135:羽化 その十
間を読まない人間ってのはどこにもいるものだ。
例えば他人が一生懸命下準備をして推し進めていた仕事を台無しにする奴とか。
「どうせお前ら俺を殺すんだろうがぁあああ!」
冒険者で賑わう特区の、彼らの間で宿屋街と呼ばれている通りでの出来事だ。
突然、特区内に怪異が出現したという警報が発令され、周囲に緊張感が走ったのだが、蓋を開けてみればそれは怪異では無かった。
自らを山犬と名乗ったそいつは、どうやら国内の
詳しい情報は後から聞いた話だが、どうやらそれなりに実績はあった冒険者だったようだった。
それまでフィールドで稼いでいたのだが、この迷宮に一攫千金を夢見てやって来たということである。
ソロである以上、その男に信頼出来る仲間という存在はいない。
迷宮は到底1人で攻略するような場所じゃないのだが、そこは、はぐれものははぐれもの同士ということで、野良パーティという一時的な契約を結んだパーティを組み、迷宮に潜って獲物を山分けする習わしがあるようだった。
そして、この山犬(当然本名じゃない)という男は、地元出身でそこそこ腕が良いということで、はぐれものの中でも組む相手に困らず、ほとんど毎日迷宮に潜っていたという話だった。
そしてメタモルフォーゼ化、イマージュになった。
変化した自分の体を、当初は装備やマスクで隠していた男だったが、とうとうどうしようもない程完全に変化してしまい。
狩る側から狩られる側になったと思い込んで、思い余って暴れだしたのだ。
相談する相手というストッパーがいないと、こんな時は自分の思い込みだけで勝手に転がり落ちるもんなんだなとしみじみと思わせることの次第である。
運がいいことに、というか運が悪いのかもしれんが、この事件が発生したとき、俺達は丁度冒険者の街、特区に立ち寄っていた。
最近の調査内容からしてみれば願ったりかなったりのはずなのだが、大学の先生やら冒険者協会やら政府のお偉方やらと難しい調整を行っていた俺達からすれば、特注で頼んだ通販で購入予定の品物が目の前に捨ててあったような気分になるのはしょうがない所だろう。
「こりゃあ確かに怪異じゃなくて人間の感触だよな」
騒動を感知した軍によってたちまちの内に張られた防衛線を、冒険者達が今にも破らんとしている。
別に山犬とやらの仲間という訳でもなく、単に道を塞がれているのが癪に障るとの言い分だった。
彼らを突き動かしているのは好奇心か功名心か微妙な所だ。
とは言え、さすがに軍も百戦錬磨の冒険者相手にこの場の封鎖を長く持たせることは出来ないだろう。
「見た目はあの、ワーウルフにちょっと似ている」
「それはそうだが、あれよりなんというか生臭い感じ? ええっと、精霊っぽくないというか」
「まんま人間ですからね。やはり
暴れている山犬という男は、その名前の通り、二本足で立っている犬のような見た目になっていた。
とは言え、犬という言葉から連想される可愛さは微塵もなく、全身を剛毛に覆われた化け物としか言いようがない。
人間って代を重ねることなく一代でそこまで変化するもんなのか、驚きの真実だ。
今、その山犬男は軍の特殊装甲車の繰り出す対能力者用ジャミングによって抑えられている。
この男が能力者と言えるかどうかはわからないが、もし能力者でなくても、このジャミングは波動を乱す効果があるので、
実際その男の足取りはふらふらとしていた。
「てか、俺らは参戦しちゃいかんのかよ!」
「あなた方は仕事が違うでしょう。これは私達の仕事ですよ」
苛立つ俺に封鎖係の軍人さんがなだめるように言った。
まぁ相手は人間だから確かにそうなんだけどさ。
この件をずっと追っかけてた身からすればもどかしいことこの上ない。
しかもこの状況、どうも好転しそうにないんだけど、どう収めるつもりなんだ?
殺傷兵器を使うかどうかどうも決めかねているようで、軍の動きが鈍い。
いくら姿が化け物だからって、大勢の冒険者達の目の前で仲間を問答無用で殺したりしたら何が起こるかわからないからな。
さすがに死ぬような攻撃をいきなり行ったりはしないだろうとは思うのだが、自分がコントロールしていない状況はどう転ぶかわからない怖さがあるな。
そうこうしている内に盾に守られた隙間から山犬男に向けてネットが発射された。
なんでも蜘蛛の糸を参考に開発された鎮圧用ネットらしい。
「こんなもんでえええ!」
一瞬ネットに包まれた男は、それを分解して拘束を解いた。
おい、能力者かよ。
熱波のような物を感じたので熱系の能力者かもしれない。
ジャミングの影響があるからか放射はすぐに収まったが、ネットは役に立たなくなったので山犬男にとっては問題ないという所か。
そう言えば火や熱は人間の細胞に元々備わっている機能だからか能力が発現しやすいと聞いたことがあった。
軍はめげずに次の手を打ち出した。
ドン! と重い発射音に、周囲の冒険者達が少し騒然としたが、どうやら殺傷武器ではなくゴム弾だったらしい。
それは砲丸投げの球ぐらいの大きさだったが、山犬男は腹で受け止め、平気でそれを拾うと、投げ返した。
見た目だけじゃなくて、身体能力が強化されてるっぽい。
ドウン! と、重い衝突音と共に、包囲の一画に穴が開く。
「いかん! 出るぞ!」
「ん」
「あ!」
俺が飛び出そうとした時、浩二が何かを見て取って、短く声を上げた。
開いた穴に向けて山犬男が突っ込むより先に、その穴から飛び出した者がいたのだ。
そいつが手にしていたのは、まるでステンレスの物干し竿を半分に切って両手に持ったような得物だった。
伸縮が出来るようで一振りして伸ばしたそれを持ったまま両手を広げて山犬男に突進した。
バチッ! と弾けるような音と空気が焦げるような臭い。
「あ! がっがぁあああ、があっ!」
山犬男は激しく痙攣するとひっくり返った。
「冒険者の面倒は冒険者が見る。軍隊なんぞお呼びでないんだよ」
薄く笑ってそう言ってみせたのは、燃えるような赤毛にスレンダーな体をライダースーツで覆った、どうやら女性らしき冒険者だった。
ふと、そいつは何かに気づいた風にこっちを見ると、にィッと笑い、まるでごちそうを前にした蛇を思わせる雰囲気をまといながら、真っ赤な舌でぺろりと自分の唇を舐め上げた。
こええ。
俺はこの冒険者とは一切関わりあいになるまいと心に決めたのだった。
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