第二十一話 理由 ‐リユウ‐
何がどうして、なんでこうなったのか。供助は面倒臭さから溜め息を吐く。
ベンチの背もたれに肘を乗せ、頬杖した
「供助、真面目に聞いてやらんか」
「あぁ? 面倒臭ぇなぁ」
猫又に言われ、供助は渋々頬杖を止めて座り直す。
そして、隣。供助と猫又の間にちょこんと座る少女に、目を向けた。
「助けてくれったってよ、どうせガキの喧嘩やいじめだろ? テメェで解決しろってんだ」
「理由を聞く前に決め付けるでない。いたいけな少女が泣きそうになりながら頼んできておるのだ、静かに話を聞いてやらんか」
「へーへー」
供助は右手の小指で耳を掻き、真面目に聞く気の無さ全開で相槌を打つ。
「すまんの、えーっと……名はなんと言うのかの?」
「
「ふむ、友恵か。よい名前だの」
「うん! お母さんがね、お友達がいっぱいできるようにって!」
猫又に名前を褒められた友恵は、笑顔で答えた。
ついさっきまでは暗く沈んだ表情だったが、笑顔になる位に嬉しかったのだろう。
「それで、助けて欲しい……と言うのはどういう事かの」
「うん……その、あのね」
明るかった表情は沈んでいき、友恵は再び
何か後ろめたさがあるのか、出てくる言葉は言いにくそうに口を濁している。
「ちゃんと言ってくれぬと相談に乗れぬぞ?」
「……うん」
小さく頷く巴の頭を、猫又は優しく撫でる。
「あのね、最近……変な事が起きるの」
「変な事、とな?」
「うん。何もない所でいきなり大きな音が鳴ったり、一人でいると誰かに見られている気がしたり……」
「年頃のガキにゃよくある事だ。気のせいだよ、気のせい」
「これ、供助」
猫又は短い言葉と投げ、静かに訊けと視線を送る。
それに供助は小さく肩を竦ませ、口を閉ざした。
「原因は何かの?」
「えっ?」
「後ろめたそうな雰囲気をしておるのでの。何が原因なのか自分で解っているのではないか?」
「そ、それ、は……」
友恵は驚いた顔で猫又を見上げるが、すぐにまた俯く。
「実は少し前に友達とね、やっちゃったの……」
「何をかの?」
友恵は口元をキュッと締め閉じ、膝上に乗せていた両手を握る。
数秒の間を空け、開かれた口から出て来た言葉。
「こっくりさん」
それは一種の降霊術だった。
子供の時に一度は聞いたことがあるであろう、心霊現象を引き起こす方法の一つ。
紙に『はい、いいえ、五十音、数字、鳥居』等を書き、複数人で硬貨を使用して行うもの。
本当か嘘か、成功するかしないかは別として、日本で最も有名な儀法であるのは間違いない。
「こっくりさん、とはアレかの? 十円玉を用いて行う、あのこっくりさんかの?」
「……うん」
猫又が確認として聞くと、友恵は俯いたまま小さく頷いた。
「ふむ、まぁ有名なものだからの。子供が遊びでやってしまうのは珍しくない」
「どっかには必ず居るな。面白半分でやっちまって痛ぇ目に合う奴ぁよ」
「……ッ」
供助が気遣いの無い言葉に、友恵はさらに深く俯く。
「けど、それが原因か、ってのは怪しいとこだな」
「……えっ?」
しかし、次に供助が言った意外な言葉に、友恵は顔を上げる。
「こっくりさんは狐の霊を呼び出すって有名だが、本当はそうでもねぇからな」
「うむ。狐、狗、狸と書いて
「それなりに霊感を持つ奴がやれば本当に霊を呼び出す場合があるけどよ、小学生のガキじゃまず有り得ねぇ。殆どは単なるテーブルゲームで終わる」
「そうだの。さっき供助が言った通り、大概が『悪い事が起きる』という先入観や思い込みによる勘違いの場合が多いのぅ」
間に友恵を挟み、供助と猫又が話をする。
それを友恵は忙しく交互に首を振って話を聞いていた。
「じ、じゃあ、こっくりさんが原因じゃないの?」
「けどまぁ、過去には精神が異常になっちまったり、自殺しちまったケースもあるけどな」
「えっ……」
「これ供助、
「ほ、本当?」
「本当だの」
落ち着かせようと、猫又は友恵の頭を軽く撫でた。
この間は猫又が撫でられる側だったのに、今は立場が逆転している。
「しかし、友恵が行ったこっくりさんが原因の線が薄いとなると……」
「でも……本当におかしな事は起きてるの」
「ふぅむ」
少し困り気に、猫又は顎を手で擦る。
「こっくりさんをやった紙と硬貨はちゃんと処理したのか?」
「うん、紙は焼却炉で燃やしたし、使った十円玉は一緒にやった友達が使ったって」
「霊的原因は無ぇだろうが、『ルール通りやんねぇと悪い事が起きる』っつー思い込みから錯覚してる場合もあるからな」
「で、でも本当に……!」
「んじゃあ、一緒にこっくりさんをやった友達もお前みてぇに、おかしな事が起きてんのか?」
「そ、れは……」
「起きてねぇのか」
「……うん」
「やっぱ気のせいだ、気のせい」
供助は脱力しながら背もたれに大きく寄り掛かり、話は終了と言わんばかりに手を振る。
「友恵が助けを求めておるのだ、もう少し真面目に聞いてやらんか」
「十分真面目に聞いてやったっての。これ以上話を聞いても何にもなんねぇよ」
供助は空に浮かぶ雲を眺め、元々大してなかった興味がさらに無くなっていた。
幽霊が見える、おかしな事が起こる。このような事を言いたがる子供は、どこにでも一人は居るものだ。
周りに凄いと思って欲しい、構って欲しい、特別な自分に酔いたい。理由は多種多様にあるが、殆んどは虚言の事が多い。思春期の子供が必ず通る道である。
「それにこちとら妖怪退治を仕事としてんだ。問題解決を頼むんなら見返りがなけりゃあな」
「見返り?」
「それ相応の報酬が必要、って事だ」
「報酬……」
ここでようやく友恵はお金が必要だという事に気付き、供助を見上げていた顔を地面へと落とした。
「供助、このような
「あぁ? 俺ぁボランティアなんて真っ平御免なんでね」
「……本気で言ってるのかの?」
「自分が食っていく手段だからな、そりゃ本気に決まってんだろ。俺は今さっき名前を知ったガキの話を鵜呑みにして手を貸す程お人好しでもなけりゃ、慈善事業で妖怪退治をやってる訳でもねぇ。つまり俺にはこいつを助けてやる理由がねぇ」
「供助……!」
「なら動くとすれば、払い屋の通り依頼として受けるしかねぇだろ」
猫又の表情はみるみる険しくなっていき、怒りを孕んだ鋭い目付きに変わっていく。
対して供助は変わらず、気怠げにベンチに寄り掛かって空を見上げる。
温度差のある二人の態度だが、明らかに場の空気が悪くなっていくのが解る。
「まさか供助がその様な薄情な人間だったとはの……見損なった」
「ほー。見損なう部分があるくれぇ俺の事を高く見てたのか、そりゃ買い被りだ。俺は元々損なうトコが無ぇくらい最低な人間だよ」
「被るのは猫のお家芸だが、まさか買い被りをしとったとはの。見る目はあったつもりだったが……どうやら目が悪くなっていたみたいだの」
「学校でも一度言ったが、家に目薬は無ぇからな」
「要らん。馬鹿に付ける薬は無いからの」
ピリピリと張り付く空気。
端から見れば険悪なムードの二人の近くに寄る者は居ないだろう。
「け、喧嘩しないで……!」
その最悪の雰囲気を破ったのが、友恵だった。
自分が原因で二人が仲違いをしそうな事に罪悪感から、少し震えた声で必死に止めに入る。
もっとも罪悪感の他に、喧嘩をする二人の間に挟まれて耐えるに耐えれなかった、というのもありそうだが。
「お金なら払うからっ!」
「俺の主食は駄菓子じゃねぇんだ。それなりに高ぇ……」
「大丈夫、夏休みにおじいちゃんとおばあちゃんから貰ったお小遣いとお年玉の残りもあるから……二万円は出せるよ」
「に、にまっ!?」
やる気の無い態度から一転。供助は項垂れるようにベンチの背もたれに預けていた背中を綺麗に伸ばして、初めて真面に友恵を見る。
「……足りない?」
「いやっ! 二万円ありゃ、水道光熱火と電気代を払って……」
普段、供助と猫又が受けている依頼の平均報酬金額は、約五千から八千円。一万円を超える事は殆んど無い。
それに対して、友恵のは身の回りに起きる霊障を解決するだけで二万円。ぼろい仕事である。
「供助っ! 本当に友恵から報酬を取るのかの!?」
「ったりめぇだろうが。こんなに割の良い仕事を逃すかよ。二万もありゃ二週間はおかずが一品増しだぞ」
「な、なんと! それはいいのぅ、私としては刺身を……はっ、そうではない! 供助には義理や人情は無いのかの!?」
「そんなんで腹が膨らむんなら苦労しねぇっつの。それに涎垂らしながら言われてもな」
「のっ!?」
供助に言われて気付き、猫又は着物の袖で口元の涎を慌てて拭き取る。
「じゃあ、助けてくれるの?」
「おう、俺に任せとけ。報酬分の働きはしっかりやってやる」
つい一分前まで全くやる気が無かった供助が、今は生き生きとした目で友恵の話を聞いている。
それを猫又は、さっきまでの供助の薄情さに怒りと、子供から金銭を要求する人道の低さに嫌悪を感じていた。
「最初に言ってた怪奇現象問題を解決すりゃいいんだろ?」
「ううん、その事はいいの」
「は? じゃあ何を――――」
「私のお父さんとお母さんを、助けて欲しいの」
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