一緒に食べ物の良い匂いが鼻に入る。ファーストフードや居酒屋、スーパー。食べ物を扱っている店はたんまりある。

 揚げ物の香ばしい香りに、焼けた肉の脂の匂い。様々な良い匂いに、猫又の口からは涎を垂れる。


「……ぬ?」


 街の喧騒の中。猫又は足を止め、表情が固まる。

 大通りから外れ、少し細い裏道。それでも飲食店が並び、人通りは多い。


「なんだの、これは」


 匂いを見付け、順調に追えている。匂いが消えるまではまだ時間に余裕もある。

 だが一つ、気に掛かる事が見付かった。妖怪の匂いに猫又はいぶかしむ。


「この妖怪の匂い……何か他の匂いも混ざっておるような」


 匂いの中、微量に感じる何か。しかし、確実に違和感がある。

 一瞬嗅ぎ間違いかとも思ったが、確かにする。ある。別の何かの匂いが。

 猫又の優れた嗅覚によって、ほんの僅かに残る違う匂いを嗅ぎ取った。

 ノートに鉛筆で字を書いた後、消しゴムで消したような。字は消えても薄らと跡だけが残っている、そんな感覚。

 そして、匂いを追って細い通りを抜け、再び大通りに出た時。

 さらに怪訝な状況を、猫又は迎えた。


「はて、どうしたものかの……」


 猫又は表情を険しくし、もう一度地面から匂いを嗅ぐ。

 やはり、何度嗅いでも間違いではない。


「ここで匂いが二手に分かれておる」


 友恵の家から嗅ぎ取れていた匂いと、途中から気付いたもう一つの匂い。

 今の目的を考えるのなら、友恵の家から辿ってきた匂いを追うべきだろう。それは猫又も解っている。

 匂いが消えるまで時間があるとは言え、時間を掛ければそれだけ友恵の両親が離れていく可能性がある。

 それに妖怪に取り憑かれているなら、どんな行動を起こすか解らない。急がなければならないのは変わらない。

 しかし、それを迷ってしまう程の理由が出来てしまった。


「まさか、妖怪の匂いが二つするとは予想外だの」


 もう一つの微かな匂いは途中から気付いたとは言え、友恵の家から追ってきた匂いと通り道が被っている。

 いや、被っているとい言うよりも、ほぼ完全に重なっていると言ったほうが正しい。

 ここまで同道で二重になっていると偶然とは考えにくい。猫又が気付かなかっただけで、初めから両方の匂いは友恵の家から出ていたと考える方が自然である。

 だとしたら、この二択によって今後の展開が変わる可能性が大きい。

 だが、悩む時間は無い。もし微かな匂いの方も友恵の家から続いていたのなら、尚更。

 猫又の目は細まり、焦燥の色が見え始める。


「もしかするとこれは……複数の妖怪の仕業かも知れんの」


 妖怪の匂いが別れる左右の道を、猫又は一度だけ交互に見やり。

 自身の勘を頼りに選んだ方を、匂いを辿り再動する。

 賑やかな街中。その喧騒を切り裂くように、猟犬ならず黒い猟猫が疾走する。

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