殺人をもう一度

第44話 うるさいから、音楽止めてくれないかな、ナオ

 日本に戻ったおれは、また山のようなレポートを書き、ファンタジーのネット小説を書き、イチバンさんのノート(秘密のクラウドに共有ファイルとして置いてある)を参考にしてジュンコさんの物語を書いた。

 ジュンコさんの物語は、兵器や銃器、世界各国の軍関係の資料(公開されているものを原則として使用する。多少古くても問題はない)を駆使して、一週間ぐらいで初稿、さらに二週間ぐらいかけて完成原稿にしてみたが、意外と好評だった。ジュンコさんを記憶を失った暗殺専門の元エージェントにしたり、『オデュッセイア』その他現在過去の神話を借用したりしたので、元型としては正しく英雄像を反映した仕上がりになった。

 しばらくして、イチバンさんからは画像入りの通知が来た。

「浜辺で昔の記憶を一部失ったジュンコと再会できました。今は病院でリハビリの最中です」

 画像は、カリブの海賊みたいな格好のジュンコさんとイギリス貴族みたいな格好のイチバンさんが並んでいるコスプレのものだった。

     *

 じゃかじゃんじゃかじゃん、じゃかじゃかじゃかじゃん、という音楽に乗って、イチバンが運転する真っ赤なアルファロメオは高速道路を北に向かった。

 オートマじゃない車を運転するのは教習所以来だよ、と言うイチバンは、オートマの車を運転したのも夏休みに田舎に遊びに行って近所の買い物に何度かしただけというのだが、追い越し車線のポジションを譲らず、走行車線の車をまるで止まっているかのように追い越していった。おれのサングラスをかけている顔には、きっと漫画だったら左側に黒い何本かの縦線が入っていたことだろう。

 車は親父がネット配信ドラマの原作料(製作しているのはハリウッドなので全世界に配信されることになっている)で手に入れたあぶく銭で買ったもので、マンションのガレージに置いてあって、おれもときどき運転しているが、親父はめったに運転しない。

 この車はお前のものと考えていてもかまわない、お前にガールフレンドができたときに、助手席に乗せてやれよ、と親父は言うが、助手席に乗せたことがあるのは今まで酔っぱらった親父だけだった。

 考えたら、ハチバンとドライブするのはこれが初めてだったかな。

 これからおれたちは、日本で悪の組織を壊滅させる戦いに臨むのである。嘘だけど。

「うるさいから、音楽止めてくれないかな、ナオ。集中できない」

 あ、はい、と言っておれは、かっこいいけどあまりこの場面には意味のなさそうなBGMを止めた。

 本当は、単に太平洋を臨む豪華ホテルに遊びに行くだけ。田中康夫だったら、ニャンニャンするとか書いてたかもしれないが、温泉と料理と、ある人に会うのが目的である。

 この車はふたり乗りなため、親父は別行動で、電車で目的地に向かい、あとで合流する予定だ。

 親父はきっと、ビール半ダースぐらい始発駅で買ってて、今ごろはへべれけだろうな。

 通知をしたら「酔ってねーよ」と返事があったんで、明らかに酔ってる。

 なお、イチバンの機嫌が今ひとつよくない(元気がない、を通り越して不機嫌になっている)ように見えるのは、日本ではリアルでも物語の中でも、20歳未満は酒が飲めないからである。

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