第十八話 予勘 ‐ヨカン‐

 放課後の学校。

 文化祭が近く、各クラスの生徒は忙しそうに。そして、楽しそうに準備を進めていく。

 クラスだけじゃなく部活での出し物がある生徒なんかは、なお一層忙しそうに廊下を駆け回っていた。

 それでも、学校行事でも人気の一つである文化祭。やはり楽しみなようで、生徒は忙しいながらも皆楽しそうに笑顔が多い。

 教室、廊下、昇降口、校庭、中庭、部室。学校の所々で生徒が自分の仕事をこなしていた。

 学校の殆どが文化祭準備の作業場所として使われている中、誰も立ち寄らず近づかず。

 生徒の賑やかな声音が遠くに聞こえ、まるでその場所だけ隔離されたような場所。

 屋上に続く階段を上った先の踊り場に、供助は居た。


「わかりました、今夜っすね?」

『悪いねぇ。また急な依頼でさ』

「こっちとしては懐が潤うんで有り難いですけど」

『最近依頼が増えてねぇ、忙しくて目が回りそうだよ。喜んでいいやら悲しんでいいやら』


 大体十分程前、横田から電話が掛かってきた。

 いつもなら学校が終わった時間を見計らって電話を掛けてくるのだが、今日は珍しく午後の授業中に掛かってきていたのだ。

 流石に授業中に抜け出して電話をする訳にもいかず、放課後になって時間が出来てから掛け直した。

 この学校は屋上が開放されておらず、常に鍵が掛かっている。その為、普段はまず生徒が来る事がない。

 横田との会話を聞かれたくない供助にとって、ここが最適な場所だった。


「ところで横田さん。猫又が来てから二週間が経ちますけど、あれから人喰いに動きはありましたか?」

『残念ながらなーんも。人喰いだけでなく、共喰いの情報もからっきしよ』

「……そっすか」

『やっぱり人喰いが猫又ちゃんを襲ったのは、暇潰しの遊びだったのかね。供助君はどう思う?』

「俺ですか?」

『君、たまに凄く勘が働くでしょ? なんかこう、気になってたりしない?』

「いや、今のところ特には……」


 昔から……と言っても、払い屋の仕事をするようになってからだが、供助は勘が鋭くなる時がある。

 根拠や理由はない。確証も証拠も。ただ、なんとなく。そのなんとなくが確信を突く事があるのだ。


『当分は様子見だろーね。向こうが動いてくれない限り、こっちは見付けようがない』

「そうすね……」

『問題は猫又ちゃんの方かな』

「猫又? あいつがどうかしたんすか?」

『ほら、彼女とは交換条件で今は供助君の所に居るじゃない? けど、共喰いの情報が出てこなかったらまた旅に出るかもしれんでしょ』


 元々、猫又は共喰いを探して旅をしていた。

 その途中で人喰いに襲われ、大怪我を負った所を供助に拾われた。

 人喰いを誘き出す為に猫又を囮として協力してもらう代わりに、横田は共喰いの情報を集め手に入れたら猫又に提供するという交換条件を結んだ。

 なのに人喰いは現れず、共喰いの情報も全く集まらない。猫又も傷が完治していて、情報が無い事に痺れを切らしてまた旅に出る事も考えられる。


『こちらとしては手放すのは惜しいのよ。人手不足だし、猫又ちゃんの実力も中々だし』

「まぁ、俺も受けれる依頼の幅が広がりますし」

『でしょ? さっきも言ったけど、最近本当に忙しいからさ。猫又ちゃんに抜けられたら困るのよ』

「絶対とは言い切れないけど、その辺は大丈夫だと思いますよ」


 供助は壁に体重を掛け、背中を預けた。

 屋上に出れる扉に付いている小さなガラスから、青い空を眺める。


「食って寝て遊んでの生活を満喫してるんで、自分から天国を出て行くマネはしねぇすよ。それにこっちの都合を考えずに飛び出る程、薄情じゃねぇと思いますけどね。あいつは」

『ほー、二週間も一緒に住めば相手の性格や良い所も解ってくるかぁ』

「嫌な所の方が目立ってしょうがねぇですけどね」


 はっ、と供助は鼻を鳴らし、乾いた笑いを見せる。


「んで、本題はなんです? そろそろ教室に戻らないといけねぇんで」

『本題もなにも、依頼の話を最初にしたでしょーよ』

「その先にまだ話があったりしないですかね?」

『……なんでそう思うのよ?』

「なんとなく」


 確たる証拠も、相手が納得する理由も無い。

 なんとなく、そう思ったから。なんとなく、そう考えたから。

 ただそれだけ。


『はぁ……その勘の良さを、人喰い関連でも発揮してちょーだいよ』


 少しだけ間を空けて。

 横田は観念したような、溜め息混じりで答えた。


「やっぱなんかあるんすね」

『ま、ね。依頼自体の事で話す事があるんじゃなく、正しくはその原因に関してだ』

「原因?」


 何かがある事に勘付きはしたが、その内容までは気付はしない。

 供助は返ってきた言葉に、眉間に薄く皺を作る。


『今日頼んだ依頼といい、この間の依頼といい……急過ぎると思わなかった?』

「そういや……そうですね。いつもは連絡が来てから三日くらいは依頼の日まで間があるのに、ここ最近は急でしたね」


 ついさっき受けた依頼も今夜の仕事で、この間のジェットババアの時も連絡が来たのが前日。

 しかも、ジェットババアの時は夜間じゃなく昼間に除霊をした。

 言われて気付いたが、確かに最近の依頼は急なものが多かった。


『ここのところ、奇妙な事が起きていてね』

「奇妙、ですか?」

『実は二週間位前から、ある一定範囲の地域からの依頼が異様に増えているのよ。その地域の中に、供助君が住んでいる五日折市も含まれている』

「ああ、なるほど。最近の依頼が急だったのは……」

『そ。飛び込みで入ってきたりして大変なのよ。なんとかやりくりしてるけど、このまま依頼が増えたらパンクしちゃうよ、うち』

「どれだけ増えているんですか?」

『例年の三倍を超えそうな勢い』

「そんなに!?」


 予想以上の数に、供助は驚く。

 それだけ増加しているなら猫又を離したくないのも頷ける。


『けどまぁ、人喰い捜索の為に五日折市を中心に多くの払い屋を配置しといたのが助かったよ。お陰で素早く対応出来てる』

「今は人喰いが現れていないからいいですけど、いざ現れた時に手薄になってたら意味無いですよ?」

『大丈夫だって、その事も考えてちゃんと配分してるから』

「ならいいんすけどね」


 供助は肩を小さく上下させ、息を吐く。

 人喰いがいかに危険で凶悪かは身をもって知ってる。

 奴に止めを刺すのは自分だと誓っている。仇を討つのも自分だと。

 だからこそ、周りの協力が必要だ。一人では限界がある。

 父と母が二人掛かりでも倒せなかった人喰い。それを一人で倒せる程強くない事を、知っている。

 自分はまだ弱い事を――――供助は、知っている。


『ただ、俺が気に掛けてるのは依頼の増加だけじゃなくてねぇ』

「まだ何かあるんですか?」

『タイミングがね……合い過ぎじゃないかと』

「タイミング、ってぇと?」

『依頼が増え始めたのが二週間位前からって言ったでしょ』


 真っ直ぐ問いに返さず、遠回しな言い方。

 それでも供助は、すぐにピンときた。


「……猫又がこの街に来たのと同じ、ってお事か」

『そゆこと。考え過ぎかもしれないけど疑っちゃうでしょ、やっぱ』

「疑いますね、そりゃあ」


 横田の言葉に合わせて、供助は返す。


『一緒に住んでいる供助君から見て、どう?』

「特におかしなとこも怪しい動きも無いですけどね。家に居る時は漫画ばっかり読んでますし」

『そっかぁ。でも、すぐに白だと決めるのは早計かもしれんし、ちょっと様子見してみた方がいいかもね』

「まぁ、真っ黒だしな、あいつ」


 真っ黒と言っても犯人かどうかのクロではなく、見た目の事。

 あとどうでもいいが、猫又が今一番ハマっている漫画はグラップラーザキだそうで。


『一緒に住んでて仲良くなり始めた供助君にとっては少し面白くないかもしれないけど』

「んな事ぁないですよ。昨日ゲンコツ喰らわせましたし」


 猫又の脳天にゲンコツ一発。

 お見舞いした理由は少女のクッキーを食ったから。

 ゲンコツを食らった猫又は頭を押え、目に涙を浮かべながら畳の上を転げ回っていた。

 一応手加減はしたが、痛くなかったら意味が無い。ペットの躾は飼い主の義務である。


『なにかこう……嵐の前の静けさって言うかさ。なーんか嫌な予感がするのよ』

「嵐の前の静けさって……依頼が増えてたら全然静かじゃねぇっすよ」

『幽霊や妖怪の魑魅魍魎が増えてる今の状態が静かに思える程、大きな事が起きる気がしてね』

「横田さんが言ったら、本当に起こりそうだからやめてくれ」

『ん? もしかして怖いのかな?』

「怖いんじゃなくて面倒臭いんですよ」


 今以上に妖怪や幽霊が増えて依が多くなれば、それだけ供助にも仕事が回ってくる。

 本来なら喜ばしい事なのだろうが、供助はまだバイト。

 それに、供助は適度に稼げればいいと思っている。大過ぎず、少な過ぎず。

 生活が困らず、趣味に使える分が多少あり、ちょびっと貯金に回す。

 その程度でいいのだ。無理せず無茶せず。適度に稼ぐのが一番いい。


『供助君の勘は何か言ってない?』

「勘ったってなぁ……悪ぃですけど、特になにも――」


 言い切ろうとした言葉が、止まる。

 聞こえてきた。聞きなれた音が、はっきりと。

 いつもより強く、いつもより近く、いつもより大きく。


 ――――――チリン。


 思わず、寄り掛かっていた壁から弾けるように離れる。

 周りを見ても何も無い。何も変わらない、いつもの学校。ただの踊り場。


『供助君? どったの?』

「……あぁ、ちょっと音が」

『音? ……君が昔から聞こえているっていう、鈴の音?』

「はい」


 耳元で鳴らされたんじゃないかと思う程、強く聞こえた鈴の音。

 今でも少し、頭の中で響いている。

 今までこんな事は一度も無かった。物心付く前から聞こえていて、十七年の間一度も。

 じっとりと、携帯電話を握る手に汗が滲む。


「横田さん」

『うん?』


 屋上の扉から覗ける外景。

 済んだ青空とは裏腹に、供助の表情は険しくなり、曇る。


「嫌な予感が、しますね」

『あー、しちゃうかぁ……ちなみに理由は?』


 目を細め、見えない何かを睨む。

 胸の中で蠢き、頭に過ぎる黒い予感。

 直感が言っている。言い様のない不安を、感じている。

 根拠はない。証拠もない。理由も、ない。

 それでも理由を付けるとするならば、こうだ。


「――――なんとなく」


 何かを伝えるようにまた、鈴の音が鳴る。

 ――――チリン。


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