《カクヨム限定》River Beachで朝食を

 なぜ、朝の4時から動いているのだろう___

 莉子はテーブルクロスを広げ、一度音を鳴らす。シワなく広がったのを確認して、静かに下ろしていくとふわりと空気が抜けて、丸いテーブルにぴたりと着地した。

「おい、莉子、ベーコンと玉子、持ってきたかぁ?」

「そこ入ってる、そこ、そこ、足元、そこ」


 ___そう、それは昨夜まで遡る。

「やっぱここのミートボールパスタは美味い」言いながら三井はミートボールに噛み付いた。今日はずいぶんと柔らかいミートボールだ。

「今日のミートボールはふわふわに感じる」連藤も三井同様に頬張った。

「今回はボイルしてみました。なのでふわふわ感がでてるかと。ちゃんと茹で汁もソースに使ってるから旨みはあると思うよ」言いつつ、莉子もパスタをすすり上げた。

 現在23時。いつもの通り、夜食を食べに二人が来たところだ。

 莉子は自身の分は小さな皿に盛り付けるようにしている。そうしなければ、体のカサが増えてしまうからだ。

 瞬く間になくなった皿を片付け、2人が飲むという赤ワインを注ぎいれた。

 今日の赤ワインは南フランスのコート・デュ・ローヌのワインだ。南ローヌのワインでブレンドが主の地域になるため、味と香りに厚みが感じられて莉子が好きなワインの一つである。

 グラスに触れた途端、フレッシュなベリーの香りが沸き立ってくる。鼻を近づけるとなめし皮のような渋い香りも漂い、味にも期待ができそうだ。

 2人のグラスにもルビー色の液体を流し込むと、2人はすかさず手に取り、香りを嗅いだあと飲み込んだ。

「トマトの酸味とうまく合うな」

 連藤が薄く微笑んだ。三井も納得する味だったのか、深く頷いている。

 莉子は小さく切ったチーズを食みながら、ワインを啜り、ふと呟いた。

「ジブリのご飯、食べてみたいなぁ」

 実は今日のワイドショーの特集であったのだ。

 【こどもと作ろう! ジブリご飯】というものだ。夏休みも大詰め、自由研究にもなる、ということで紹介されていたのだが、その中の一つ、「ハウルの動く城」であったベーコンエッグである。

 薪の火と鉄のフライパンで焼く、脂の風味がたっぷりのステーキのようなベーコンと、フチがレースのフリルのようになった白身の目玉焼き、それが本当に美味しそうだったのだ。


「なら、明日の朝、そこの河原で朝食にするか」

 三井の輝いた笑顔に負けて頷いたのだが、こんな早朝からの準備になるとは思ってもみなかった___


「炭が整ったから、誰か鉄鍋取ってくれ」

 大きな木がある近くに拠点を構えることに決めると、三井はすぐさま火おこしを開始した。連藤は調理台を作り上げて、そこでベーコンの準備に取り掛かる。

 莉子は携帯できる丸テーブルを立ち上げて、そこに白いクロスをしき、さらに椅子を並べ、ランチョンマットを置き、ナイフとフォークを添えていく。

 三井が鉄鍋と言うので、莉子はケースに入れられた鉄のフライパンを取り出した。油がよく馴染んだフライパンだ。長年育てられてきたのがわかる。そこにオリーブオイルをひと垂らしし馴染ませたあと、厚さが完璧なベーコンをのせていく。一度強火の場所に置き、両面焦げ目がついたら火から避けておく。

 しばらくプチプチと油を弾く音を聞いて、ベーコンに火が通るのを待つ間、連藤は簡単サラダに取り掛かった。

 大きなボールに大雑把にちぎったレタスを入れ、そこにジップロックごしに叩いたキュウリをいれていく。そこにシーチキン缶を油ごと入れ、塩胡椒を軽く振り、レモン汁とレモンのスライスを加えて混ぜ合わせれば出来上がりだ。

 簡単で、他の調味料がいらないため、外の時はもっぱらこのサラダだという。

「あとは何が必要なんだ、莉子さん?」

「あとはバゲットと、紅茶になるの」携帯を眺め確認しつつ言うと、

「紅茶はポットにパック入れて火にかけとけばいいだろ」

「ではバゲットを切り分けておくか」

 あまりに手際よく進めていく2人に圧倒されながら、莉子もテーブルセットをさらに進めていく。

 プラスチックのグラスをセットし終えた時、ベーコンがいい具合になったようだ。そこにすぐに玉子を投入。ひとり2つの玉子が今日のノルマである。

 それにアルミホイルで蓋をして待つこと数分___


「できたぞぉ」


 出てきたのは、まさしく本物のベーコンエッグである。

 いや、どれでもベーコンエッグではあるのだが、あのハウルで見た通りのベーコンエッグなのだ。これを木製の平皿に乗せれば見た目の雰囲気もおしゃれに早変わり、である。

「美味しそうっ。さすが三井さんですね」

「香りが香ばしくていい。早速朝食にしよう」

 その声とともに莉子が注ぎいれたのは、スペインのシャンパン、カヴァである。

 酸味が強く、甘みが弱いことから食事との相性は間違いない。

 朝から飲むにもちょうどいい味の軽さだ。

 グラスに注ぎ、いただきますの掛け声とともに3人の喉が鳴った。

「朝のアルコールはくるなぁ」いいながらも空のグラスが莉子へと向けられる。すかさずそれを注ぎ足しながら、莉子はパンをちぎって玉子の黄身にそれをつけた。ほどよく固まっているため、たっぷりパンに玉子が浸される。

 それに塩をかけ、頬張ると玉子の甘みとパンの香ばしさがたまらない。さらにカヴァを飲み込むと酵母の香りが引き立ってさらに食事が進んでしまう。

「ベーコンの脂は朝からキツいかと思ったが、カヴァのおかげか美味しく感じる」

 そう連藤が言う通り、こってりした脂がカヴァを飲み込むと流されるので、とても食べやすくなるのだ。


 莉子は連藤が作ってくれたサラダを頬張り、ベーコンをナイフで切りながら、

「朝からこんな豪勢な食事だったんですね、ハウルって。羨ましい」

 切り分けたベーコンに玉子を絡ませ、口に放り込んだ。


「よぉし、今日は昼もここで食うぞ。

 莉子、河原で朝食も悪くないだろ?」


 確かに悪くはない。

 悪くはないが、昼までここで食べることになるのは聞いていない。


「肉はあるから、昼はバーベキューで問題ないな」

 連藤の笑顔があまりに優しく、昼間は家にいたいと言えなかった莉子であった。

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