ブラック・コーヒー

第63話 じゃ、ここはもうニューヨークで、大晦日の夜ということにしよう

「いやー、やっぱうめーわ昼から飲むビールは!」と、ハチバンは言った。

 ここは18歳以上なら酒を飲んでも大丈夫な国であるオーストラリアのシドニーで、町のあちこちにはクリスマスの飾りつけがしてあり、観光客で賑わっていた。おれたちが泊まるホテルはシドニーの市街地からやや北東にあるマンリービーチというところで、すこしおしゃれな九十九里浜みたいな感じだが、そこから歩いてすぐに、あまり人が来ないことになっているシェリービーチというのがあって、そこは西向きに海があるので落日を見るのに都合がいい。

 量がたっぷり出る魚介類をおつまみに、ハチバンはオーストラリアとイギリスとアメリカのビールをどんどん飲んだ。夜になったら、おれが見つけておいたブリティッシュ・パブに行って、まあ楽しもう、と、おれは言った。

     *

 特に落日に奇妙なことが起こるわけではなく、おれたちは夜中のパブにちょっと立ち寄った。チャイナタウンの一角にあるその店の、サンタクロースの帽子をかぶって、露出度の高い赤い服を着たアジア系の女性ウェイターは、メリー・クリスマスとは言いながら、おれたちを、アルコール出して大丈夫かな、みたいな感じで見た。

「さて、ここでおれたちは日の出を待つことになるのだが」と、おれは言った。

「あーもういいじゃんそんなの。朝まで飲もうぜ、って、ここ、終夜営業じゃないの?」

「昔はそうだったみたいだけどね。今はそんな店は、観光客が行くようなところにはないんじゃないかな」

 男性客が9割ぐらいの店内は居心地がいいとは言えないので、おれたちはすこし高めだけどものすごく高級ってわけでもない、どこにでもありそうなリゾートホテルに戻って、ホテルの屋外バーでもうすこしだけ話を続けた。

 それはこの話の終わらせかたで、やっぱ大晦日にニューヨーク行くのとかどうかな、と、おれは言った。

「じゃ、ここはもうニューヨークで、大晦日の夜ということにしよう。場所はクラブ・コパカパーナの前ね」

 夏の蒸し暑い風は氷点下の烈風になって、夏のリゾート地仕様のおれたちは心底冷え上がったが、店の中は暖かかった。この場所は、おれが考えたもうひとつの、曖昧な結末の候補のひとつだ。

 ハッピー・ホリディと言いながら店の人に勧められた中華料理っぽいおつまみを食べながら、おれはブルックリン・ラガーというビールをハチバンに勧めて、こういう結末も悪くないだろう、と言った。

「なんかこのビール、あまりアメリカンっぽい味じゃないね。うまいけど。ていうか、話の展開唐突すぎ! これ飲んだらやっぱシドニーに戻してよ!」

 シドニーのホテルの人は、メッセージと品物を預かっております、と言った。


『夜明け前に会いましょう ブラン・ノワール』


 品物は、どこか中国っぽいブタの鼻、ではなくて龍の鼻だった。おまけに赤く着色してある。

 それを装着すると、おれは夏の風がどのような匂いなのかを知ることができるようになった。

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