第23話 ジッポ

 タバコは辞めた…。

 もう数十年吸ってない。

 以前、付き合っていた18歳年上の女性が嫌がったからだ。

 ついでに言えば、彼女の娘が猫を飼い始めたからだ。

 僕は猫が好きだ。

 犬も好きだが、どちらかと言われれば猫派だ。

 彼女の家にやってきた猫は小さく、とても可愛らしかった。

 皆で24時間、付き添うように育てた猫。

 わがままに育ったが、それも魅力だった。

 当時、僕は無職で彼女の家に居候していた。

 そのため、日中は僕が猫の面倒をみていたのだ。

 思えば、きっと僕が一番、幸せだった…いや、唯一幸せだったと言える時期だったと言える。


 タバコは好きで吸っていたわけでもない、だから、すぐに辞められた。

 でも、ジッポは集めていた。

 高い、安いではなく、単純にデザイン重視で購入していた。

 そう…僕が欲しかったのはタバコではなく、スタイルだった。

 見た目だけ…。

 すべて…僕が過去付き合った女性は、すべて容姿はいい。

 もちろん、このときの彼女もそうだ。

 18歳年上だとはいえ、会社内はもちろん、社外の人間も落としたいと必死になっているような女性だった。

 最初は、ただ綺麗な人だと思っただけ…皆が欲しがったから、僕も手を伸ばしてみただけ…。

 彼女は僕に微笑んだ。

 下手をすれば、自分の子供でもおかしくない歳の僕に。


 僕がジッポを集め出したのは、彼女と別れてから…。

 中途半端に金を持て余していた。

 いや…たぶん心を病みだしていたんだろうと思う。

 人妻と付き合い。

 思うように逢えない現実に苛立ち、趣味も無く、友人もいない。

 この頃は、とにかく、なんでも集めた。

 収集癖は昔から持っていたのだと思う。

 子供の頃は金が無いから盗んで集めた。

 主に本が多かった。


 今は…なんでもよかった。

 毎日、ネットで購入したナニカが届く、自分でも何を頼んだのか忘れるほどの買い物量だ。

 休みの日には、何もすることがないから買い物に行く。

 買い物に行くのだから、なにか買う。

 一時期は使いもしないジッポを買って、専用のコレクションケースに飾っていた。

 20個も並んでくると、そこだけで50万ほどになる。

 ただ眺めるだけ…いや…眺めることすらしなかった。

 もともと興味は無いのだ。


 それは今も、リビングのTVの脇に置かれたコレクションケースに並べられている。

 銀製が多いので色が変色しているものが多い。

 今見れば、なぜ買ったのか?というデザインのものもある。


 その中のひとつ…飾り気のない、鈍色に変色したビンテージのジッポ。

 若い頃、貰ったジッポだったな…ヤクザに。

 事務所を畳むときに僕に投げてよこしたんだ。

「こっちの世界に来るなよ…」

 そう言ってたけど、結局、俺はもっと深い場所に入り込んでしまった。


 タバコを辞めてから数十年…今夜、久しぶりにタバコを吸いたくなった。

 ガスライターの生ガスの香り、マッチのりんの香り、一吸いめに口に広がる独特な香りが好きだった。

 吹かしタバコのくせに…。


 懐かしいな…ジッポのオイルの香り…もう一度、あのジッポでタバコを吹かしたい。

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