167:宵闇の唄 その六

 ピーターの言うことには久々に会った幼なじみとちょいと騒ごうという話になったらしい。

 それで一般人に迷惑を掛けたらまずいから元冒険者の店を選んだとか。

 いや、でも、この店バーとか居酒屋とかじゃないんだぞ、多国籍『食堂』なんだが、わかってるのか?


「あーデモ、木村リーダーのデートの邪魔しちゃ悪イから場所を移そうカ?」


 ピーター、お前その怪しげな翻訳術式気に入ってるのか? それとも他に無いのか、未だに会話が怪しいぞ。


「デ、デート……あ、あの、初めまして、伊藤優香と言います。隆志さんの会社の同僚です」


 伊藤さんがなにやら照れながら自己紹介をして来た。

 俺もあえて流したが、伊藤さんもデートの部分に言及するのはやめたらしい。


「オー、初めまして、木村リーダーのチームメンバーのピーターとイイます」


 ピーターの自己紹介はツッコミ待ち状態のようなので遠慮無くツッコんだ。


「誰がチームメンバーだ!」

「エー! リーダーが冷たい!」


 無事通過儀礼を終えた俺たちを放置して自己紹介は進んでいた。


「俺達はチームダークマターだ。よろしくな」


 冒険者組はチーム名だけか、まぁ当然か、冒険者というのはあまり素性を話したがらないものらしいからな。


「あ」


 伊藤さんが声を上げる。

 ん? どうした。


「その装備、ディスマウンティング社のノーマルナンバーですよね。懐かしいな」

「お、わかるのか? でもな、これは一見ノーマルだが、ほれ!」


 と、いきなりマッチョな男が上着を脱いだ。

 おい、セクハラで訴えるぞ、てめえ。


「あ、内側がカスタム仕様なんですね。確かに便利ですけど、全体的な強度は下がっていませんか? これ」

「ぐっ」

「ジョンの奴がやられたようだな」

「なに、あいつは俺たちの中では最弱の男、女、俺を見ろ!」


 マジでセクハラで今ここで俺が処分してやろうか。

 イラッとした俺はピーターを睨む。


「オウ! リーダー、ナンデ俺を威嚇するんダ? オ、俺は本国にリーダーのデーター詳細を送ってなんかいないゾ?」


 だらだらと汗を流しながらピーターが弁明する。

 単なる憂さ晴らしだったが、どうやらマジでやましいことがあったらしい。

 まぁでもお国から派遣されて来ている以上はそういうことはうちの政府も織り込み済みなんだろうからいいんだけどな。


「て言うかそれ武器じゃねえか! 街中に出る時は防具はともかく武器は持ち出し禁止だろ!」


 伊藤さんの目前で男が取り出したのはずっしりと重そうな銃型装備だ。

 筋肉に包まれたその男の腕と同じぐらいの大きさのそれは、基本的に公共の場で攻撃武器所持が違法となる我が国では許されるはずもない凶悪さで周囲を睥睨していた。

 男はジャキッ! と銃身を引いた。

 おい! ちょ、まさか!


「おい!」

「便利だろうが!」


 銃口から炎が、というか銃口の先に小さな火が灯る。

 男はそれでタバコに火を点けた。


「そ、それはウォーパーティー社の百周年記念のライター!」


 そのゴツい作りでライターかよ! 不便なだけじゃねえか!

 てか、伊藤さん詳しいですね。


「ふふ、知っているのか女、気に入ったぜ、さすがピーター兄貴の兄貴分の嫁さんなだけはある」


 おおー! という歓声が上がる。

 ナニこのアウェイ感。


「そうだな、ここはあねさんと呼ばしてもらおう」

「あねさん!」

「あねさん!」

「姐御!」

「そ、そんなお嫁さんだなんて、まだ私達……」


 伊藤さん、照れてる場合じゃないぞ!

 なんか変な認定受けてるぞ!


「ピーター、なんなのアイツラ」

「だかラ俺の幼馴染みの冒険者グループだってイったろ?」

「ノリのいい奴らだな」

「気は優しくて力持ちだからネ」


 うん、しかし、背後で綺麗なピアノ曲が流れている中、暑苦しい男達が変なノリで盛り上がってるってのはシュールすぎるんじゃないですかね。

 ちらりとマスターを見るが、全く動じた様子はない。

 まぁこの人も元冒険者だからな。


 なんとなくそのまま合流しての飲み食いになだれ込んでしまった。

 どうしてこうなった。

 テーブルにはポテトやバーガー、それとバーベキュー料理が所狭しと並んでいる。

 マスターの厚意でテーブルを組み合わせてサイドの一角にスペースを作り、仕切りを配置してちょっとした小部屋のようにして貰った。

 わかります、隔離ですね。


「いや、マジでピーターの兄貴にはみんな世話になってるんですぜ、俺ら元々貧民窟の生まれなんで学が無くてよ、文字とか読めねえから契約とかで騙されまくりで」

「兄貴が基金を設置して冒険者用の研修センターを造って運営してるんでさ」

「おかげで俺たちも文字を書いたり読んだり出来るようになったんですよ」

「そりゃあ凄いな」

「兄貴は俺たちのヒーローなんですよ」

「ヨシ、お前ら、もっと俺を褒めロ!」

「……ピーター、お前にはがっかりだぜ。あ、伊藤さん、こいつら煩いようならやっぱり席を移ろうか?」

「いえ、大丈夫です、こういう雰囲気には慣れているんで、なんだか懐かしいぐらいです」


 言いながら、伊藤さんは甲斐甲斐しく串に刺さった野菜と肉を確保して俺の皿に乗せてくれる。


「焼き具合が丁度良くて美味しいですよ、この玉ねぎとか凄くいい感じに焼けてます」

「あ、俺の分とかいいから自分のを確保したほうがいいぞ、こいつらさっきから飲むように食ってるぞ」

「私はちゃんと食べてますよ。言ったでしょう、慣れているんです」


 それならと、伊藤さんおすすめの野菜の串を食べてみる。

 バーベキューとかやったことがないから知らないが、この馬鹿でかい武器になりそうな串はすげえな。


「うん、甘い、焼いただけの野菜なのに美味いな」

「そうでしょう。そうやって口の中がさっぱりした後にこっちの固めのお肉を食べて、その後こっちの柔らかめのお肉を食べてみてください」

「へえ、バーベキューなんか初めてだけど、美味いな」

「それじゃあ、今度公園でバーベキューやりませんか? やっぱりバーベキューは外で焼きながら食べるのが一番美味しいと思うんです」

「なるほど、そういうのもいいな」


 普段あまり食ったことの無い固い肉も、噛んでいると味わいが深くていい感じだ。

 その後に柔らかい肉を口にすると、その柔らかさとジューシーさに感動を覚える。

 同じ肉でも全然違うんだな。


「くっ、彼女いないまま寂しい青春を過ごした俺にはちょっと厳しい光景だぜ」

「センターの卒業式に思い切ってアンジーにパートナーを申し込んできっぱり断られた俺には眩しいな」

「はっ、モテないお前らと違って、俺はモテモテだからな!」

「お前、何人の女に金を持ち逃げされたよ」


 どよどよとした空気が漂って来る。

 こいつら。


「ん~? でも冒険者ってモテるんじゃないか? 金払いはいいし逞しいからモテモテなイメージがあるけどな」

「リーダー何気に抉ってきますネ」


 ピーターがちょっと引いたように言う。

 そりゃあお前、デートを邪魔されたんだからな。


「まぁその、遊び相手はそりゃあいますけどね。女の子達はいつ死ぬかわからない冒険者なんかに本気にならないんですよ」

「やっぱり女性は現実主義ですからね、スリルより堅実な生活を選ぶんです」

「その辺は仕方ないでしょうね。なんと言っても子育ての問題もあるし」


 伊藤さんがなかなか鋭いツッコミを入れる。

 この場唯一の女性だが、全然臆することが無いどころか、ガンガン攻め込んでいて、さすがは冒険者の娘の貫禄だ。


「それだよな。だから冒険者の多くは結婚と共に引退するんですよ」

「まぁ中には家族単位で冒険者チームをやっている連中もいるけどな」


 ああ、タネル達みたいな感じか。


「早めに金を稼ぐのが一番だよな」

「でっけー仕事を成功させたいよな」

「ん~、それで迷宮に来たのか」

「そうなんですよ、しかしありゃあ凄いっすね。きちんと管理されている迷宮は初めてですよ。俺らも出来立ての浅い迷宮には潜ったことがあるんですがね、もっと、こう、混沌としてるもんですよ、迷宮って、あれですよ、まさに悪夢って感じなんです。普通の迷宮は」

「そう、だよな」


 そう、この迷宮は何から何まで異常だ。

 そして終天は恐らく何か目的があってこれを造ったはずだ。

 神様気取りで、と言うか、ある意味ではまぁ神様なのかもしれないが、そんなのの気まぐれで大勢の人間の平和な暮らしが脅かされるのは間違っている。


「まぁ有り難いのは有り難いんですがね。自分の実力を見極めてさえいれば、ある程度安全マージンを取ってそれなりに稼げる。刺激のある戦いと、それから得られる糧、獲物を探して世界中をウロウロしている普通の冒険者からすればここは天国みたいなもんですよ」

「天国、ね」


 神の創りし、仮初の天国か、これは下手をすると終天の信者が増えるかもしれない。

 連中、邪神の使徒共は怪異本体よりもずっと厄介な場合が多く、各国政府も昔から対応に苦慮している。


(精霊を神と崇める者達とどう違う?)


 そんなことを考えたからだろうか、昔聞いた言葉がふと遠くから響く残響のように思い出されたのだった。

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