《第51話》今日は雨の日ですよ

 今日は天気予報が外れ、生憎の雨模様の日である。

 日曜日の今日は、カフェは15時閉店としていた。

 現在17時だが、淡い灰色の雲が1日漂い、強くもない雨を延々振り落としている。

 そんないい天気とも言えないなか、なぜ、彼は嬉々として炭をおこしているのだろう……


「おい、莉子、ぼぅってしるなよ。

 いろいろやれることあんだろ?」


 そう言うのは三井である。


「私は場所の提供者であって、焼肉をしたいと言ったわけではありません」


「焼肉じゃねぇの、バーベキュー。B・B・Q!

 しょうがねぇだろ、雨降ったんだから。

 お前んとこなら屋根あるし、問題ないだろ?」


 いやに発音のいいバーベキューを右から左に流し、取り皿など一式彼が持参したものを開封することにした。火を起こす隣では連藤が三井の妻のごとく切って持ってきた食材を手際よく鉄の串に刺している。

 肉・肉・玉ねぎ・ピーマン・肉、という具合に、どれも均一に刺ささり、見た目もきれいな挙句、すでに塩胡椒までされているではないか。

 彼は莉子が動き出したのがわかったらしく、手を止めぬまま、莉子に顔を向けると、


「莉子さん、座っていて構わない。

 外焼肉をしようと言い出したのは三井なんだからな」


 こう優しく微笑まれたら手伝いたい気にもなるものだ。

 だいたいあのゴツいBBQ奉行は座ってていいぞとは言わないだろう。

 小洒落た紙皿や箸を取りだし、テラス用に準備した焼き台も設置した。

 三井が持ち込んできたものは、かなり大きなバーベキュー台だ。蓋が閉めれるもので、網とは表現するが鉄格子のごとく太い鉄の上で焼ける台だ。なので30センチはあるであろう鉄串の肉たちも余裕で焼ける、本格的な焼き台である。

 一方、莉子が用意した焼き台は七輪程度の大きさのものだ。

 ここで何を焼くかというと、自分が食べたい野菜類である。

 きっとあの大きな焼き台にはたくさんのお肉が並べられるのだろう。

 そうなればそれほど野菜は焼けないはずだ。

 思いながら自分が食べたいズッキーニに玉ねぎ、茄子に塩胡椒をし、オリーブ油を塗って持ってきたのだが、連藤の肉の量といい、炭の量といい、どれほどの人間が来るのだろう?


 それに飲み物の準備がされていない───


「三井さん、今日の参加人数を教えてください」


「え? 俺だろ、あと連藤、お前、あとは、巧と瑞樹が何人連れてくるかだなぁ……」


「飲み物はどうするんですか?」


「それは任せておけ。

 ちゃんと巧と瑞樹が用意してくる、はずだ」


 莉子は薄く微笑み、頷いた。

 あまり期待しておかないでおこう。

 瓶ビールも冷えてあるし、問題はないだろう。


「あ、莉子、ワイン1本ぐらいカンパしろよ」


「場所貸してんのにワイン入れなきゃダメなの?」


「肉はいい肉だからな」


「はぁ」莉子は返事にならない声をあげながら、イタリアワインを冷やしておくことにした。



 肉の準備も整い、炭の準備も出来上がったところで現れたのは、4人である。

 巧、奈々美、瑞樹、優の4人だ。

「酒、持ってきたぞぉー」巧が大きな袋を掲げてみせる。瑞樹の両手にも袋がぶら下がっていることから、かなりの量を買い込んできたようだ。

 大きいアルミのタライに氷を詰めておいたので、そこに奈々美と優が差し込んでくれる。


「最初の冷えたやつは、うちから出しますか」


 そう言って出してきたのは、ランブルスコの赤だ。微発泡のワインである。辛口を選んできたので、今日のような蒸し暑い日によく冷やして飲むと喉越しがよく、スッキリとした甘さがあるため、夏はおすすめだ。

 いつものようにグラスに注ぎ、みんなに配ると、焼き台からはいい香りが漂ってきた。


「よぉーし、グラスは回ったな。

 肉も順次焼けてくから、ガンガン食べろ!

 乾杯!」


 三井の張り切る声が響き、皆それぞれにグラスを傾けていくが、三井は乾杯のドリンクを一気に飲み干すと、氷に刺さったビールを取りだし、焼き台のフチに蓋を引っ掛け開けると、再びそれを飲み干した。

 あまりの手際に見とれていると、


「莉子、肉焼けたぞぉ」


 大きな串が皿にどん!と乗せられる。

 他のメンバーにも肉が乗せられ、巧と瑞樹は美味しそうに頬張り始めるが、女性陣はためらいがちだ。

 かぶりつくにも大きすぎる。

 としていたら、三井は素早く串から肉を外し、どうぞと手で差し出した。

 連藤の皿にはすでにほどかれた肉が野菜と分けられ、盛り付けられている。慣れたもので、そうなっているとわかっている連藤は、皿の場所だけ確認して、使い捨てのナイフとフォークで上手に食べこなしているではないか。

 連藤の食べ方を真似するように、女性陣も使い捨てのナイフとフォークを取り上げると、ゆっくり食べ始めた。巧と瑞樹はすでに2本目に突入である。

 テーブルの上に置いた焼き台の上には、エビと野菜を置いておいた。

 それすらも三井は器用に確認しながら周りのメンバーに与えつつ、自分も時折食べ、ビールを飲み込む。

 あまりの手際の良さに、彼のプレイボーイの片鱗が見える。

 さすがだな。心の中で感心しながら、隣に腰掛ける連藤を見やった。

 こういった催しの際、連藤は動き続けるタイプの人間だ。だが、乾杯から彼は全く動くことなく、ゆっくりと食事を楽しんでいる。

 莉子は連藤の穏やかな表情に見とれながら、


「三井さんって、いっつもこうなの?」


「バーベキューとか、アウトドアのときはかなり仕切ってくれる。

 それに人の3倍は動くからな。気配りもできるし。おかげで食事がゆっくり食べられるんだ。

 だから俺は三井のいるバーベキューだけは参加している」


「なるほど」


 焼けたエビを殻ごと頬張っていると、奈々美が不思議そうに視線を向けてきた。


「莉子さんって、意外とめんどくさがり?」


「そうだけど、なんで?」


「エビの殻、そのまま食べてるから」


「パリッパリに焼いてるやつはそのまま食べちゃうんだ。

 エビフライの尻尾を食べる人ね」


「奈々美って思えば、殻は外すし、皮はしっかり剥くよね。

 それこそくし切りのポテトフライの皮も剥ぐよね」


 優もエビを殻ごと頬張りながらそう言うと、


「だって食べ物じゃないもん」


 確かに。そう思いながらも、この殻の旨みがいいんだよ。二人は思いながら無言で飲み込んだが、巧が一言、「神経質だよな」ぼそりとこぼした。

 奈々美の顔が凍っていくのがわかる。

 莉子自身も、今言うときじゃない。顔に書いていた。


「なら巧は肉の脂、剥ぐなよ。シンケイシツ、だからな」


 脂の皮がべっとりとついた肉が皿に乗せられた。彼は肉の脂の塊が大嫌いなのである。霜降りなら食べられるが、皮となってついている脂はすべて剥がすクセがある。

 ちなみに鶏肉の皮だけは剥がさない。

 今日の牛肉はこんがりと焼けてはいる、が、でろりとした脂は健在だ。


「……奈々美、ごめん」


 食べたくなかったようだ。美味しそうなお肉だが、脂を剥がなければ食べられないため、眉を八の字に描き、眉間に皺が寄りながらも、困ったような泣きそうな顔を肉に向かって浮かべ続けている。

 奈々美はそれを見つめ、小さく息を吐くと、


「……お互い、剥ぎながら食べよ……」


 奈々美の中の妥協点はそこのようだった。

 奈々美はエビの皮を剥き、巧は肉の脂を剥いでいるとき、


「そういえば、優さんは嫌いなものとかあんましないの?」


 莉子が尋ねると、


「あ、優ちゃんは生の魚がダメだよ。青魚が無理なんだ」

 瑞樹が指を舐めながら言った。

 すべて手づかみで彼は食べ続けていたようだ。

 無言で優がウェットテッシュを渡し、瑞樹はそれを受け取ると思いついたように手を拭いた。


「魚の匂いがダメなの?」莉子がきくと、

「一度、アタって……」苦い顔が浮かんでくる。

 皆それぞれに食べ物の黒い過去は持っているものだ。


 だいぶ食事も進んできた頃だが、三井はずっと立ちっぱなしである。

 準備の時から立ち続けているためいい加減座らせてあげようかと、


「三井さん、焼き場変わろうか?」莉子が振り返りながら尋ねるが、


「俺は焼きながら食うのがいいんだ。一番美味しいタイミングで食えるだろ?」


 確かに、そういう考え方もある。


「それに今日は雨で微妙な暑さだからな。

 焼き場にいるほうが、めちゃくちゃ暑いからビールが美味いんだよ」


 満面に笑顔を散らす彼の額から首にかけて、汗の川が流れている。

 普通であれば耐え難いことだろう。だが彼にとってはこれはスポーツの一種なのかもしれない。

 実に楽しそうに肉を並べ、焼き具合を確かめて、ひっくり返し、さらに炭の状況も確認し、随時入れ足し火の加減も完璧に整え続けている。

 連藤は相変わらず自分のペースを崩さず、淡々と食事を楽しんでいる。

 焼きあがった肉が皿に盛られれば、匂いと感触を確かめ、焼き具合に合わせて追加の調味料で味の変化を楽しみ、莉子が入れたイタリアワインの香りを嗅いで味を確かめ、さらに肉を頬張り、ワインとのマリアージュを堪能している。

 実に満足そうなその顔に莉子は思わず笑ってしまった。


「莉子さん、なんで笑うんだ?」


「あ、わかった?」


「俺の顔に何かついているか?」


「ううん。幸せそうだなぁって」


「ああ、確かに幸せだな。

 こうやって食事を楽しみ、共有できる人がいるのは、本当に素敵なことだ」


 連藤は莉子のぶら下がっていた手を握り、そう言った。

 テーブルの下で握られた手の強さと、このタイミングに、思わず莉子の顔が赤くなってしまう。


「莉子さん、脈が早いな」


 手を振り払うのもできないまま、思わず突っ伏して時間を稼ぐことにするが、すぐに、


「おい、莉子、肉焼けたぞ」


「どんだけ食わすんだよ!」


 赤い顔のまま突っ込んだのは言うまでもない。


 近所迷惑にならない程度の時間にお開きにしなければ、そう思ってみた腕時計の針は、20時になるところ。

 あと1時間は外でも大丈夫だろうか───


 少し賑やかな夜が更けていく。

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