第三十二回 舞い降りた残酷な天使

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 圭士は、構えた剣の切っ先を亜耶弥と柳とに交互に向ける。


 切っ先を向けられた亜耶弥は、白い槍を構え直さず特に動きを見せたりはしない。向かってくるなら来てみなさいと言わんばかりに、堂々と立っていた。


 そして、柳に向けると、人質にとったあきれの首を締める腕に力が入る。あきれは目をつぶり、苦しい表情をした。しかし、柳はそれ以上何かする様子はない。足元に向けられた局地的にユニバースを発生させる銃の引き金を引くことすらない。


 圭士はまた切っ先を亜耶弥に向けた。


 交互に切っ先を向け直している圭士は、打つ手がないように見えた。そして、何度目かに亜耶弥に向けた時、圭士は動きを止めた。


 白い槍を握る亜耶弥の人差し指が、槍をコツコツと突いている。


 圭士は焦った表情を演じつつ、内心、来た、と思った。


 圭士が自ら動けば、あきれを人質にとった柳が抑止してくる。だが、亜耶弥らが先に動けば、柳は動きづらいはず。


 圭士は、亜耶弥がイラつき始めるのを待っていた。ハワイ編の亜耶弥と英士、特に新しい人格が目覚めてからの二人は、短気だった。少しでも待たされるのが嫌だったのだ。


 亜耶弥の指は、だんだんとその動きを早めていく。


「向こうから来ないなら、こっちから奪いに行くか。亜耶弥、ロンゴミアントを貸せ」


 英士は亜耶弥に手を出した。すると、亜耶弥は、ぐっと白い槍ロンゴミアントを握る。


「いいえ、私がやるわ」


 突き立てていた槍を圭士に向け、亜耶弥はニヤリと笑みを浮かべて駆け出した。


 よし、一つ展開を進めることに成功したと思った圭士。だが、ここから先の策はまだ考えついていない。その考える余裕は一秒たりともなく、亜耶弥が目の前に迫り、尖った槍の先が向かってくる。


 キーンと、玉座に音が響く。


 槍の先とエクスカリバーの刃が一点でぶつかり合う。亜耶弥と圭士は互いに引く気はない。押し合うたびに、ギリッギリッと接点が縦にずれ、火花を時折散らす。槍もしくは剣が一ミリでも横にずれれば、相手の鋭い刃が互いを傷つけ合うだろう。


 近づいて見た亜耶弥の表情やその姿は、出雲編の時と全く変わっていないことを改めて確認できた。唯一変わったとすれば、覚醒した人格を持ったことだ。出雲編の最後に見た恐怖すら与える京にも見えた。


 作家京が生み出した亜耶弥というならば、京の分身でもある。その人格が変わったなら、物語にエッセンスを加えるためというよりも、京の本心を投影した形なのかもしれない。


 しかし、それは京もこの世界を作り出したことを間違いだったと認めざるを得ないだろう。まさか、自らが生み出した人物に殺されかけているのだから。


 つり上がった目。


 口角の上がった口元。


 この今を楽しんでいる亜耶弥が伺える。ふっと、口角が下がった。同時に、槍の力も弱まった。


 圭士は、ぐっとエクスカリバーで槍を振り払う。


 亜耶弥は瞬時に一歩下がり、また槍を構え直した。


 急にどうした……。一体、亜耶弥は何を考えているんだ。


 亜耶弥は、二呼吸ほどしてまたニヤリと口角を上げた。そして、槍をグルングルンと回し、圭士に近づいてくる。


 聖槍ロンゴミアントは、先三分の一がドリル状で鋭い刃が渦を巻くように先端まで続いている。先に近づくほど、それは細く尖っていく。


 槍に突かれるだけでなく、振り払うように攻撃されれば剣以上に肉をえぐられるのだ。


 圭士は、槍の回転を見極め、槍を剣で打ち払っていく。そのたびに、金属がぶつかる高い音が響く。


 圭士は交互に足を動かし、場所を移していく。決して、亜耶弥の攻撃が強くてその場を逃れたいわけではなかった。むしろ、余裕があるくらいだ。亜耶弥の攻撃はどういう訳か思ったほど力はなく、ただ槍の回転が速いだけだった。


 そして、圭士はタイミングを合わせて力強くエクスカリバーを下から上へ振り放つ。


 跳ね除けられた白い槍は、亜耶弥の手を離れ、空気を切り裂くように宙をくるくると回り、英士の前に突き刺さった。


 英士は目を見開いた。そして、その槍を引き抜いた。


「どけ、亜耶弥。俺がやる」


 英士の高揚した声が、亜耶弥の後方から聞こえてくる。


「うんもう、どーして取るかな」


 文句を言う亜耶弥の頭上を飛び越えてくる英士の目は、燃えていた。


 圭士はエクスカリバーを構え直し、腰を一瞬落として勢いよく飛び上がった。


 一直線に英士に向かっていく。


 二人が交差する時、一人は槍を繰り出して突き、一人は大剣を振りかざす。


 二人は、立ち位置を変えるように着地した。


 圭士は、ツーンと頬に細い痛みを感じた。汗かと思い、手の甲で拭うとそこに赤くかすれた筋が見てとれた。


「おもしれぇーことしてくれんじゃんかー」


 圭士の背後から英士の怒号。


 圭士が振り向くと、英士はすでに目の前にいた。圭士と同じように頬が一筋に切れて血が垂れ、英士の目は血走っていた。


 圭士はすぐに体勢を整えてエクスカリバーを構えようとしたが、英士のロンゴミアントに振り払われてしまった。


 亜耶弥の時よりも力強く、圭士は握っていられなかった。エクスカリバーは、床を滑っていってしまった。


「くっ……」


「おっと、動くなよ」


 英士は笑顔を見せながら槍を圭士に向けつつ、エクスカリバーを取りに行く。


 圭士の右手は、ジンジンと痺れて動かすことができなかった。


 ここまでなのか……。



- 2 -


 英士は転がったエクスカリバーを手に取った。すると、何者かが乗り移ったかのように剣を高らかと天にかざして、高笑いし始めた。


「これが聖剣の力か……。ビリビリとパワーが流れ込んでくるようだ。そうだ……、亜耶弥」


 英士は何かを思いついたように、白い槍ロンゴミアントを亜耶弥に投げ渡した。床と平行に飛ぶ槍を亜耶弥は、無駄な動き一切なくキャッチした。


「あの時の再現といこうか、亜耶弥」


 英士は企みが隠せないほど、微笑んでいる。


「あら、英士にしては面白いことを思いついたわね」


 と、亜耶弥もいたずらっぽく笑い、目の奥が光っていた。


「ふふっ……」


 圭士は苦笑いするほかなかった。


 あの時の再現か……。ハワイ編のラストシーン。


 圭士はそのシーンを思い返した。


 刀を手放した聖士が、亜耶弥と英士に斬られる衝撃なラストシーン。


 その再現を聖士ではなく、俺でやるのか。まさに最高のエンディングだな。


 だが、何としてでもこの場を切り抜けなければならない圭士だったが、どん詰まりだった。立ち向かうにもエクスカリバーは、右方向の英士が持ち、正面にいる亜耶弥は槍を手にしている。


 逃げるとはいっても、左は壁に阻まれ、後ろは王の椅子がある階段。その階段を上がったとしても、結局は鉄の壁で行き止まりだ。


 足をゆっくり引くが、階段の一段目に踵がぶつかった。


「くっ……」


 鉄器となった京が目の前にある。


 ユニバースがあれば動かすこともできただろうが、ノンユニバースの俺には所詮無理な話。


 圭士はどんなにこの場をやり過ごす策を考えても頭が真っ白になり、何も考えつかない。ただ、目の前にちらつく一文字。死。それだけが頭の中をよぎる。


 ハワイ編のラストを自分で味わうとはな……。


 聖士。君が武器をここで手放した気持ちがわかった気がするよ。


 去る者を追っても意味がないことを……。


 それが友達であったとしても、その友達が自分とは違うステージを目指している時は特に。彼もしくは彼女が明るいステージまたは暗いステージに向かって歩き出したとしても本人が決めた意思に勝るもの何もない。しっかりとその背中を見送ってやればいい。


 そこそこ生きてきたが、そうそう人を追いかけたり、引き止めたくなるやつがいたかと言われれば、パッと思いつかない。


 聖士。やっばり亜耶弥と英士を向こうへ行かせたくなかったんだよな。


 ――Supertailを直に味わうのは、出雲編だけで良かったのに……。


 ――ハワイ編のラストシーンは、コピー用紙を読むだけで十分だ。


 亜耶弥と英士が同時に床を蹴って、圭士に向かって行く。


 ――もうダメか。


 圭士は、あきれに目をやった。


「やめて――っ!」


 あきれは床に這いつくばって、こちらに手を伸ばして叫んでいた。


 ――悪いな、あきれ。もう後ろから押してやれなくて。


 ――聖士は確かこの時、天を見上げるんだったな。雪の降った空を。


 圭士も聖士になりきったように天を見上げた。


 鉄の天井。


 そこから降ってきたもの――。


 残酷な天使だった。


 厚い金属を突き破る破壊音が二つ、玉座に響いた。


 赤茶色に錆びた鉄を突き抜けた聖槍と聖剣は、圭士の前で切っ先が止まっていた。それ以上、伸びてくることはなかった。


 圭士の前に舞い降りたその天使の腹部を槍と剣が貫いていたのだ。貫通した腹部から血は出ていない。


 すでに鉄化が進んだ体は、硬化しきったようでピクリとも動くことはなかった。


「柳……なぜ……」


 鉄化してまで圭士をかばった柳に、圭士は目を丸くして聞いた。


「Little Storiesで、私は八唐司真琴だったから。ハワイ編の続き「記憶の中の絆・外伝』で、亜耶弥と英士に斬られたのは、聖士をかばった真琴だったから。ハワイ編のラストシーンを再現するにはここまでやらないと」


 柳の鉄化は、首へと上がっていく。


「それは聖士であって、俺じゃないだろ」


「深和さんには、死んでほしくないから……」


 柳は涙を流していた。頬を伝い、鉄化していく首に垂れていくと、その涙も赤茶けた鉄の雫に変わった。


「やっぱり私が言うのも変なんですけど、あの時Supertailについて一緒に話せてよかった。私にとって、これが最高のエンディングです――」


 柳は涙を流したまま、そして笑顔のまま赤茶けた錆びた鉄の像へとなってしまった。


「柳奈々……」


 圭士は目をつぶり、この時だけはあの時のことを思い返した。もう二度と思い返さないつもりでいた。二人で楽しく食事をしながらSupertailの話をしたあの日を。


「君が本当の残酷な天使だったのかもしれない」


 圭士は鉄の像を見つめて言った。


「興ざめね。何なの、これ。ふん、本当の残酷な天使は私たちだけよ」


 亜耶弥は、槍を鉄化した柳から引き抜いた。柳の腹部には、ぽっかり穴が空いていた。


「英士。早くそれで京の殻を破ってちょうだい」


「あぁ、そうだな」


 英士も剣を柳から引き抜いた。そして、剣を振りかぶった。


 竹を一瞬で切り倒すように、柳の胴体を斜めに振り抜いた。傾斜のついた上半身は、まるで海に沈んでいくかのようにゆっくりと下半身から滑り落ちていった。


 ガタンと床に落ちて、しばし左右に揺れて止まった。


 英士と亜耶弥はもう一体の鉄器、京の前に歩み寄っていく。


「お前らは残酷な天使のままでいいのかよ」


 圭士が言い放つ。


「残酷な天使。聖士が私たちにくれた最高の名前よ。その女なんかと一緒にしないでくれる?」


「一緒なんかじゃない。彼女は俺を殺せず、ずっと悩んでいたんだ。生きている間は常にその使命に付きまとわれ、身も心も削られていたんだと思う。残酷だよ。だけど、最後に運命を自ら選んで天使になった。変化したんだ、彼女は」


「変化? それがなんだって言うのかしら?」


「君たちは二年前のまま。高校生のまま。京を殺せば、作者を殺せば、そのままそれ以上成長も物語の進展もなくなるんだぞ」


「そうよ。それを私たちは望んでいるの。最高の今が変わらずに続くなんて最高じゃない。英士、彼を黙らせて。何もできなかったあの時と同じ聖士のように生かしておいてね。生き証人になってもらいましょう」


 京に向けていた足を圭士に向かわせた英士。


「世界の覇者になれる者はただ一人。エクスカリバーを握っている者だけだ。圭士が持っていると泣いて悲しむんだよ、エクスカリバーがな」


 英士は、圭士の腹に一度蹴りを食らわせ、よろついたところを回し蹴りで圭士を吹き飛ばした。圭士は全く受け身も取れずに、壁に激突した。


「圭士」


 立てないあきれは、腕だけで体を引きずらせて床を進んでくる。


「圭士、圭士……」


 あきれは圭士の顔をのぞき込む。


「あきれ、下手に動けば殺されるぞ……」


 Supertailハワイ編で、新たな人格に目覚めた亜耶弥と英士は、動くものをとにかく斬っていた描写があった。


「そんなこと私は……。圭士、良かった」


 圭士はあきれの腕に包まれた。


「これ、彼女に託されたんだけど。最後の一発」


 あきれは手に持っていた銃を見せた。一発は、古井諒。二発目は、柳自身が自分に使って、残り一発。局地的にユニバースを発生させることができるが、この場面で使ってもおそらく無駄撃ちになるのは目に見えていた。


 しかし、圭士はまた生かされたんだなと感じていた。


 Destiny begins to move.という言葉に。柳は圭士を最後の最後まで殺すことができず、終いには自ら鉄となって圭士をかばった。京があらかじめDesiny begins to move.という言葉に仕掛けをしておいたかのように。


 京が自ら鉄の殻で覆ったことにも理由があるはずだ。


「エクスカリバーを奪われて言うのも何だけど、京を信じてみようと思う。いいかな」


「えぇ、わかった。私も圭士を信じる」



- 3 -


 英士は何度かエクスカリバーを振り降ろした。京を覆っていた鉄の殻の一部がはじけ飛んだ。


 そこから京の姿の一部が見えているに違いない。圭士たちは、端からその光景を想像する他なかった。


 亜耶弥は京をまたぎ、聖槍ロンゴミアントを垂直にして持ち上げた。そして、ニヤリと笑った。


「見ておきなさい。私たちの生みの親であり、L.S.の創始者の最後を」


 亜耶弥は、まっすぐ槍を突き刺した。何の抵抗もなく槍は沈み、鉄の床を貫いて止まった。


 あきれは目をつぶった。閉じたまぶたの端から涙がこぼれた。


 胸が潰される。ただ、それだけだった。


 悲鳴も上がらない。


 一瞬の静けさに、命が途切れる音を聞いたような気がした。


 そして、玉座の中央から二人の笑い声が響き渡る。


 亜耶弥は、突き刺さったロンゴミアントを引き抜こうとしたが、抜けなかった。


「どういうこと?」


「どうした亜耶弥?」


 動きを止めた二人を圭士は凝視する。


「槍が……」


 槍の異変に気づいた亜耶弥は、槍から手を離し、一歩下がった。


 京の胸に突き刺さったままの白い槍が、だんだんと下の方から赤く染まっていく。まるで温度計の目盛りがぐんぐん上がっていくように白い槍が赤くなった。


 そして、突き刺さった胸の部分の鉄が再生し、京の鉄器は槍と一体になった。


 亜耶弥は慌てて赤く染まった槍を引き抜こうとしたが、びくともしない。


「下がれ、亜耶弥」


 英士はエクスカリバーで京の鉄器をまた斬ろうと振り降ろした。


 今までとは違う鈍い金属音が玉座に広がった。


「チッ。なんなんだよ」


 エクスカリバーの先が折れてしまったのだ。ダンテたちが見つけて持って帰ってきた時と同じように、エクスカリバーは折れた。どんどん聖剣たる光は失われ、岩の中にめり込んでいた時のようにくすんでしまった。


 英士は、折れたただの剣を京に投げつけた。金属音とともに、剣は鉄器に弾かれてあさっての方向に飛んでいってしまった。


 亜耶弥は片手を腰に手を当て、深く息を吐いた。


「胸を突き刺していることだし、問題はない。これで私達の時間は永遠に止まったのよ。この体で、この意識で終わりのない私たちの物語は紡がれる」


 急に体が浮くような、エレベーターが下がっていくような感覚にみまわれた。まもなくして、城全体が轟音を立てて揺れた。すぐに揺れは収まった。


 亜耶弥と英士が全く動揺していないことに、圭士は気づいた。二人はこの状況を知っている。二人は目を合わせていた。


「着いたか」


 英士が言う。


「そのようね。ここにはもう用はないし、新しい物語の一ページ目を開きに行きましょうか、英士」


「あぁ」


 亜耶弥と英士は、並んで階段を登り、王の椅子を前方へ押し倒した。そして、最初に亜耶弥、次に英士と姿をその場から消した。


「消えた」


 圭士はハッとした。


「圭士。京姉さんのところへ連れてって」


 目を伏せ、小さな声で言ったあきれを圭士は抱きかかえ、赤い槍が突き刺さった京の鉄器の前にやってきた。あきれはその場に座り込み、京に触れた。何も言わず、ただ小さく首を左右に振った。まるで、京と話をして受け答えしているようだった。そして、赤々と光る槍に触れた。


「これはっ!」


 あきれは、まじまじと槍を見つめていた。


「あきれ?」


「京姉さんは、まだ諦めていないようね」


 あきれは力強く言った。


「どうして」


「聖槍ロンゴミアントがAkire( i )そのものだったからよ。槍が京姉さんの血を吸い上げ、生命を宿すレッドエーテルに変化させた。そして、この槍こそロンギヌスの槍。最後の生命の器に、聖槍ロンゴミアントを選ぶとは」


「じゃぁ、京は生きているのか?」


「何とも言えない。レッドエーテルとなった人を死と定義付けていいのかわらかない。その逆もしかり。ただ、京姉さんの意思はある」


 レッドエーテルは、亜木霊となる際、燃やされる肉体から取り出されたものだ。


「ということは、京はまた亜木霊に?」


「おそらく」


「これはいったい……」


 突然、背後から女性の驚いた声がした。圭士たちが振り向くと、ゆりなが息を上げて立っていた。白い光の檻の中で燃えている白い炎を見ていた。


「ゆりな、どうしたの? 鉄器の中で待機していてって」


 あきれが声をかけると、ゆりなが駆け寄ってきた。片手で少し厚めの上着を持てるだけ持ってきていた。


「みんな、もしかして亜木霊に?」


 ゆりなが聞いた。


「えぇ、亜耶弥と英士にやられてしまった。それでどうかしたの?」


「どうもなにも、城が着陸した場所なんですが、ラジエル孤島なんです」


「まさか、あの二人もミチルさんもここを狙っていたのね……」


「あきれ。いったい何の話をしている?」


 話がまったく飲み込めなかった圭士が聞いた。


「外に出ればわかるけど、三百六十度周囲を雪山に囲まれた陸の孤島。ゆりなは遊人のチームとそこで探索任務をお願いしていたんだけど」


 ゆりなは目をキョロキョロとさせて、辺りを見回す。


「あのー、さっきから歌が聞こえませんか?」


「歌?」


 ゆりなに聞かれて、辺りに耳をすます。


「いいえ」


「俺も」


 あきれと圭士は首を振った。


「私だけですか。この島についてから記憶の中の絆が聞こえてくるんです。以前、ここにいた時は聞こえなかったんですけど」


「記憶の中の絆って、Little Storiesのライブで歌っていたあの?」


 圭士が聞いた。


「はい。しっかり声が聞こえてくるんです。たぶん前任のヴォーカルの声だと思うんですけど」


「ここが狙われては、ますますさっきの二人の世界が出来上がってしまう。圭士、とにかくあの二人を止める。行きましょう。遊人も危ないかも……」


 あきれは、ゆりなが持ってきた上着に腕を通そうとした時、圭士に銃を差し出した。


「そうだ。これは圭士が持っていた方がいい」


 圭士は、残り一発となった万年筆の筆先が装填されている銃を受け取った。


「いったい、ここには何があるんだ」


「Akire( i )を凌ぐもの。紙の保存能力をはるかに越えた記録を残せて、おそらく地球がなくなっても生き続ける生命体」

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