162:宵闇の唄 その一

「お前たち船で来たんだってな。すげえな」


 冒険者の社会的立場は少し特殊だ。

 彼らは決まった国の国籍を持たない。

 冒険者になると決めた時点で国籍を凍結するのだ。

 その代わり彼らは探索者証明という旅券証パスポートに似た物を取得して、どこの国にも属さないことを証明する。

 よく勘違いされるのだが、この探索者証明を管理しているのは国際連合であって冒険者組合ではない。

 冒険者組合は単なる互助組織であり、国々と直接交渉する程の力はないのだ。

 この探索者証明が発行されることになった経緯には、スパイが暗躍した冷戦時代の影響があるらしい。

 それ以前の冒険者は生まれた国に籍を置きながら活動していて、生国と滞在国の両方から税金を請求されていたとのことだった。

 まぁほとんどが踏み倒してアウトローになっていたようだが。

 ともあれ、この探索者証明を持つ者が入国すると、縁印の打刻されたチップを身体に埋め込み管理される。

 これが無い冒険者は即逮捕されるのだ。


 俺たちが迷宮で保護した兄妹は、この手続がきちんとされていて、密入国者では無いと証明された。とりあえずホッとした。

 せっかく無事に迷宮から出られたのに今度は牢屋入りとかあまりにもあんまりだ。

 とは言え、検査や、聞き取り調査のために数日足止めされることにはなった。

 その間にタネルとビナールの二人は故郷の一族に手紙を書いて事情を説明し、喪に服すのだそうだ。


 問題はその後で、未成年のこの二人がサポート無しで冒険者を続けることは我が国では許されない。

 その辺り、どうしたいのかを一応聞いておくことにしたのだ。


「船も大型船なら強固な怪異避けの結界がある。昔のような危険は少ない」


 昔は船と言えば海の怪異に沈められることが多かった。

 そのため船乗りには独特のルールを持つ呪い師が多く、また一般の船員も陸の人間の何倍も迷信深いことで有名だ。

 大航海時代と言われた頃の物語を読んだり、映画として観たりして来た俺たちのような船に乗らない人間からすると、船というのは危険と隣合わせで旅をする物というイメージがある。

 しかし、さすがに今はそんなことは無いらしい。


「喪が明けたら国に帰るのか?」


 俺の問いに、タネルは首を振った。

 一方のビナールは喪中なのですっぽりと顔をベールで覆い、俺と同じ部屋に来ることはない。

 世の中には色んな宗教があって、それぞれ大事にしている物があるので、うかつに踏み込まないようにしないと大変なことになる。

 正統教会のようにあっちからズカズカ踏み込んで来るようならいくらでも相手を蹴飛ばしも出来るが、こうやって自分達でひっそりと守って生きているのならそっとしておいてやりたいと思ってしまうという、教会に対する反発心から来る逆の心理もあるのだろう。

 とは言え、教会は頑固で高圧的だが、あれはあれで人類のために存在する組織なので反発ばかりもしていられないというのが正直な所なのだが。


「僕達に帰る場所などない。国に働く場所は無いし、冒険者として働いて一族に仕送りをしなければならない」

「でもうちの国は未成年の冒険者のサポートなしの活動を認めてないぞ?」

「冒険者カンパニーで無料のペアリング相談を受け付けているというので、それを利用しようかと思っています」


 怪しい。

 冒険者カンパニーって冒険者協会と違って営利目的の会社だろう。

 それなのに無料ってどういうことだ?


「大丈夫なのか?」


 タネルは俺の懸念を理解しているようでにっこりと笑って頷いた。


「カンパニーとしてはまず登録して貰って、それから有料サービスを利用してもらいたいので、その支払う資金を作らせるために、冒険者がより効率的に稼げるようにするサポートを行っているのです。別に一方的なサービスや慈善事業ではありません」

「ああ、なるほどね、まずは投資ってことか。それなら確かにわからないでもない」


 しかしあれだな、この兄妹はしっかりしているな。

 俺よりずっとしっかりしているかもしれん。


「皆さんには本当に感謝しています。命の恩人です。ですので、ハンターの人達がよく使っているミサンガの誓いを立てることにしました。もちろんこれだけで済ますつもりもありません」

「いやいや、そんな深刻になる必要はないから。災害時に被害者を救助するのは当たり前のことで見返りとか求めないだろ?」

「そういう問題ではありません。貸し借りははっきりとしておかないと、自らの首をしめることになりますから」

「おう、なかなかたくましいな」


 この分ならこいつらはもう大丈夫だろう。

 未成年とは言っても十九歳と十七歳である。

 あまり構い過ぎるのも問題か。


 二人に別れを告げると、俺も半日の検査の後に帰宅となった。

 今回のモニタリングの結果については、軍の技術関係者は終始笑顔であったとだけ伝え聞いたが、まぁ結果が良かったんだろうな。

 俺としてはより安全に戦える技術が進歩してくれるのなら文句はない。


 さて、


 軍の受付に再び顔を出し、知り合いを呼び出してもらう。

 幸い、待機中ということで無事再会を果たすことが出来た。


「よう、久しぶりだな」

「お久し、ぶりです」


 さすがに軍の制服ではなく私服で現れた彼女は、予想以上に普通の女性だった。

 制服を脱ぐと兵士であるということが信じられないような印象すらある。

 うちの御池さんはちょっと賑やかな女性だが、おしゃれ好きでいつも身奇麗にしているけど、今の彼女は、黙っている時の御池さんに雰囲気が似ているかもしれない。

 山田明子やまだめいこさん、前に会った時のままきりっとした顔立ちだが、今日はどことなく元気がないようだった。


 軍施設内にあるカフェに入る。

 軍施設としてはそれほど大きな物ではないというこの駐屯地だが、ちょとした街といった感じだ。


「元気……じゃなさそうだな」

「ちょっと、落ち込んでいます。その、私達のことで来てくださったんですか?」

「あー、いや、正直に言うと好奇心かな」


 俺の言葉に、彼女は少しだけ笑った。


「なるほど野次馬的な? うふふ、正直でよろしい」


 褒められたのか呆れられたのか、とりあえず笑ってもらえたのでよしということで。


「ずばり聞くんだが、大木とはもう駄目なのか?」

「ずばり聞きすぎです。デリカシーが感じられません」

「お、おう、スミマセン」


 さすがに怒られた。


「駄目とか駄目でないとか、そういうことが言える段階ですらないという所でしょうか。今回の件は一方的に私が悪いのだと思うのです。ですが、どうしても、怖いんです」

「それは、大木が、その、人間じゃないって感じるってこと?」

「もっと悪いです。彼が化物に食われようとしていると感じるのです」

「ああ、そっか」


 あの症状の通称、メタモルフォーゼ、その意味そのままにイモムシが蝶に変わるような、完全な変態を人々はイメージしていたのだとしたら、それはもう人ではないということなのかもしれない。

 人間は普通変身しないのだ。

 それに、明子さんは迷宮で変身して化物になって襲って来る人間を見てしまっている。


「でもさ、大木は大木だよね」

「そうですね、あの人は馬鹿なまま、私を軽蔑することも、怒鳴ることすらしませんでした。学生の時、私が異能力者だとわかって、隔離された時も、何をどうやったのか、面会に来て、軍人ってカッコイイよなとか言って来たんです。異能力者が軍関係の仕事か、政府管理の仕事しか出来ないということを調べて知ったんでしょう。信じられます? 彼、本当はサッカー選手になるのが夢だったんですよ」

「確かに、大木ってスポーツ系って感じがするな」

「そうなんです。でもその夢をあっさりと捨てちゃって」

「そっか、ちょっと、羨ましいかな」


 俺がそう言うと、明子さんはむっとした顔をしてみせる。


「駄目です。最低です。女のために自分の夢を捨てる男なんて魅力ゼロです。男として駄目駄目です」

「お、おう」


 彼女の言い分もわかる気がする。

 俺自身が夢のために色々捨てた人間だからちょっと後ろめたいし、大木を尊敬すらしてしまうが、それは想われる側の女性としてはどうだろう? という話だ。

 もちろん自分だけを見てくれることを喜ぶ女性だっているだろう。

 でも、それを負担に思う女性だっているはずだ。


「まあその、だからと言って俺がどうこうする訳じゃないし、ちょっと気になっただけなんだけどね」

「木村リーダーも最低ですね、勇者のくせに」

「全くもってその通りです」


 ずばりと言われて頭を下げるしかない。


「お詫びにデートとかどうですか?」

「は?」

「私と付き合ってみませんか?」

「え、いや、無理」


 気が付くとぽろりと断っていた。

 明子さんはそこまで速攻で断られるとは思っていなかったのか、きょとんとした顔をすると脱力する。


「そうですよね、私、最低女ですし」

「いやいや、そうじゃなくてね、俺、好きな人がいるから」

「え? マジですか!」


 お、いきなり復活した。しかも目が異様に輝いている。怖い。


「どんな女性なんですか? 綺麗な方ですか? 幼なじみ? 同じハンターの人ですか? 一緒に戦える人ですか?」


 ガンガン来る。

 やばい、怖い。


「ノ、ノーコメントで」

「えー、そんなこと言うとデートしてもらいますよ」

「なんでだよ、絶対駄目だから」


 明子さんはむーっと膨れたが、ふっと、微笑んだ。


「凄く大事な人なんですね」

「とても」


 そう応えると、今度はまた膨れる。


「あーあ、あのバカに会いたくなってしまいました。男の人って酷いですよね」

「なんか、ほんとにごめんなさい」


 結局、なんだかんだ言って、この二人、お互いを意識しているんだなと思う。

 上手く行ってくれるといいな、お互いに好きなのに上手くいかないっていうのは悲しいことだと思うから。

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