184:祈りの刻 その六

 迷宮の攻略は今は三十層に手を掛けた所、と言うことになっていた。

 正直、迷宮のどこに潜っているのかはモニターしない限りは本人達にしかわからない事だ。

 最前線に潜り続けている冒険者の多くは政府からのモニタリング依頼を断り続けているし、引き受けているパーティは二十層に届くか届かないかという所をうろついている。

 この頃、冒険者の間では三十層に潜っているパーティがとんでもないお宝を得たという噂が広まっていた。

 すなわち「死者蘇生のアイテム」だ。


「それは、正確には違いますね」

「さすがに死者は蘇生出来ないよな」

「いえ、それは本当です」

「まじか!」


 俺は特区の孤児院でタネルと会っていた。

 例の「吸魂魔」事件(マスコミがそう名付けた)の犯人が捕まり、昏睡状態だった人々もなんとかほとんどが回復した後、タネルへの依頼の取り消しと、おみやげと様子見に来たのである。

 そのついでに最近特区で広まっているという噂についての話になった。


「いや待て、もし本当にそんなアイテムが発見されたのならもっと世界的な騒ぎになっているんじゃないか?」

「ええ、それには理由があるんです。このアイテムは迷宮の中でしか使えません。本来は脱出のためのアイテムなんです」

「脱出符みたいなもんか。そう言えばこの特区では政府からあの符は安く提供されているらしいな」

「まぁ安いと言っても何百万という金額ですから私達には全く縁のない代物ですけどね。ただ、以前から脱出符と同じ効果、いえ、脱出符は集団用ですから個人用の脱出符のような物は出ていたようです」

「噂も聞いたことないぞ」

「そこは冒険者が秘匿していたんですね。今回のアイテムの件で噂が広がってしまってそれももう政府に抜けてしまったらしいですけど」

「なるほどなぁ、冒険者はまだまだ秘匿情報が多そうだな」

「まぁ彼らも命とお金が掛かっていますからね」


 タネルは俺の依頼の後、なんと冒険者カンパニーに潜り込んだらしい。

 孤児の彼らは冒険者的にはもう成人と言っていいが、日本政府的見解からするとまだ未成年だ。

 保護者がいない状況でパーティを組むことは出来ない。

 しかし、孤児院で世話をして貰える年齢はもう超えているので、自活する必要があった。

 そこで冒険者カンパニーにアルバイトとして面接を受けに行ったらしい。

 冒険者としての経験もあるということで馴染みのある職場で働きたいという理屈は通っているし、あそこは冒険者の情報が集まる所ということで俺の役にも立てるという判断だったそうだ。

 こいつマジで頭良いな。


「あ、言っておくが、口外禁止されている話は何か問題が無い限りは俺に流さなくてもいいからな。守秘義務ってもんがあるんだろ」

「あ、はい。でもいいんですか?」

「バイトとは言え職業意識は大切だろ、社会人としての常識だ」

「冒険者相手に常識を考えるのは難しいと思いますけどね」

「それで肝心の蘇生アイテムについてだが」

「はい。そのアイテムを使うと、死者も蘇った状態でセーブポイントで復活するらしいです」

「ちょ、待て。なんだそのセーブポイントってのは」


 ゲームかよ! と、ツッコミたいのを我慢する。


「そのアイテムに設定されているようです。セーブポイントを決めておくと、アイテムを使った際にそこにリセットされた状態で戻るのだとか」


 リセットってなんだと再びツッコミたいのを我慢して疑問点を確認した。


「セーブポイントとやらを決めてない時はどうなるんだ?」

「その場合はゲート前に出るようです」

「ああ、なるほど。それで存在自体はバレたって訳だ。んでリセットってのは」

「戻る時はゲートに入る前の状態になって戻るということです」

「それって記憶とかもか?」

「そうですね」

「う~ん、蘇生アイテムとしては確かに凄いが、脱出アイテムとしては微妙かな。ダンジョン攻略に使えるようで使えない」

「潜っていた間の記憶が無くなるのは問題ですよね」

「しかし、蘇生ね。……それってつまり、その先に死に戻り必須のダンジョンがあるってことだよな」

「あ、さすがですね。冒険者のトップパーティもそう考えたようです。しばらくはこのアイテムが出る層でアイテム集めをするらしいですよ」

「ん?」


 それまでの会話の中でふと気になることがあったので聞いてみることにした。


「その蘇生出来る脱出アイテムってのはやっぱり個人用なのか?」

「あ、と、大事なことを言い忘れていました。はい、このアイテムも個人用なのだそうです」

「うわあ、厳しいな」


 パーティで個人で脱出されると戦力が低下する。

 しかもそれが死ぬかもしれないという場面なら尚更だ。

 死ねば戻れるとわかっているなら最後まで粘るかもしれんが……。


「そのアイテムの発動条件ってのはなんだ?」

「アイテム破壊ですね」

「う~ん」


 死んだ時に都合よくアイテムが壊れてくれればいいが、壊れなかったらそのまま死んでしまうのか。

 その場合は仲間が壊せばいいとも言えるが、そんな余裕があればいいが、難しいだろう。それに仲間を信用出来るのかどうかの問題もあるよな。

 長年一緒にやっている冒険者は家族よりも絆は強いと言うが、そんな連中ばかりでもないだろう。


「あ、それと、このアイテムで死者蘇生出来るのは死後ちょっきり1分までだそうです」

「1分? それはまた」


 短いな、と考えて、俺はふと疑問に思った。

 その時間をどうやって測ったのだろう?


「その時間どうやって調べたんだ?」

「さあ?」


 その辺りについてはタネルも知らないらしい。

 そもそもバイトであるタネルがここまで詳しいほうが凄いのだ。

 と、そこへ部屋のドアからノックが響いた。


「失礼します。お話、終わりましたか?」


 ビナールだ。


「ああ、丁度終わった所だ。どうぞ」

「はい」


 ビナールは木製のトレーを持ってドアを開けると中に入って来た。

 トレーに乗った皿の上には何か盛られている。

 俺の持って来た菓子ではなさそうだ。

 と言うか、俺の持って来た菓子はここの子供達とこの兄妹用なので出されても困るが。


「お? もしかしてビナールの手料理か?」


 美しい刺繍入のスカーフで綺麗に頭髪を纏めている彼女は普段着でも華やかに見える。

 異国風の顔立ちはこの辺りでは珍しくもないが、やはり倭人からするとメリハリがある分だけ印象が強い。

 そう言えば飲食店でバイトをしているらしいが、さぞやモテるんだろうな。


「はい、ちょっと甘いので、お口に合うかわかりませんけど」

「お~パイか、パイって作るのに手間が掛かるんだろ?」

「そうですね。でもこれはパイじゃなくってバクラヴァって言うんです。故郷でお母さんがよく作ってくれたお菓子なんですよ。今日のは胡桃を入れていますけど、私達が子供の頃食べた時は中身は無しのことがほとんどでした。それでもとても美味しかったんです」

「へえ~」

「懐かしいな」


 タネルがしみじみと言いながら一口頬張る。

 俺も一つ手にして食べてみた。

 確かに甘い。が、しっとりとしていながらパイのような歯ざわりが気持ちいいし、胡桃の歯ごたえとふわりと口の中に広がる香りが既に美味しい。


「こりゃ美味いな」

「紅茶は思いっきり濃く淹れてみました」

「お、ありがとう。ビナールも一緒に食べて行くんだろ?」

「はい。そのつもりで私の分の紅茶もあります」

「案外ちゃっかりした妹なんですよ」


 タネルは少しため息を吐くと、ちらりと妹を見て、何も言わずにもう一つバクラヴァを口に入れた。


「そう言えば、木村の彼女は同じ職場の人なんですよね」


 咀嚼が終わるとそんなことを聞いてくる。

 俺にとってはちょっとタイムリーな話題だ。


「ああ、うん。まぁ彼女も元冒険者の娘だから、全くの一般人って訳でもないが」

「ああ、それならハンターの仕事にも理解がありますよね」

「その辺はやっぱりあるだろうな。本当の一般人からしたらハンターなんて物語の登場人物みたいなもんだろうし」

「そうですね。恋愛や結婚には理解と共感はとても大切だと思います」

「なんだやけに実感があるな。タネルも好きな娘とか出来たのか?」

「えっ? いえ、違いますよ。私はまだ恋愛などにふけっている暇はありません。たくさん勉強しないといけませんから」

「う~ん、そんなに肩肘張ることはないと思うぞ。勉強は大事だけどそれで何かを制限する理由はないだろ。恋愛だって人間関係の勉強と言えば言えるし」

「やっぱりそういうのは生活を安定させてからですよ。私達は実際の話、ここの孤児たちよりも寄る辺もないと言っていいかもしれませんからね」


 タネルの言葉に胸を突かれる。

 親族もいない異郷の地で未成年の兄妹だけ。孤児院ではあくまでも手伝いを兼ねた客分であって早く住居も見つけなければならない。だが、収入が安定しないとそれも難しい。

 確かに恋愛とか考えられないよな。


「わりぃ」

「え? いえ、謝ってもらうようなことではありません。私達のことを思ってくださっているのでしょう? 本当は迷宮の中で救っていただいただけで望外の恩を受けたのです。その上、何かと気にかけてもらって、本当にありがたいと思っています」

「私達、いつかきっと木村に恩返しをしたいと思っているんです。だからちゃんと自立したいのです」


 タネルの言葉をビナールが引き継ぐ。

 いやいや、そんな重く受け止められるようなことを俺は何もしていないぞ。

 孤児院に受け入れてもらったのだって、今働いている場所だって彼らの父親が残したものだったり彼ら自身が動いた結果だ。

 俺は単に様子を見に来ているにすぎない。


「それに今回の仕事では成果は出せずに既に解決してしまったのに仕事料をいただいて」

「それは正当な報酬だからな。こっちで勝手に解決したからお前らが働いた分がなくなる訳じゃない。実際有用な情報も貰ったし。出来れば引き続き情報を貰えるとありがたい」

「はい」


 迷宮に潜っている冒険者の中に後天的な特異能力者や、怪異の感染者キャリアー変異者イマージュが今後も出て来るのは間違いがない話だ。

 その情報を出来るだけ早めに握っておきたいという気持ちがある。

 だからこそ、特区の中で生活している彼らの情報は貴重なのだ。


 それにしても死者蘇生か、やってくれるぜ。

 俺は今後起こるだろう騒ぎを考えると頭が痛い思いだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る