第53話 あのようなものは! しょせん! 物語!

 エレベーターは、普通のものと同じぐらいの、ゆっくりした速度で地下60階に降りていった。

 中途の階でエレベーターに、カマキリみたいな俺の倍ぐらいある謎の生物一匹と、おれの半分ぐらいの大きさで同じ体つきの生物数匹が乗り込んできた。

「おやまあ、あなた、すこしおいしそうな匂いがするね。イギリス人?」

「おれはその…吸血鬼ってことになってますけど…ここに来るのははじめてで。そもそもここはどういう施設で、あなたたちは何なんですか」

「えー? おばさん知らないの、ここは霊獣リゾート図書館だよ」と、子供と思われるカマキリっぽいのが言った。

 おばさんはともかく、お兄さんと言って欲しいところだが、霊獣? 図書館?

「私は引率の教師で、この子たちを案内してるの。道に迷われたようね」

 その霊獣(でいいのかな)は、B50のボタンを押した。

「この階で降りて、カウンターで係の人と話してみるといいんじゃないかな」

 うす紫の階には、確かに図書館のカウンターっぽいものがあり、円形に並んだ本棚は円形の壁を囲んでいて、数え切れないほどの本(と思われるもの)が並んでいて、たくさんの子ダヌキのように見えるなにかがモノを運んだり並べたりしていた。

 カウンターの中の、中ぐらいの大きさに見えるタヌキは、責任者っぽい人だった。

「おお、このようなところにヒトが来られるとは…じゃなくてあなたは半分ヒトですね。ご利用カードはお持ちでしょうか」

「そんなものはないんですけど、作ってもらえるんですか」とおれは聞いた。

「ヒトの場合は夜間利用限定になりますが、館長に相談してみましょう。呼んできます」

 館長は、おれが泊まったホテルの支配人によく似ていたタヌキだった。おれより頭みっつ分ぐらい大きくて、お腹が出ているところも同じだ。違うのは半裸で徳利と大福帳と思われるものを持っているところだ。

「これはどうも失礼しました。地上の階にいる弟から話をうかがっておりましたが、すぐに最下層に来られると思いまして。このような格好はお許しください」

 やっぱり支配人のお兄さんだったのか。

「ここは世界中の書物およびそれに類するものをバーチャルに収集している、霊獣とか旧神のためのリゾート図書館です」

「旧神、というと、やはり悪の秘密基地?」

「正邪の区別はヒトが決めること。私たちは、実在と非実在の合間を漂う、あなたのお母さんのようなものです」

「ふーむ…それにしてもすごいですね、この図書館は。すこし見学してもいいですか」

 おれは、この階の片隅にある直径10メートルほどの穴に近寄り、手すりにつかまって上を仰ぎ見た。吹き抜けの60階建ての高層ビルを見るような感じで、上方はかすかに赤く、七色に光を変えてこの階の、ほぼうす紫色のここまで、様々な大きさの霊獣(ドラゴンのようなものから、ウサギのようなものまで)が上下に行き来をしていた。

「この穴は重力コントロール式になってまして、エレベーターより簡単に移動できるんですが、未成熟な霊獣を連れて教師みたいな人が引率するには向かないんですよね。個人利用を前提にしてるんです」

 おれは書架の本と思われるものを1冊手に取ってみた。重さは確かに実際の本と同じだった。しかしテキストは何語なのかは不明で、手も足も出ない。

「ここの本みたいなものの90%以上は、あなたと同じ時代の日本人には読めないでしょうな。そんなときには…無理やり翻訳シート!」

 どういう原理か不明なんだけど、それを通して見ると、グーグル翻訳みたいな無理やりの日本語で読める。

「しかし、リアルになるべく近づけるように作ってはみたんですが、別にバーチャルなものはわざわざ見に行かなくてもよくね? って感じで、来館者の数は設立以来減り続けてまして」と、館長は説明した。

「そうですね。ヒトの世界でも同じようなことになっています」

「そこで私たちは、地下から温泉が出たのをきっかけに、リアルリゾート施設を作ったのです。霊獣温泉施設は観光名所になって、世界中の霊獣に来ていただけるようになりました」

「…施設にはラーメンとかも食べられるようなところがあるんですよね」と、おれは気になることを言った。

「もちろん。釧路から沖縄まで各地のラーメン、塩味、昆布だし味、京風など、さまざまなものを堪能できます」

「でも、ラーメンと温泉って、異世界転生ネタの物語で主人公たちが日本から持ってくるものとして典型的すぎませんか」

「はっはっは。あのようなものは! しょせん! 物語! 私たちは! リアル! この違いわかりますか?」と、館長はポーズを取りながら言った。

 どのくらいのリアルさかというと、ドリームワークスの3Dアニメぐらいかな、と、おれは思った。

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