第17話 あなたは、われらの姫巫女の血を継ぐ者!
おれたちはアクレナさんを間にはさんで、岸壁に腰掛けて日没を待つことにした。おれとアクレナさんは大きめのタオルを共有して、ハチバンはそれとは別のミニタオルを下に敷いていた。
「日本のアニメと小説の売りつけを、スペインの映画祭でやってきたんだ。アメリカ人でもスペイン語ならわかる人は多いからね」と、アクレナさんは言った。そしてこれから、ヨーロッパの小金を持っている未亡人を回って、新しい映画の資金援助をお願いする、とのことである。
シッチェス・カタロニア国際映画祭か、とおれは思った。世界三大ファンタスティック映画祭のひとつで、国際映画祭がどうしてあちこちで行なわれるかというと、映画祭のためにその国の言葉の字幕が作られて、そうすると他の国の言葉がわからない人に売れるからである。カンヌならフランス語、ベルリンならドイツ語、ヴェネツィアならイタリア語。
「それにしてもきみって…」と、アクレナさんは何かを言いかけてやめた。どうせ小さいとかそんなことだろう。
「ところで、日本語の小説を海外に売るお仕事をされているなら、国際的ミステリー作家と自称している内山田康夫(仮)の作品なんかはどう思います?」と、おれは親父の名前を出して聞いた。ひっかけ質問である。
「内山田康夫(仮)…私の前であいつの名前を出さないでくれ」と、アクレナさんは苦渋の表情をすこし見せて下を向いた。
「あいつはかつて私たちの仲間だったが、敵に寝返り、平和に暮らしていた私たちの村を軍隊に襲わせて焼いた。そして村の神像と、それに埋め込まれていたルビーその他の財宝を盗み、戦後はその財宝を利用して巨万の富を築いた。私たちの仲間は、今でもそのルビーの行方を探している…」
*
「…という設定はどうかな」と、アクレナさんは言った。
「そんな話でどこの誰が納得するんだよ、ええぇ?」と、引き続き酔っ払っているハチバンは突っ込みを入れた。
「この30年ぐらい焼かれた村なんかないだろ!」
「いや、それは世界中にあるよ。スーダンとか」
確かにあるよね。
「吸血鬼の村ってのはどうかな。財宝は、バラ栽培で稼いだ、とか」と、おれは言った。
「それいいね! でも神像ってのはどうよ。吸血鬼って偶像崇拝するの? キリスト教苦手なんじゃないの?」と、ハチバンは聞いた。
「そうだね、多神教の秘密の村で、邪神を崇めてる、というのはありだな。だとすると、第二次大戦中、旧日本軍が旧ビルマに攻め込んだとき。あるいはベトナム戦争中の、ベトナム奥地でもいいね。ベトコンだけど邪神を崇拝している村を、ナパーム弾で焼く。絵になるなあ、これ。でもって、インドシナってフランスの植民地だったじゃん。フランス人と東洋人の血が混ざってるのがアクレナさんね」
「日本の戦国時代で、忍者の村ってのは?」と、アクレナさんが話に参加した。
「ああ、吸血鬼はキリスト教の布教につれて、悪魔と共に日本に来た。で、内山田康夫(仮)は抜け忍で、忍者だけど吸血鬼で、もう何百年も生きてる」
おれたちは例によって一生懸命、納得できない話をどんどん作っていった。
村を焼くのは松方弘樹で、焼かれた村からかろうじて抜け出すのは真田広之ね。伊丹十三は悪い領主。あと、薬師丸ひろ子がくノ一で領主の命を狙う役と、領主の娘(姫)の二役。全盛期の角川映画みたいになってきた。
*
「この話で本当のところがあるとすると、ルビーかなあ」と、おれは何でも入れておいたバッグから、指輪ケースを取り出した。おふくろの形見のひとつで、今度の旅行に必要だからとおやじに言われて持ってきたのである。どでかいルビーがついた指輪で、売ったら何千万円になるかわからないしろものだ。
「こ、こ、これは!」と、アクレナさんは驚いた。
「まさに私たちが探していた秘宝。それを持っているきみ、いや、あなたは、われらの姫巫女の血を継ぐ者!」
ハチバンが岸壁に足をどんどんとぶつけ始めた。
これは、ハチバンが納得できない、ということを示す合図である。
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