失敗
ソフミシアが戸惑っている間もライラの感情は制御を失ってゆく。ライラの思考が瞬間接着剤のように柔軟性を失い、自分を苦しめ追い詰める方向にまっしぐらだった。追い詰められれば追いつめられるほど漏れ出る声は激しさを増して、ついには、体を預けていただけだったのが、ソフミシアの腰に腕をまわして、より密着できるようにした。さらに泣いた。
ソフミシアはますます困った。ライラはひどくなる一方で、このまま元に戻らないで死ぬまで泣きっぱなしなのではと思ってしまうほどだった。ソフミシアは何とかしなければならないという一心で、取れる限りにアクションを起こしてみた。とにかく落ち着いて、と声をかけても言葉は届かなかった。あなたを守る依頼はまだ残っているのだから何があろうと私が守る、と確かめるような口調にも返されるのは苦痛を伴う声だった。耳にしているほうもまた辛い気分となってきた。言葉は無駄、言葉を口にしたところでライラの耳に届く言葉は何もなかった。
ソフミシアにはライラを苦しみの淵からつかみ上げる手立てが思い当らなかった。ほかにできることがあるのだろうか。苦しみのふちに沈んだライラをつかみ上げる手立てはもはやないように思われたのである。ソフミシアが知っている方法のうち、ライラにも通用しそうな方法は言葉しかなかった。ソフミシアには何もない——
おもむろに一つの言葉が浮かんだ。短い言葉はその奥に広がる過去の記憶に手を伸ばしてゆく。ソフミシアが初めてのけもの扱いにされてつらかった時、日々のひどい仕打ちに耐え切れずに泣き崩れたとき、母は何をしたのだったか。
ソフミシアは懐かしい感覚に満たされてゆくのを感じた。今まで感じたことのないのだけれども、それはまさに母の胸の温かさで、殊に心地よかった。そう、母はまず抱きしめた。背中を包む腕は優しく、決まって利き手の左手を上へ下にさすっていた。そうしてから左手を背中から頭のてっぺんに移して、後頭部をゆっくりと撫でてくれた。幾度か頭を慰めた母は、頭を自らの胸に押し付けて名前を口にするのだ。
「ライラ、大丈夫よ。気にすることは何もない。ライラは強い子なのだから」
ソフミシアにとって母の口調は耳には心地よいものだったが、口にとっては違和感の塊でしかなかった。にもかかわらずしっくりこない感覚さえ気持ちを安らかなものとするのだった。
見下ろせば、ソフミシアの胸にライラの頭があった。ライラの頭は左手に覆われて、背中を右手がさすっている。
「私の母は、私がつらくてたまらないときは、こうやって慰めてくれた。おぞましい日々のせいで思い出す機会がなかったが、今日は不思議と思い出した」
「ミアさん、でも、私はミアさんがせっかく頼んでくれたことなのに、何もできなかったのです」
「いいや、十分すぎるほどだ。ライラ、あなたは私にたくさん尽くしてくれた。辛くてたまらなかった日々がうそのようだ。積年の苦痛から逃れることばかり考えていたのに、今ではあなたの苦しんでいる顔を心配するだけの余裕もできた」
「なら、もう死にたいなんて考えてはいないのですね。私への頼みごとを私が成し遂げられなかったからといって、また火山口に飛び降りようとなんて考えないのですよね」
「もう考えていない。それよりももっと大事なことが目の前にあるからな」
「大事なこと、とは。それは何ですか」
「ライラ、私たちはかなり大きなものを相手にしなければならない」
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