第十七回 宿す力を導いて
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亜耶弥たちは、一人待たせている真琴のもとに戻ってきた。真琴は、妖乱祕封を抱きかかえて祈っていた。
「真琴ちゃん、ただいま」
亜耶弥の声に真琴はパッと目を開いた。
「みんな、おかえり。弥里ちゃんは……」
真琴は心配そうに一人一人確認していく。英士の背後から弥里が顔を出した。二人は英士を押しのけ、通路で手を握り合った。
「良かった……。怪我はない?」
「うん、大丈夫。勾玉が守ってくれたし、それにね」
弥里は笑顔になって首から下がる勾玉を目の前に持ってきた。
「あっ! もしかして、弥里ちゃんも」
「そう。私も覚醒しちゃった」
真琴は、紫色に光る弥里の勾玉を食い入るように見つめた。
「真琴ちゃん、妖乱祕封貸してくれる? 弥里ちゃんの妖術を調べるわ」
真琴は妖乱祕封を亜耶弥に手渡した。亜耶弥が座席に座ると、みんなも一息つくように次々と座っていく。
「みんなは大丈夫だった?」
「油断した圭士が、黒い影に取り込まれちゃったけど、俺がズバズバッと吾妻と圭士を助けたんだ」
聖士が剣を振る真似をして、鼻高く話す。
「圭士も? 大丈夫なの?」
真琴が慌てて見てくる。
「あぁ、大丈夫。大丈夫。勾玉が守ってくれたから」
圭士も弥里と同じように、自分の勾玉を見せた。
「あ、圭士の勾玉も光ってる。緑色……。みんな覚醒したんだ。あ、でも聖士は?」
「俺はまだなんだ。遅咲きみたいで」
と、みんなより成績が悪かったというようにしょげて言う。
「嘘をつくな。コイツ」
圭士が傍から肘を打ち込んだ。聖士は言葉にならない声をあげて、肘の入った脇を押さえ込んだ。
「何するんだよ」
聖士の首にかけられた勾玉が揺れる。
「あっ、白!」
しかし、真琴は首を傾げた。
「あったわ。紫妖術。これは……」
亜耶弥は黙ってしまう。しかし、目は動いてページを読んでいる。
「亜耶弥、弥里の力は何なんだ。もったいぶるなよ」
英士が続きを促す。
「口寄術」
「
「言い換えればわかるわよ。口寄術は、つまり召喚術よ」
亜耶弥は、ニヤリと微笑んだ。
「召喚術って、天と地をひっくり返すことのできる巨人を呼び出したりできる、妖術の中でも一番スキルマスターが難しい大魔法だろ」
「えっ、私にそんなすごい力が……」
弥里は勾玉を見つめる。勾玉自体に、英士の言った力は宿されていない。あくまで弥里本人にその素質があるということだけ。妖術をマスターできるかどうかは本人次第なのだ。
「亜耶弥さん。圭士君の緑色にはどんな力が?」
弥里が聞いた。
「緑は……翔竜術ね」
妖乱祕封を数ページ戻して答えた。
「しょうりゅう?」
「そう。翔ける竜の術で、翔竜術。竜、ドラゴンにまつわる力が扱えるってことね。圭士の素質からしたら当然よね。空を飛ぶ力は、まさにって感じだし。ここに載っているものを見る限り、長時間・長距離の飛翔に長け、竜の鱗ごとくの防御に、ドラゴンの牙や爪の破壊力。そして、炎や氷、毒のブレスを吐く。
たく……。みんな、どの妖術をマスターしても最強になれるってことよね」
この時、圭士は胸が高鳴っていた。Supertailにはもともと自分は存在していない。当然、自分が妖術を使えるなんて思っていなかった。しかも、Supertailでは設定の説明がなかった緑の妖術。亜耶弥が説明してくれたように、自分の設定があらかじめあったことに驚きだった。
今後の展開を考えても、悪くない自分の力に満足もしていた。ただ、その力を活かしきれるかどうか不安もあった。何もできなかったら、その時はその時だ。
しかし、こんな上手く物語に自分が馴染み過ぎてしまっていいのか。圭士は考える。
もともとあった物語に圭士も主人公格でメインストーリーを歩んでいる。Supertailと同じ道をたどるのか、それともどこかで違う話になってしまうのか。
その時にならないとわからない。改めて思うが、Supertailの先読みができないところまで体感させてくれるとは予想外だ。
亜耶弥は笑って妖乱祕封をパタンと閉じた。そして、それをまた真琴に渡す。
「えっ、亜耶弥ちゃん? 聖士の白は」
妖乱祕封に書かれていた妖術を区分する色に、白はない。
「本人がそこにいるんだから、本人に聞けばいいのよ。でも、真琴ちゃんと弥里ちゃん、そして圭士。出雲に着くまであと二時間弱。妖乱祕封を読んで技をできるだけ覚えておいてね。妖術に覚醒したからといって、技を覚えていなければ使うこともできないから。出雲……とんでもないことになりそうね」
「とんでもないこと?」
「えぇ。金塊どころの話じゃなくなるってことよ。零士も大変な目に……」
「躊躇してる暇はねぇぞ。こうやって俺たちのスキルが現れた今、やるしかない。俺たちと同じようなスキルを持った奴らを倒すしかない。きっとそいつらが黒幕だ」
「聖士。もう後には逃げられなくなるのよ。ここまで来て言うのもあれだけど、それでもいいの?」
「あぁ。もう心配すんなよ。逃げたりなんかしないさ。昔のように……」
ふっ、と亜耶弥は笑った。
「いい、三人とも。この妖乱祕封を読み込んで技の数を増やしておいて。これから先、必要不可欠なポジションになるわ」
そして、亜耶弥は英士にだけ、一緒に来てと目配せをして、その場からいなくなった。
真琴と弥里は亜耶弥に士気を焚きつけられ、妖乱祕封を必死に読み込んでいく。圭士も読みたかったが、一冊しかない本を三人で読むにはどう見ても非効率だ。
女子二人の目からほとばしる炎が圭士を近づけさせてくれない。彼女らが落ち着くのを圭士は待つことにした。
- 2 -
特急列車の最後尾車両はラウンジ車両となっていて、窓が大きく取られている。外の流れ行く景色が眺められるようになっていた。夏場の緑が多い時期より、紅葉の頃の方が車窓からの眺めは良さそうだ。
亜耶弥と英士がラウンジにやってきた時、ラウンジ後方に老夫婦が一組いるだけで、他に誰もいない。亜耶弥と英士は窓際中央の席に座った。
「なんだ、こんなところに連れてきて。二人でデートか?」
「そんなんじゃないわよ。残念だけど」
「それじゃぁ」
「そろそろあれを解印してもいい頃じゃない?」
英士は亜耶弥に言われてピンときた。
「
亜耶弥はゆっくり頷いた。
「さっきの聖士の戦いを見てそう思ったのよ。英士ももっと活躍させないとって……」
「えっ、そんなことで?」
英士は、素っ頓狂な顔をした。
「嘘よ。冗談くらいたまには言わせてよ」
「じょ、冗談か。亜耶弥が言うと冗談に聞こえないからさ」
「出雲に着いたら、もっと手強い影。それだけじゃない。私たち同種の敵も現れる。だから、解印して英士もスキルアップしてもらおうと思うの」
亜耶弥の表情は、冗談を言った時と変わりなくいたって真剣なものだった。
「亜耶弥がそう言うならお願いするよ。確かに、あの時の聖士は今までとは別人だった。普通の人間じゃ、あそこまでのスピードは出せない。妖術を使ったなら別だけど」
「えぇ、
亜耶弥と英士の目線が合う。
「
二人の言葉が重なり合った。そして、亜耶弥はわずかに口角を上げた。英士は亜耶弥が何かわかったと悟る。
「速さは計測不能。私たちの視力では瞬間移動を見てるのと同じ。神がなせる技と言われるものよ」
「神の子供なのか、アイツも?」
「私が考えるところ、神殺しの
「神殺しの末裔?」
「深くは私も知らないけど、聞いたことがあるの。確か、神殺しの初代は剣闘神。その血が流れているとするなら、あのくらいできても不思議ではないわ」
英士はその話を聞いただけで寒気を感じた。
「剣闘神のくせに神殺しかよ」
「どういう理由で神を殺すようになったかは知らないけど。一つ言えることは、剣闘神があの速さで暴走したら止められない」
「聖士が俺らを裏切るわけないだろ」
「違うわ。聖士の精神が剣闘神に食われたら、手のつけようがないってこと。それだけ危険な神の力なのよ。そこで暴走させないためにも、英士」
キリッと、亜耶弥の目が英士の目を見つめる。
「えっ、俺が? 待ってくれよ。いくらなんでも俺でもあの速さにはついていけないぞ」
「だから、英士は黒乱斧と一緒に武闘神にも目覚めてもらうわ」
亜耶弥はさらに口角を上げてニヤリとする。
「武闘神……俺の心の奥に眠っているあれか」
スッと亜耶弥の指が英士の額に当てられた。亜耶弥はすでに口元に指二本を立てていた。
「これから解印するわよ。じっとしててね」
亜耶弥は目をつむり、何やら小声で詠唱し始めた。しかし、それは聞いたことのない言語だった。二分ほど亜耶弥の詠唱は続いた。英士の額に当てた指に光が集まって、英士はそこに熱を感じていた。
亜耶弥の声が止むと、額の光が英士の中へと入り込んでいく。そして、亜耶弥の指が英士の胸まで下がっていき、その前で指をサラサラと振る。指が空をなぞると、光の文字が浮かびあった。
それは、鏡文字の『解印』だった。その『解印』が英士の周りを高速回転し、光の円となる。そして、光は鎖が引きちぎられるように弾け飛んだ。
英士はグッと胸をつかんだ。
「グッ!」
と、英士ではない声を亜耶弥は聞き逃さなかった。苦しむ英士をそのままに、亜耶弥は立ち上がり、販売カウンター脇へ向かった。
「この状況を見ていなければ、何の感覚かわからないでしょうけどね。圭士」
カウンター脇に隠れて、床に跪いていた圭士は、英士が胸を掴むと同時に体に電気が走るような刺激を受けていた。左の拳を握り締めた状態で、ピリピリする刺激を抑え込もうとしていた。
そう。この時、圭士だけでなく、妖乱祕封を必死に読んでいる真琴や弥里、そして聖士も同じような刺激を受けているのだった。
「あ、亜耶弥……」
圭士は痛みを我慢する表情と、亜耶弥に見つかってばつが悪い複雑な表情を見せていた。
- 3 -
「馬鹿ね。こんな近くにいるから、もろ影響を受けたのよ。すぐに刺激はなくなるから辛抱しなさい。ふふ、ちょうどいいわ。暗転!」
亜耶弥は壁を叩くように片腕を横に開き、空を切った。辺りは一瞬で真っ暗になった。
その暗転空間の中で見えるは、自分はもとより目の前に立つ亜耶弥と、椅子の上で苦しむ英士の姿だけだった。真琴や弥里、聖士の姿はない。亜耶弥が作り出す暗転空間は、あまり広い範囲をカバーできないようだ。
圭士を襲っていた痺れはすーっと引いていく。圭士は深く息を吐き、力んでいた体の筋肉を緩め立ち上がった。
英士も痛みから解放された様子で、向こうからこちらに手を振ってきた。
「今のは何なんだ?」
圭士が聞いた。
「共振。圭士や聖士、みんなに宿された神、それぞれへの挨拶みたいなものよ」
「あぁ、そういうことか」
圭士は、二度深く頷いた。この場面をSupertailで読んだ時、聖士たちが痛みを受ける描写しかなく、どういう理由で痛みを受けていたのかわからなかった。これで一つ頭の中がすっきりした。長年持ち続けてきたSupertailの疑問の一つがやっと解決したのだ。
ただ、Supertailで気になる所は、掘ればいくらでもあるのだが。
「圭士が覗きとはな」
英士が茶化す。英士はなんともない様子だった。力を解放したところで、何か変わった様子は見て取れない。
「悪かったな。気になる場面がどうしても見たくてな」
ふーんと亜耶弥は言いながら、胸の前で腕を組む。
「気になる場面ね。で、京につながるようなことはわかったのかしら?」
「正直、全くわからない。本当にいるのか、疑いたくなってきた。でも」
「でも?」
「その姿が見当たらないなら、もうすでに俺たちのそばにいるか、もしくは俺たちの誰かになりきっているかと思ってな。それで気になる方を追ってきた」
「へー、それ面白い」
「誰かになりきるって、一体誰に?」
英士が聞く。
「俺は、亜耶弥が京だと思う」
圭士が率直に答えたことで、闇に浮かぶ亜耶弥と英士は呆気にとられて固まった。まるで、時が止まったように。そして、その静止を打ち破るように亜耶弥が高笑いしだす。しかも腹を抱えてまで。
「あ、亜耶弥? どうかしたのか?」
英士は初めて見る亜耶弥の高笑いに驚いていた。
「ごめんごめん。だって、圭士が本当に面白いこと言うからね。ククク……」
亜耶弥は、笑い涙を指で拭う。圭士も思わぬ亜耶弥のリアクションに、どう反応していいかわからない。
「それは、亜耶弥がどっちだから?」
圭士は唾を飲んだ。
「残念。圭士のはずれ。私は亜耶弥よ」
「もし、それが演技だとしたら?」
「あら、案外疑り深いのね。でも、私は私。それ以上の証明しようがないわ」
それは確かに、と圭士は口をつぐんだ。
「たく、どう見たって亜耶弥は亜耶弥だよ。昔から一緒にいる俺が言うんだ」
「ふふっ、ありがとう、英士。圭士の考察、悪くないわ。その観点でいけば、私は聖士が京だと思う。身を隠すなら、なんとやらで同性になるのがセオリー。案外、なってみたい人物って逆よね」
「聖士が京……。男になるんだったら、英士じゃないのか」
Supertailを読んでいるなら、亜耶弥もわかっているはず。Supertailは常に亜耶弥と英士でワンペアなのだ。京が亜耶弥に対して思う気持ちを近くで感じるのであれば、英士になるのがベスト。
「実際、京がどんなことを考えているかはわからない。だからって、わざわざ私になる必要はない。この物語は、京が書いたもの。亜耶弥になりきって書いていたんだと思うし、英士になりすましてまで、私のことを見たいとは思ってない気がするの。これは私の勘だけど、京にはもっと違う視点がありそう。だから、聖士というキャラクターなら、そういう視点で見れるでしょ」
圭士はなんだか聖士が京だと思えるようになってしまった。
しかし、京が亜木霊になる寸前に言っていた言葉の真意が、聖士にあるのか。
――私は本になる。
――文字の中で生き永らえることなんて容易だもの。
――そう、作者は私。
京も物語の登場人物になって物語を歩んでいくんじゃないかと考えていたが、亜耶弥の意見を聞いてそれは違うな、と圭士は考える。
登場人物になる必要はむしろあるのか。
京の視点はどこにある。
自分を愛し、そして人類まで愛そうとしていた京は、いったい何を考えているのか。
亜耶弥たち本人がこの物語の中に来たからといって、亜耶弥や俺たちを見ているとは限らない。
圭士は全くわからなくなってしまった。
「聖士が京なのかどうかは、聖士をSupertailの世界から元の世界に連れ出してしまえばわかるでしょ」
「まぁ、確かにそうだが……」
暗転空間がだんだんと明るくなり始めた。私語の話せる時間が終わりを告げる。
「まだ先は長いわ。物語を楽しみつつ、京を探しましょ」
暗転空間は消え、辺りは元いたラウンジに戻っていた。線路を走る列車の音も耳につく。
亜耶弥と英士は、二人の密談ならぬ武闘神の解印を行い、聖士らのいる自分たちの席へ戻った。圭士もお手洗いから戻り、というていだった。
「なぁ、お前らさ。少し前に体中に電気が走らなかった?」
窓の外の景色を黙って見ていた聖士が、戻ってきた三人にたずねた。
「特に何もなかったけど? 英士と圭士は?」
亜耶弥は平然と答えた。
「特に俺は何も」
「俺も」
「そうか。俺たちだけおかしかったのか」
と、ブツブツ言う聖士。
真琴と弥里は、目を閉じながら小声で何やら唱えている。妖乱祕封に載っていた妖術を繰り返し練習していた。その妖乱祕封は、すでに閉じられて弥里の膝の上で用を持て余しているようだった。
「あと三十分で出雲に着くわ。真琴ちゃん、弥里ちゃん、どう?」
「完璧よ!」
二人は自信を持って答えた。
「オッケー!」
亜耶弥は力強く頷いた。
なんでこの短時間で完璧になるのか。それは“Little Storyの掟”だからである。他に言いようがない。
と、圭士はコピー用紙の文言を心の中で、思い返していた。
この場面は、Supertailの作者が自分らの小説を“Little Story”と名乗る数少ないところでもあったのだ。
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