第41話 手紙

――とはいえ、どう立ち回るか。


 ホテルの一室。椅子に腰掛けギヤマ茶をすすり、息を吐く。香ばしい芳香が、脳を覚ます。

 ウェイルーの現在の状況は、悪い

 まず警察署が味方では無い。ミキシングの存在は確認できたが、その目的も所在も未だ不明。そして、影で蠢くは薬を使う存在。これも不明。

 ウェイルーの目的は、ミキシングの捜索と撃破。だがその前に邪魔なものが多すぎる。

 爆発事件にて死んでいた男女三人。男は異常な威力での自爆。女は潰されたように死んでいる。そして、二人目の男には拷問の痕と、薬物による自殺。

 女の殺し方にはミキシング独特のにおい・・・がする。拷問の痕も、アシュリー市に来る前にロベックから渡されたノル国虐殺の映像記録と傾向が似ている。あの事件には確実にミキシングが関わっていろと、ウェイルーの直感が告げる。


――もし、ミキシングと薬を使うグループに何らかの繋がりや協力があるとすれば…… いや、昨日の爆発事件の状態から殺された三人は同じ薬を使うグループに所属していたと仮定すると、グループとミキシングは敵対関係にあると考えられる。……だが、警察署に影響を与えている存在が薬のグループとするなら、ミキシングのおこした事件の隠蔽と改変をするのは少々奇妙だな。ミキシングを警察に捕まえさせたくないという事になる。


 やはり情報が少ない。著しく少なすぎる。

 情報が少なすぎる中で思考を巡らせても仕方がない。ならば情報がこちらへ転がり込むように動くのみだ。

 椅子に腰掛けたまま背を伸ばす。反らした背中、バスローブの間から彼女の形のいい胸が見えた。


――とりあえず、ラウスをまた締め上げてみるか。いっそめぼしい警察署の連中を上から順に捕まえて強制的に吐かしてみるのも手だな。特別捜査官の権限がどこまで通じるか試してみよう。


 国境守備隊の経験者であるウェイルーには、挙動不審な人間を逮捕して拷問を含む尋問により情報を集めることはごく普通の手段である。なおかつそれらをスムーズに行える手段とノウハウ、経験がウェイルーにはある。

 権限までは正直微妙な所だが、結果を出せば不問になる。と、思う。たぶん。

 駄目なら、その時はその時だ。署長を人質にしての立てこもり戦になる事も考えて、警察署の詳しい構造も後で抑えておこう。


――正面から事を構えるなら、警察署に軍経験が長い奴がどれくらいまでいるか……いや、その前に一人。駄目元で一人、聞いてみる人間がいるな。……おや、


 突如響くノック音。ウェイルーの思考が止まる。

 傘を掴む。足音を殺しドアへ近づく。壁に手を当て振動探知魔術を発動。超音波の残響から構成されたドア前の映像がウェイルーの脳へ浮かぶ。

 年若いルームボーイ、手には封筒らしきもの。


――危険物無し。人数は一人。問題は無い、か。


「何の用事だ、特に頼み事はなかったはずだが?」


「夜分遅く申し訳ありませんウェイルー・ガルズ様。こちら当ホテルのルームサービスのものです。先ほどウェイルー様宛てにお手紙が着まして、お届けにあがりました」


 ドア越しの言葉にルームボーイが返答。


「そうか、ご苦労。悪いが風呂上がりで人に見せられる格好でなくてね。ドアの隙間から差し込んでくれ」


 ドアと床の隙間から茶封筒が伸びる。交換にチップの紙幣を入れ、封筒を片手に椅子へ戻る。

 差出人名の書いてない封筒。厚手の紙で作られた封筒の口は、やたら頑丈に糊付けされていた。


――軍の証明判が無い、ロベック団長からでも無いのか?


 封筒から出した手紙。広げながらウェイルーの目が止まる。一瞬の無言。


「……なぁんだ、またロベック団長の小言の手紙か」


 ポツリとこぼしたウェイルーの呟きが、部屋に響く。



 ▽ ▽ ▽ 


 夜の街を見下ろし、勇者は闇を見つめる。

 商人街の屋根の上。吹き荒ぶ風。髪が乱れコートが揺れる。

 屋根に突き立てられた剣。勇者の右手には左手首。


――まさか今度は燃えるとは。


 ガスマスクとホッケーマスクの襲撃を切り抜け、模倣犯を追跡しようとした刹那、今度はホッケーマスクの死体が出火した。

 恐らくは証拠隠滅用の心肺停止をスイッチにした自動的な出火魔術。吹き上がる焔を消すか考えたが、現場には血液などのソウジの証拠物が残っていたため、そのままついでに隠滅してもらおうと放置して商店を後にした。

 とりあえずは屋根に登り、強化された視力で周りに妙な動きをしている人間や模倣犯と近い特徴の人間がいないか探るが、該当する人間が以前見つからない。


――人が少なすぎる上に歩いている人間の種類もそれほど多くない……どこかに隠れたか、あるいは……?


 深夜、店が閉まりきった商人街を歩く人間は少ない。人間の種類もまた少ない。

 見回りの制服警官。娼婦。酔っ払い。いずれも模倣犯の体格や身長と一致しない。ソウジのように屋根を飛び回る人間もいない。

 模倣犯は完全に街へ溶けた、そしてまた近い内に街へ現れる。もう一度、ソウジを模倣するために。悦びを謳歌するために。

 切断された左手を手首に当てる。治療魔術を発動。燐光の光。同時発動する自動治癒により超速で繋がっていく骨、筋、神経、血管、皮膚。

 やがて、血が血管を通り、青ざめた皮膚に赤みが差す。ゆっくりと左手を動かし、腱と神経の接続を確認。


――さて、エクセルさんにはどう言うべきか。それにしても……


「とりあえず、失った血を補うためにレバーでも食べようかなあ」



 ▽ ▽ ▽


 薄暗い店内。棚に並ぶ様々な種類の酒ビン。オルナ地方の蜂蜜酒。ダーガン山の林檎の蒸留酒。アルタメのムカデ酒。この国のみならずノル国やヒルメア国、シェリル国の酒さえ並ぶ。

 店内はあまり広くは無い。使い古された木材でできたカウンターと、粗末な円椅子が八個ほど。

 カウンターの店側には白髪の老バーテン。静かにグラスを磨く。しかしバーテン服の着こなしとその自信に溢れた佇まいに老いは見えない。

 客は一人。カウンターの端に座る、背広の中年。

 太髭、やや背が低い、だががっしりとした体系。例えるなら、壮年の番犬。

 ダクトの上司、ゼントリー・ダナ警部。

 麦蒸留酒、ハクセリンの五年物をロックでチビリと舐めながら、時折思い出したようにナッツをかじる。


――そろそろ、あの女に手紙が行ったころか。さて、存外に頭は悪く無いと思うんだがな。


 ウェイルーに手紙を送ったのはゼントリーだ。そして手紙に真っ先に書いた言葉は、


『この部屋は盗聴されている。誤魔化しながら読め』


 ラウスを締め上げたという話はすでに聞いている。空気を読めないのか、それとも空気は読まずに作り上げるものだと心得ているのか。少なくとも、能力はある人間らしい。

 ならば、ゼントリーも彼女に賭けることにした。

 顔を上げる。狭い店内を余計狭くする柱時計を確認。待ち合わせの相手が来る時間は十五分ほど過ぎている。

不意に来客用の鈴がなった。薄暗い店内に似合わぬ涼やかな音、動くドア、現れる人陰に老バーテンは無言で会釈を送る。


「よう、遅かったな。先にやってるぞ」


 ゼントリーは、背中を向けたまま言葉をかけた。

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