第50話 これはシュレーディンガーの猫殺人事件について僕が知っていることを想起させるね
おれたちが一緒にいた部屋にいなかったのは、ハチバンとアカネさん。それにおれの親父が途中で抜けた。
おれたちの部屋はうす黄色い内装だったが、その隣のアカネさんたちの部屋はうす緑色の内装で、息をしていないアカネさんはうす緑色のカーペットに横たえられて、セイさんは涙と鼻水で顔をぐじゃぐじゃにしながらアカネさんの上半身を抱きかかえていた。
「も、もう、私の物語がいけないんだったら、一生これから物語なんか作らない! だから、許して、アカネ…」
おれはセイさんの肩に手を置いた。
「そんなことを言わないでください。『今まで嘘をありがとう』っていうアカネさんの遺言は、これからも嘘をよろしくお願いします、って意味ですよ」
おれはメモが置いてあった机の上、そして客室からベランダに出られる窓をもう一度、あやしいことがないかと確認した。
窓に鍵はかかっておらず、おれはベランダで見るべきものを見た。
泣き続けるセイさんは、おれはこういうの苦手だからまかせる、とハチバンにまかせた。酔いはほぼ醒めた親父と、急いでかけつけたこのホテルの支配人(どこかタヌキっぽい感じの人)はアカネさんのそばにいた。
あと30分だけ待って、と、私立探偵の身分証明証を支配人に見せておれは言った。
*
おれ、ブラノワちゃん、それにアキラとカオルの4人は、誰が犯人かを考えることにした。
「誰が犯人か、ですって? これは自殺に決まっているじゃないの」と、ブラノワちゃんは普通の推理をした。
「動機がない。それに、動機がわかれば犯人もわかる」と、おれは言った。
「ふむ、これはシュレーディンガーの猫殺人事件について僕が知っていることを想起させるね」と、カオルは言った。
「つまり、アカネさんは俺たちがこの部屋に入るまでは、生きているか死んでいるかわからなかった状態にあった。観察されることでアカネさんは死んだ。つまり犯人はセイさんだと思う」と、アキラは言った。
「いくらなんでも、あんなに青ざめた顔とか、大泣きとかは演技じゃできないと思いますわ」と、ブラノワちゃんは反論した。
「おれは、残念ながらハチバンだと思うな。ベランダの上に、おれたちの客室へ続いている足跡があった…と言ったら喜んだな、カオル。おれは真犯人、つまりハチバンをかばうためではなく、お前のその顔が見たくて話をしてみたかったんだ。お前とハチバンとはかつては恋人だったが、いろいろ面倒くさくなったのでこんな手を使った。ハチバンは、お前をかばうために嘘をつくだろう」
「え…そんな設定聞いてないですよナオさん! あ、でも確かに言われてみればそうだったかも!」
「引っかかるなよ、アキラ。僕は、犯人はナオさんのお父さんだと思う。正確には、これは物語で、犯人はその物語の中に出てくる誰か、かな。でもって問題は…誰が真犯人なのか、ナオさんのお父さんは全然考えていない」と、カオルは言った。
要するに、集まった4人は全員が、集まっていない人物の誰かを犯人だと考えている。
「やはり、露天風呂の場面まで時間を戻して、やり直ししよう」と、おれは肩の上に止まって話を聞いていた酒虫のアルくん(アルチュール)に言った。
「でもそれだと、アカネさんは死なない時点にはなりますが、結局未来は変えられないですよ、旦那」
「アルくん、きみはアカネさんを見ているはずなんだ。脱衣場の隣にトイレがあって、きみはそこから出たアカネさんを見た。でもその時は髪を上にあげていて、眼帯もしていなかったから気がつかなかった。それから、どうしてもっと早くおれも気がつかなかったんだろうな。死んでいるアカネさんは白い眼帯を左目にしていたが、生きていたときのアカネさんは黒い眼帯を右目にしていた」
気がつかなかったというより、説明してなかった、って感じですかね。
あと、もしこれが親父の考えている物語なら、絶対真犯人は誰か、ってことまでは、ここまで考えていないで書いている。
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