189:祈りの刻 その十一

 さて、タネルに依頼をしたらそういう仕事は妹に向いているとビナールが来たのはまぁいいだろう。

 実際冒険者には男が多いので少女には甘い節がある。

 伊藤さんにも強く出れないしな。

 ただ冒険者のクレーマーと直接会って困ったことが発生した。

 いや、一度バラした商品の保証は出来ないということは納得してもらえたのだが、うっかり不安定な状態で危なげだった改造品を調整したのがいけなかったのか。

 うん、まぁ自業自得かな?


「おう、あんちゃん、なかなか腕の良い精製士エンジニアだと聞いたぜ!」


 どうやら冒険者界隈では技術者が不足気味であったらしい。

 特に繊細な調整を手掛ける精製士は改造品だらけの冒険者の使う機械カラクリの調律を嫌がる傾向にあるのだそうだ。

 どうも俺が出張版の錬金術士クリエイターか何かだという噂が広まってしまったらしく、宿に冒険者達が訪れるようになってしまったのである。

 おう、噂を広めたやつ出てこいや!


「違います。俺は仕事で来ているので仕事以外の事は出来ません。お帰りください」

「おう、わかってるって代金は弾むぜ? 自分の使う道具に金を掛けない冒険者は早死するからな」

「いや、値上げの前フリじゃないから。マジで仕事の邪魔だから帰れ!」


 こういう時フロントを通す必要のないこの宿は大変困ったものだった。

 まさかこんなことになるとはね。


「いや、これは逆にチャンスだ。冒険者の使っている道具に直接触れるじゃないか。そこから需要をさぐることが出来るぞ」

「いや、お前それだとこの出張の意味が変わって来るだろ? 別に新製品のアイディアを探しに来た訳じゃないからな」

「父のキャンプには冒険者よりは少ないとは言え結構技術者もいたものです。だから私も開拓を行っていると信じられたのですけど。でもそういう集団はクランとかギルドとか呼ばれていてあまり多くはないのだそうです。普通の冒険者はもっと小単位で活動しているので道具の整備なども外に頼むしかないのですよね。これはかなり不安なことだと思います」


 突発事項をチャンスにしようという流の発想は嫌いじゃないが、会社の方針とは大きくズレている気がしたのでそれはお断りをしておいた。

 と言うよりも俺が大変だから嫌だ。

 冒険者達の改造品はかなりむちゃくちゃになっていて触るのすら怖い。

 ってか俺の調整のせいで死人が出たりしたら寝覚めが悪いから嫌だ。

 大事なことなんで何度でも言うが、俺はそんなスリリングな仕事はしたくない。

 そんな俺達とは全く違う視点で伊藤さんは物事を捉えているようだった。

 いわば冒険者視点なのだろうが、どうも伊藤さんのお父さん達の集団は冒険者達の中においてもちょっと特殊だったんじゃなかろうか。

 なんだ、その血族クランって、ギャングか?


「違いますよ! クランというのはそういうのじゃなくって志を同じくする者という意味があるのです。ギルドは基本的に利益を元にした集まりでクランはもっと親密な感じと考えればいいと思います」

「詳しいな」

「父が元冒険者とわかってから調べましたから」


 前々から思ってたけど、伊藤さんって何かを調べるのが好きだよね。

 都内の裏道とか調べあげているし、マッピング得意だし。

 マッピングと言えば既にホテル周辺の詳しいオリジナル地図を作り上げていてびっくりしたよ。

 データを端末に入れてくれてフリーのナビアプリとリンクして使えるようにしていて更にびっくりした。


『まだ周辺住人を完全に把握していないので精度は甘いんですけど、とりあえずお店関係なら大丈夫ですから』

 とか言ってたんですけど、時間があったら住人も調べあげるのでしょうか。

 考えるとちょっとだけ怖い、うん、ちょっとだけだけど。


「これ、お買い物にすごく便利ですね、特売情報をネットから拾い上げも出来るのですね」


 ビナールがすごく伊藤さんを尊敬したっぽいのでまぁいいけど。

 最初かなり警戒してたからな。

 なんかギクシャクしてたし。


「私が帰ったら更新が出来なくなってすぐに役に立たなくなるかもしれないけど、私用にもどんどん使っちゃっていいからね。フリーのアプリだからオープンな物だし仕事で使うために作ったけど、別に会社で使うものではないから社則にも触れないし」

「本当ですか? 嬉しいです」


 女同士と言うのは仲良くなるのは男同士よりも早いよな。

 すでにまるで学校の同級生のような雰囲気だ。


「ともあれクレーム処理はほとんど終わって、次は要望を出して来ていた冒険者を訪問するんだったよな」

「ああ、仕事としてはこっからが本番という感じだな。今後の冒険者向けの商品開発の方向性を決めるのに大事な意見がもらえるからね」


 話している間に、どこか近くで何か重いもの同士がぶつかるような音が響いた。

 どがん! とかドゴン! とかまぁそんな感じの音だ。

 一人の人体改造をしているっぽい冒険者が体内に格納していた武装を展開して、それに対して相手の男が巨大なゴリラのような体に獣化する。

 サイレンが鳴り響き周辺の店のシャッターがオートで閉まり、通行人は避難と遠巻きに見物する人間とでごった返し、数度やりあった後に軍隊の到着。

 最初こそ驚いたが、この程度のことはここでは日常的に日に数度発生するのですっかり慣れてしまった。

 街中で攻撃系の術式はキャンセルされるので基本的に争いごとは物理上等となっていてそれほど広範囲に被害を及ぼさないようであるというのも大きい。


「でも私、人が獣化出来るということをこの街で始めて知りました」


 伊藤さんがしみじみそう言ったが、それは当然だ。

 もちろん世の中には獣系の怪異はいるし、勇者血統の中には獣化する連中もいる。

 だが一般的な人間は獣化したりしないし出来ないものなのだ。

 この現象はこの街ならでは、もっと厳密に言うとこのダンジョンに潜っている冒険者ならではのものである。

 最初に疑われた怪異の感染ではないとわかってから、冒険者はこのイマージュという現象を積極的に取り入れるようになっていた。

 自分が自分のままで特殊な能力を手に入れられる。

 このことのもたらす利益を即座に理解したからだ。

 一般的な人間からは外れた、いわゆる化物に近い体になるというリスクは冒険者にとっては今更の話なのだろう。

 実際そう笑い飛ばす連中が多かったのだ。

 正直事態の推移が早すぎて俺の頭は付いて行くのがやっとだけどな。


「まだ獲得条件がはっきりしていないからあんなもんで済んでいるが、それがわかったら冒険者はこぞってイマージュ化するんじゃないかな?」

「最近は進化とかギアとか言う言い方が主流のようですね」

「まぁ今は関係ないことは放っておこう。仕事で来てるんだしな」


 人類の進化か、嫌な奴を思い出すからその言葉はなんとなく嫌だ。

 奴は本気だ。

 まぁ最初からわかっていたことだけどな。

 人間とは違って意思だけで存在する怪異にとってなにかを思うということはすなわち行動するということだ。

 このダンジョンを使って人類に進化という名の変化を与えたいというのが奴の考えなのだろう。

 だがそれは人類から秩序を奪う行為ではないのか? この特区の異常性を考えればそれが受け入れられているのは冒険者だからとも言えた。

 この国は今とんでもない災厄の芽を抱え込もうとしているんじゃないのか?

 何度も滅びかけた事実がある人類史を考えればこの程度のことを災厄と言ってしまうのは笑い話かもしれないが、このジワジワと広がる焦燥感は言い知れぬ不安感を煽るのだ。


 そんな、俺にはどうしようもない無駄な思考を垂れ流しながらお客との約束の場所へと向かう。

 冒険者のねぐらというのは基本的に表通りには存在しない。

 複雑に入り組んだ特区の奥、積層化している住宅地区か改築されまくったオフィス地区に居を定めている連中がほとんどだ。

 今度の顧客も当然のようにそんなオフィス地区の一画に住み着いていた。


「ここですね」


 マップデータによると表通りから15分程歩いたのにも関わらず500メートルちょいしか離れていない。

 でも表通りにまっすぐ出ることは出来ないようになっているようだ。

 どうでもいいが公道を塞いで建物を建てるのはやめるべきだと思う。

 ビルのエレベーターで昇って辿り着いた階にはガランとしたロビーが広がっていてそこには長椅子がいくつか転がっていた。

 さらにその長椅子の一つの上に若い男が寝転がっている。

 その男は近くを通ってもこちらをちらりとも見ない。

 そんな閑散としたロビーを通り抜けると通路の先に電子制御のスライドドアがあり、そこのインターホンのボタンをビナールが押した。


「お約束した大宮家電の方たちです」


 彼女の言葉と共にカチリとロックが外れる音がして、ドアのパネルに触れるとドアがスライドして入り口が開いた。


「いらっしゃい」


 冒険者によってその居住する住居は様々だが、ここの連中の住処はまるでカフェのようだった。

 外に面した窓ははめ込みの大きなもので、床は木目調のパネル、家具類も木材をベースにしたアンティークな雰囲気で揃えられている。

 電球そのままを使ったような灯りも壁のデザインとの調和を考えて配されていて光る飾りのように見えた。

 しかしその中心にいる人物はその雰囲気とおよそ合っていない風体をしている。

 禿頭で大男、絵に描いたような冒険者だった。

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