第十六回 それぞれに光る勾玉は

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「他の客室にあったんだよ。きっとここに書かれている術で黒い影を倒そうとしたんだろうけど、その人はやられていたよ」


「よく字が読めたわね。普通、読めないわよ」


「妖乱祕封って所有者になった人だけが読めるんだよ。まぁ、次の所有者に渡っても前の所有者が、字が変わらないように術をかけちゃえば別だけどな」


「……」


 亜耶弥は黙った。聖士がゆっくりページを繰る姿に、亜耶弥は眉をひそめた。どうして聖士がそんなことを知っているのだろうかと考察する目だった。


「他には何か書いてあるの?」


 それに興味を持った弥里が聞いた。聖士は、そうだなぁなどと言いながら、ページをめくっていた手を止めた。


「この世に七つの色のマテリアが存在する。そして、あらゆる妖力が個別に含んだ妖石が存在する……」


「マテリア? 妖石? もっと詳しく書いてないの?」


「赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七つの色のマテリア。各種は謎のまま。妖石は、石に含まれた妖術を発動させることができる。ただし、一度使用して効力が切れると妖石は砕かれ、二度と使用できなくなる」


「あれ? 勾玉が光ってる!」


 真琴が胸元の勾玉をとって見せた。それは赤色に光っている。


「まさか! 聖士、それ貸して」


 亜耶弥は、聖士から妖乱祕封を奪い取る。


「ど、どうかしたのか、亜耶弥」


 勢いよくページをめくる亜耶弥に驚く聖士。


「赤妖術……赤妖術……ここだ。クロノの妖術が使用可能。……そうか。だから、昔、私の勾玉は七色に光ってんたんだわ。色が妖術の使用領域を区分していたのね」


 亜耶弥は思っていたことを独り言のように口に出していた。


 圭士はその亜耶弥を見て苦笑いした。


 ――いいのか、亜耶弥が妖乱祕封を読めてしまって。


 前の所有者は、聖士の説明では死んでいて、それを拾った聖士がその所有者になったというのが流れだ。しかし、亜耶弥にそれを手渡したからといって、所有者が変わったわけではない。だから、亜耶弥がそれを読むことができてしまっていいのか、という疑問が生まれる。


 その細かい描写や説明はSupertailにはなかった。小説として設定が甘い点ではある。普通の読者では、それでは通じまい。


 だが、コピーされてまわってくるSupertailは、当初から会話劇か映画脚本を思わせるくらい会話で物語が進む形式だった。当然、地の文での説明は極端に少ない。それもあってか、読者が自由に光景や設定を思い描くことができていたのも事実。


 妖乱祕封を読んでしまえる亜耶弥についても、物語の流れからしてただ者ではない。亜耶弥は読めて当然という印象があり、作者都合なんてことも考えたりもするが、亜耶弥だからできるのだとさえ読み取れてしまうのである。


 作者がそう思わせるよう意図的に書いていたのかは、不明である。


 そして、勾玉や妖石というファンタジーアイテムが出てきても、実際ここにいるメンバーはそれに当てはまらないときている。ゲームらしいアイテム設定ではあるが、あまりにも設定の無視っぷりがSupertailでは強く出ている。


 あとから見れば、小説としての設定にしてはとってつけた設定なのだ。その場で思いついたもの、という方がいいのかもしれない。


 少し先にこの設定を使う話にはなるのだが、物語が進めば進むほど、この設定の意味が薄れていく。というより、その後の展開のスペックが大きすぎるのだが……。


 圭士は一人、裏設定を思い返して、今を楽しんでいた。


 早く先へ進みたい気持ちを抑えつつ、亜耶弥たちのやり取りを見ていく。


「でもよ、八雲じゃないと妖術の覚醒はできないんじゃないのか?」


 英士が聞いた。


「聖士が持ってきたこの本が原因よ。妖乱祕封と真琴ちゃんの勾玉が反応して、真琴ちゃんを覚醒させたのよ。黒き影に取り込まれたことで、覚醒要素にスイッチが入ったんだと思う」


「なるほど」


 この時、弥里はこっそり自分の勾玉が光っていないことを何度も確認していた。勾玉を叩いているところを見たときには、圭士はクスッと笑ってしまった。昔の機械ではない。故障ではないのだから、叩いたところで何かは起きないだろう。


 弥里は光らない勾玉を手放し、肩を落とした。


 列車が発車した後も亜耶弥は、妖乱祕封を読み続けていた。黙って読み続ける彼女の姿は、はたから見れば物静かな文学少女だった。時折、長く落ちたストレートの黒髪を耳にかける仕草が印象深くさせる。


 Supertailには、そう言った描写は一行もなかったが、圭士は目の前の亜耶弥とコピー用紙で読んで想像した亜耶弥は一緒だった。ただ、文学美少女に見える一面もあるが、実際は……。


 圭士は、また物語の先を考えてしまった。



- 2 -


 列車は県をまたぐ山間に向かっていた。駅を出た時は家々が並んでいたが、次第に田畑が広がり始め、いつの間にか流れ行く景色は木々がどんどん窓を横切っていくようになった。


 幾度となく、短くそして長いトンネルをくぐって行った。車内は遠足気分だ。高校生である面々は遠出の旅を楽しんでいる。しかし、それは零士の救出を忘れているわけではない。ずっと続く緊張をほぐしたかったのだ。


 ただ、亜耶弥は妖乱祕封から目を話すことはなかった。


 列車はカーブが続き、時々揺れも大きくなった。それでも読み続ける亜耶弥に酔わないのかとちょっかいを出す聖士がいた。が、もののみごとに冷たい視線を浴びせられ、亜耶弥からそうっと離れていくのであった。


 聖士が真琴にドンマイと声をかけられた時、また列車はトンネルに入った。その時だった。車内の電気が一瞬、いや一秒ほど消えた。外から暗いトンネルに入った直後だったので、目が暗さに慣れておらず、車内は真っ暗に見えていた。すぐに電気がつき、明るくなった。


「みっ、弥里がいない!」


 英士の隣に座っていた弥里の姿が忽然と消えていた。


「ちょっとどいて」


 亜耶弥が本を閉じ、今の今まで弥里がいた座席に手を当てた。


「亜耶弥、何かわかるのか」


「かすかにだけど、黒き影の力を感じる。あの一瞬の暗闇で弥里ちゃんを連れて行ったんだわ」


 亜耶弥は黒き影の足取りを追っていくように、視線は宙を這う。そして、列車の天井を見つめて止まる。


「いるわ。列車の屋根の上に。どうも私たちを待っているみたい」


「じゃぁ、助けに行くぞ」


 と、いの一番に英士は窓から外へ飛び出ようとした。すぐに亜耶弥がシャツを引っ張り、英士を止めた。


「ちょっと待ちなさいよ、英士。こんなところから出たら、また今朝のように騒ぎになる。こっちから出ましょう。真琴ちゃん、これ持ってて。真琴ちゃんはここにいて。何かあっても勾玉が守ってくれるから」


 亜耶弥は真琴に妖乱祕封を渡して、車両の後方へ向かった。特急列車ということもあり、車両の前後にはホームへの乗降口デッキがある。亜耶弥たちがそこに入った時、誰もいなかった。


「で、どうやって屋根の上に出るんだ? ドアは開けられないだろ」


 聖士は出入口のドアの窓をコンコンと叩いた。客席の窓のように開けられないはめ殺しの窓だ。


「私を誰だと思ってるの? 私が勾玉を持てば七色に光るのよ。当然、妖術は全領域をカバーしているに決まってるでしょ。鉄板の一枚や二枚、簡単に通り抜けられるわよ」


 亜耶弥はシュッと指を二本、口の前に立てた。


「大地に住みし精霊よ。我らの精霊界への小時の入界許し給え」


 亜耶弥が言霊を言い終えた瞬間、車内のデッキから一瞬で列車の屋根の上に移動していた。ものすごく強い風が体全面にぶつかってきて、圭士は大股で耐える姿勢をとった。


 油断すると、吹き飛ばされてしまう。


 進行方向には影の姿は見当たらない。


「英士! みんな!」


 走行音と風に混じり、弥里の声が背後から聞こえた。


「弥里!」


 聖士を襲った黒い影と同じほどの大きさだった。弥里は下半身を影に取り込まれてしまっている。必死に抜け出そうとするが、黒い影についた手が泥沼のようにぬめり込んで這い上がることができずにいる。


「イズモニハクルナ……。サモナケレバ、ヒトリズツコロス……」


 黒き影の低いおどろおどろした声が響く。影の体内は一定のリズムで脈打つように、黒の照りが強くなったり、弱くなったりしていた。


 圭士はその影を見て、いまさら敵に生命を感じた。とはいえ、倒さなければ弥里も自分たちも危ない。


「亜耶弥、封印だ」


「無理よ。今までの影の闇の質が違う。あんな妖気の高い影を封印したら、瓶が割れちゃうわ」


「こうなったら、潰してやる。汝、不言の魂よ。安らぎの地へ浄化せよ。悪霊退散!」


 英士は言霊を口早に言い放つ。


 黒き影の上下に光の魔法陣が現れ、光の粒子が上下に行き交う。しかし、黒き影の中へと取り込まれ、魔法陣も力なく消えてしまった。


「効いてない」


 英士の声は上ずる。


「影がそんなに大きくなくても、妖気が高いと妖術が効かないこともある。英士の妖気では何度やっても同じ。私なら倒せると思うけど、たぶん見切られる」


 吹き流れる髪を押さえ込んでいる亜耶弥の表情には、普段見せない焦りがあった。実際、ここに立ってわかった。自分たちの分の悪さを圭士も感じていた。


 動く列車の上での戦い。列車は山間を走行しているため、大きなカーブもあり大きく揺れ動くこともある。また列車幅しかない分、横への回避できる範囲は狭い。縦に距離を取れば、黒き影との間合いが離れすぎてしまうし、近すぎては攻撃を避けらない。


 黒き影が腕を振り回す動作を見せると、水飴のように影が物凄い勢いで伸び、圭士をとらえた。


「ぐっ!」


 揺れと風ばかりに気を取られ、影の動きに反応が遅れてしまった。何より一番気にしていたのは、自分らの背後、列車の進行方向だ。


 がっちりと黒いゴムのような触手に巻かれてしまった圭士は、グィーンと引っ張られてしまう。亜耶弥の脇を通り過ぎる時、圭士は叫んだ。


「後ろ。すぐトンネルだ!」


 亜耶弥、英士、聖士は、後ろを振り返った。目の前にはトンネルの入り口が迫っていた。列車の前方車両はすでにトンネルの中に入っていた。


 三人はすぐさまその場に伏せ、トンネル入口の壁にぶつかることはなかった。


 当然、黒き影もトンネルの壁にぶつかるはずだったが、トンネルは影をすり抜けていく。


 圭士は黒き影の中に取り込まれた。


 暗くて冷たい。そして、手足は自由に動かない。それでも力を入れればゆっくりと動くが、強く蹴り出すこともできない。海に落とされた時のように自分が上下どこを向いているのかもわからない。時間の流れがとても遅い世界のように。


 周囲の暗闇を照らすのは圭士の勾玉の光。勾玉の光が全身を薄皮一枚の光で覆い守ってくれていた。その光は緑色だった。


 弥里も大丈夫だろう。同じように勾玉が守ってくれているはず。


 今はまだトンネルの中だ。トンネルを出れば、亜耶弥たちがなんとかしてくれる。まさか自分がここで黒き影に捕まるとは思ってもいなかった。圭士は油断していた。



- 3 -


「くそ、二人は大丈夫か?」


 姿勢を低くし、亜耶弥、英士、聖士は顔を寄せ合った。トンネルの中は、列車の走行音でトンネルのコンクリートを響き壊すような騒音に包まれていた。


「あの影は知能を持っている。こんな状況で二人を殺すことはないはず」


「で、どうする? 亜耶弥ならやれるのか?」


 聖士が叫ぶ。


「えぇ。影の動きさえ止められればね……」


「静止技があるじゃん」


 と英士。


「見切られる。もしくはさっきと同じように妖気で振り払われてしまう」


「じゃぁ、どうするんだよ」


 英士はもう怒鳴っていた。


「亜耶弥。トドメを刺す術を使うのに、どのくらいかかる?」


「十秒。せめて五秒は欲しい」


「わかった。俺がその十秒を稼いでやるよ」


「え、聖士?」


「死ぬ気かよ」


「死なねぇよ。俺なりに考えがある。まぁ、見てろよ」


 次第にトンネル内が明るくなり始め、トンネルを抜けた。すぐに聖士は立ち上がって、やがて姿を現わす影の方に歩き出す。聖士が首から下げている勾玉が白く光り出していた。


「亜耶弥、準備しておけよ」


「えぇ、わかったわ。頼んだわよ」


 亜耶弥は聖士の背中を見つめつつ、指をシュッと二本立てた。集中して自身の妖気を高め始める。


 トンネルを抜けて黒き影が姿を現した。圭士を取り込んだことで、影は大きくなっている。


「久しく見ざりける白き光。我はその光を見まほし。発刀!」


 聖士が言霊を述べると、左の手の平から白く輝いた長いものが徐々に姿を現していく。そして、柄を力強く握る。


「聖剣か?」


「いや、名は聖刀だ。行くぜ!」


 聖士はその一振りを構えて一歩駆け踏み込むと、消えた。黒き影は聖士を見失ったのか、今までにない左右に揺れる動きを見せる。そして、白い光が黒き影を乱れ切る。白い紙が影の中に、様々な角度から差し込まれていくよう。


「影には物理攻撃は効かないんじゃ……あの刀は一体……。おい、そんなに切ったら二人が……」


 英士の心配をよそに、細かく切り分けられていく影の中から、緑と紫の光に包まれた二人の姿が見えてきた。


「あの一瞬で、取り込まれた二人を避けていたのか……」


 聖士は、圭士と弥里を片方ずつ抱えて、黒き影から飛び離れた。黒き影は、乱れ切られて、バラバラの小さな影となって宙を漂っていた。それらは、元の姿に戻ろうとあちこちで吸着し始めていた。


 聖士の考えというのは、妖気の高い影を切り刻んでバラバラの形にすることでそのひとつひとつの妖気を小さくするというものだった。


「亜耶弥、今のうちに放て!」


 亜耶弥はバラバラになった黒き影に向かって、二本指をバシッと向けた。


「汝、不言の魂よ。安らぎの地へ清浄化せよ。きゅう・悪霊退散!」


 宙に浮くバラバラになった影を、英士の時と同じように天と地から挟むように魔法陣が出現する。そして、さらに魔法陣が影の前後左右にも出現し、影を全方位から完全に取り囲む。魔法陣による箱ができ上がった。


 その箱の中では、急速にくっつき始める影だったが、上下前後左右に行き交う光に阻まれ上手く結合できずにいた。


 そして、六枚の魔法陣は中心へと向かい、どんどん箱が小さくなっていく。影はどんどん押しつぶされ、最後には魔法時はブラックホールに飲み込まれたように静かに消えていった。


 高妖気の黒き影を完全に無に帰したのだった。


「圭士。吾妻。大丈夫か?」


 まだ勾玉の光に包まれている二人に聖士が声をかけた。二人はゆっくり目を開けた。聖士はホッと息を吐く。


 すぐに亜耶弥と英士も駆け寄ってきた。英士はそのまま弥里を抱きしめた。


「弥里、良かった。痛いところはないか」


「頭が少しぼーっとするけど、平気よ」


 抱き合う二人を見ていた聖士が圭士に向き直り、両腕を広げた。圭士は、何をしているんだと首を傾げた。


「圭士。俺が抱きしめてやろうか?」


 ――全く不要だ。


 聖士の手の平をはたいてやった。


「助けてくれてありがとな!」


 しかし、聖士は強引に圭士に抱きついた。


「おい、何してんでよ」


「なんだよ、減るもんじゃないし、ここは熱い抱擁で場を閉めようじゃないか」


「ふふ。聖士君。亜耶弥ちゃん、英士も助けてくれてありがとう。もう少しで、影の闇の中に完全に引きずり込まれるところだった。でも、勾玉が私を待ってくれて……。あれ?」


 弥里は自分の胸元で光る勾玉を持った。


「私の勾玉、紫色に光ってる……」


「そういえば、そうだな。って、聖士と圭士も……」


 聖士の勾玉は白に。圭士の勾玉は緑色に輝いていた。それぞれが黒き影と接触し、妖乱祕封と近づいたことで、覚醒要素に火が灯ったのた。覚醒の始まりだ。


「私の紫って、どんな力なんだろう」


 やっと自分の光が灯った弥里は、その光に見惚れていた。


「さぁ、車内に戻ってから調べてみましょう。真琴ちゃん、待たせちゃってるし」


 亜耶弥はすっと指を立て、言霊を口ずさんだ。

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